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第6章
10話 驚天動地の事件発生 後編
しおりを挟むニアージュとアドラシオンが走って馬車の停留所まで戻ると、そこには黒山の人だかりができていた。
「どうした! なにがあった!」
「! ああ! ご領主様! 大変です! ご領主様の馬車が! 馬が! よその誰かが勝手に乗ってどこかに行っちまって……! ああ、一体どうしたら……っ!」
アドラシオンの到着に気付いた野次馬の1人――恰幅のいい中年女性が青い顔であわあわと口を開き、何事か訴えてくる。
「母ちゃん、落ち着けって! そんな言い方じゃ、ご領主様も何が何だか分かんねえよ!
ご領主様、ついさっき、顔の半分を布で覆った得体の知れねえ……ええと、確か3人くらいの連中が、奥方様と似たような服と背格好の、貴族っぽい風体の若いお嬢さんを追いかけて来て……!」
中年女性の息子とおぼしき若い男性が、女性と同じような青い顔をしながら女性の説明を引き継ぐ。
「……っ、まさか……その覆面の男共が、我が家の馬を強奪して令嬢を……!?」
「い、いえ。そうじゃねえんです。それがその、その追いかけられてたお嬢さんが、急に方向転換したかと思うと、馭者の人が馬具を外して休ませてた馬車の馬に、こう、ひらっと跨って……。
それで、手綱を掴んでた馭者を無理矢理振り切って、そのまま馬に乗って、どっかに行っちまったんです!」
「――は?」
「――え?」
若い男性の説明を聞いたアドラシオンとニアージュは、思わず間の抜けた声を上げて数秒固まった。
想定外の証言である。
「……え、えー……。つまりその、令嬢を追っていた男達ではなく、追われていた側の令嬢が、我が家の馬を乗り去った、と?」
「はい。この目で見たんで間違いありません。ヒラヒラしたドレスみたいな服着てたのに、えれぇ身軽なお嬢さんでした……。
追いかけてた男共も泡を食ってましたよ。結局、そいつらはお嬢さんが馬で走り去った方角に、そのまま走って行きましたけど」
「そ、そうか……。それで、今馭者はどこに?」
「馭者でしたら、例のお嬢さんに振り切られた時に、勢い余ってすっ転んで、頭打って気を失っちまったみたいでして……ひとまず、近くの果物屋の旦那が自分ちに担ぎ込んで、介抱してる所です」
「あ、あの、それだったら、あたしも見ました。馭者の人、走り出す馬の手綱から、最後まで手を離さなかったんです……。きっと、ご領主様の馬を盗られちゃいけないと、そんな風に思って、必死だったんじゃないでしょうか」
おずおずと手を上げる少女に、「そうか、教えてくれてありがとう」と礼を述べてうなづく。
「すまないが、その果物屋へ案内してくれないか。私も馭者の様子を確認して、場合によっては医者を……」
「ああ、それでしたら、もう呼んでるんで大丈夫ですよ。医者の事は気にしないで、奥方様と一緒に果物屋へ行って下さい」
「分かった。みな、何から何まですまないな。本当に感謝する。それと、面倒ついでに、残ったもう1頭の馬を見ていてもらえないだろうか」
「じゃあ、あたしが見てます。うちは牧場をやってるので、馬や牛を見ているのは得意ですから」
今しがた証言をした少女が、そう名乗り出てくれた。
少女は、2頭立ての馬車のその側で、意気消沈した様子で佇んでいるもう1頭の馬の鼻っ面を撫で、「びっくりしたよねえ、可哀想に」とうそぶいている。
「それはよかった、よろしく頼む。では、改めて案内を頼んでいいか?」
「勿論ですよ。――さあ、こっちです!」
「ああ。ニア、行こう」
「はい!」
若い男性の案内に従い、小走りで移動するアドラシオンに追従する形で、ニアージュも小走りで移動する。
案内されて辿り着いた先で、馭者の男性はバックヤードにある、仮眠用のベッドとおぼしきものの上に寝かされていた。
「マークス、無事か!?」
「……あ……。だ、旦那様……」
「おおよその話は聞いた。無理に起き上がろうとするな、頭を打っているのだろう。……話を聞いた直後は肝が冷えたぞ。全く、無茶な事を……」
「……申し訳ございません……。で、ですが、旦那様からお預かりしていた大切な馬を、コニーを、どこの誰とも知れない者に、簡単に奪われる訳にはと……」
「お前の忠義は嬉しく思う。だが、命や身体を張ろうとするな。お前は我が家の馭者なのであって、私兵でもなければ騎士でもないのだ。お前の身に万一の事があれば、お前の家族がどれほど悲しむか」
「……うう……っ、ありがとうございます、旦那様……っ」
「それに、聞いた所によれば、コニーを乗り去ったというのは、令嬢と言っていい風体の、年若い女性だったのだろう?
そのような人物が、我が家の馬に手酷い無体を働くとは思えん。それにコニーは賢い。大丈夫だ、きっと無事に戻る。必要以上に思い悩むなよ」
「……は、はい……」
「とにかく、街の者達が医者を呼んでくれたというから、せめて医者の問診や手当が終わるまでは、このままここで安静にしていろ。あとは……邸の方へ使いをやって――」
「それでしたら、私が行きますよ。旦那様。馬に乗るのは結構得意なので。それに、旦那様もマークスの事が気にかかるでしょう?」
「ニア……。気遣ってくれてありがとう。……そうだな。件の令嬢を追いかけていた暴漢共の事もあるから、君に行かせるのは、とも思ったが……。乗馬の腕に覚えがあるのなら話は別だ。
連中は徒歩だったようだし、たかだが3人程度の人数で、疾駆している馬を包囲して襲うのは無理だろう。分かった、よろしく頼む」
「はい! お任せ下さい!」
アドラシオンの言葉に、ニアージュは自信たっぷりに胸を張って答えた。
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