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第5章
14話 捜索の結末
しおりを挟むアドラシオンの指揮の元、エフォール公爵領で始まったレトリー侯爵とその子息・アルセンの捜索は、捜索開始から3日目に急展開を迎え、4日目の夕刻に終了した。
レトリー侯爵とアルセン、そして護衛役の騎士2名、計4名の遺体発見という、最悪の結末を得て。
アドラシオンに頼み込み、急ぎ作成された捜索時の報告書の写しを自室へ持ち込み、椅子に座りながら報告書に目を通したニアージュは、その内容にわずかばかり眉根を寄せた。
捜索報告書の一部を抜粋すると、以下の通りとなる。
捜索開始2日目・早朝。
エフォール公爵領とフォルク伯爵領の境目にある、渓谷に掛けられていた木製の大橋の一部が破損・崩落している事が、エフォール公爵領所属、自警団員2名の目視によって判明。即日エフォール公爵に報告が上がる。
これにより、レトリー侯爵の馬車が、崩落した橋から転落した可能性が浮上。
エフォール公爵の名でフォルク伯爵へ早馬を使わし、フォルク伯爵に対して捜索への助力を要請。
捜索開始3日目・昼。
エフォール公爵から早馬で知らせを受けたフォルク伯爵により、捜索の為の人員、総数23名到着。エフォール公爵領の捜索人員と合流ののち、崩落した橋の真下、河川中流域から捜索が開始される。
同日夕刻。
フォルク伯爵領から派遣された人員と共に、橋の下に流れる河川とその周辺の捜索を行った結果、レトリー侯爵家の家紋が入った馬車の破片を川底にて発見。
エフォール公爵の判断により、同公爵領から捜索の為の人員を20名追加。捜索範囲が下流にまで広げられる。
捜索開始4日目・昼。
河川捜索により、馬車の破片とおぼしきものを多数発見。同日の捜索内で、馬車本体のほぼ半分程度の残骸が発見される。河川への転落時、河川内に複数あった岩に激突し、馬車が大きく破損した模様。
上記の点から、馬車転落の可能性が濃厚となるも、馬車を引いていた馬や馬具などは未だ発見されず。
同日昼。
橋の崩落現場から200メーテ(※約200メートル。1メーテ=約1メートル)ほど下流にて、レトリー侯爵の護衛騎士2名、そこから50メーテ下流にてレトリー侯爵、更にそこから100メーテ下流にて、アルセン卿の遺体をそれぞれ発見。
馭者の遺体は発見されず。代わりに、馭者が身に付けていた衣類の一部を発見。
衣類の一部が、木の枝にかかった状態にて発見された事、周辺の木々の枝が折れている事など含め、現場の状況と照らし合わせた結果、馭者は馬車の転落時、御者台から木の枝が茂る方向へ跳ぶ事で河川への転落を免れたのち、いずこかへ逃走した可能性大。
ただし、馬車の転落場所から馭者の衣類の一部が発見された場所までは、20メーテ以上の間隔あり。相応の訓練を受けた人間でなければ、転落時の馬車から同地点へ飛び移る事は不可能だと思われる。
遺体の状態から、4名全員が溺死であると推察されるも、詳細は不明。医師による検死の結果が待たれる。
特記事項:レトリー侯爵及びアルセン卿の両手首に、縄による捕縛痕とおぼしき擦過傷あり。
「……。はぁ……。馬車の破片は山ほど見付かってるのに、馬と馬具は未発見。やたら身のこなしがいい馭者もトンズラして行方不明のまま。
おまけに、レトリー侯爵とアルセン様の手首には縄で縛られた跡アリ、か。なんかもう、謀殺の匂いしかしないんだけど、これ……」
ニアージュは、ざっくり読んだ報告書を大判の封筒の中にしまい込んでテーブルに乗せ、「あー、モヤモヤする~~」と愚痴めいた独り言を零しつつ、だらしない恰好で椅子の背にもたれかかった。
人払いがされて1人きりの自室だからこそできる、淑女らしからぬ不作法だ。
(ていうか……レトリー侯爵達の検死結果がどうあれ、これからはレトリー侯爵が行方不明になった当時の足取りや、川に落ちた時の状況の再調査とか、そういう更に面倒で手間のかかる仕事が、旦那様にも割り振られる事になりそうね。
同じ上位貴族が謀殺された疑いがある以上、王家の捜査機関や領地の警備隊に調査を丸投げして案件放置、なんて真似なんてしたら、旦那様の上位貴族としての体面に関わる。他の貴族達に白い目で見られる、なんてものじゃ済まないわ。
それに、レトリー侯爵達が川に落ちた場所は、お隣の領地とウチの領地の中間地点だから、状況的に見て、共同調査に持ち込むのが当たり前。お隣さんに調査を丸投げするなんて、あり得ないわね……)
椅子の背にもたれたまま、のけ反るようにして天井を眺め、内心で独り言ちた。
(もしそうなったら、旦那様はかなり忙しくなるはずだし、誕生日パーティーなんて言ってられなくなっちゃうわね……。
……。旦那様……。折角の誕生日なのに。8年振りに家族と一緒に祝える、楽しい誕生日を迎えられるはずだったのに。今度こそ、もう全部台無しね……)
独り言ちているうちに、まるで自分の事のように虚しく、哀しくなってきて、唇を噛む。
ニアージュは深い嘆息を吐き出し、のろのろと椅子から立ち上がると、傍にあった自分のベッドに、うつ伏せになる格好で思い切りダイブした。
「……。分かってるわよ。レトリー侯爵もアルセン様も、護衛の騎士の人達だって、好きであんな死に方したんじゃないわ。本当に泣きたいのはレトリー侯爵達の方でしょう?
残された2人の息子さん達だって、不穏な理由で立て続けに身内を失って、どれだけ打ちのめされてる事か……。そんなの、考えるまでもない事じゃない。だってのに、なに勝手な理由で被害者ヅラしてんのよ、私は……」
ベッドから顔も上げないまま、今度は声に出して独り言ちる。
私、いつの間にこんな嫌な性格になっちゃったのかしら、と。
つい先程まで晴れていたはずの空はすっかり厚い雲に覆われ、重苦しい曇天へと変わっている。そのうち雨が降り出すだろう。
何だか、自己嫌悪交じりの今の心境を、そっくりそのまま空に写し取られたような気がして、余計に気が塞いだ。
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