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第5章

13話 大捜索線再び

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 どうしてあの家の人間は、毎度毎度自分の領地に厄介事を持ち込むのだろう。
 自領の街道を栗毛の愛馬に乗って進みながら、アドラシオンは内心で独り言ちる。

 レトリー侯爵家の家紋が入った馬車が、エフォール公爵領へ入った所を目撃されて以降、煙のように消えてしまった、という報告を受けたアドラシオンは、渋面で捜索の支度を整えた。

 本当は何も聞かなかった事にして、全部無視してしまいたかったのだが、レトリー侯爵の息子のアルセンが攫われた時同様、馬車が消えた場所が場所だ。領主として腰を上げない訳にはいかない。

 出がけの直前、妻のニアージュがこちらに向けていた眼差しの中に、自分を案じる思いの色を見出して少しだけ救われる気分になったが、それ以上に態度と口頭で深い同情を寄せられ、居た堪れない気分にもなった。


 こうして邸を出たアドラシオンは、護衛に連れている騎士達や自警団の人々の気配を背後に感じつつ、頭の中で事前に得た情報を改めて整理し、思考を巡らせる。

 聞いた所によると、レトリー侯爵はしばらく前から、心療医師の情報を搔き集めていたらしく、今回の子息……アルセンを連れての移動は、アルセンを治療できそうな医者と連絡が付き、そこに急ぎ出掛けようとしての事だったのではないか、との話だった。

 なお、肝心の医者の所在は不明である。
 レトリー侯爵が長男次男を含めた周囲に対し、全くと言っていいほどその類の話をしていなかったせいで、今になってもまだ判然としていないのだ。

 果たして当時、末の息子を連れて馬車に乗り込んだレトリー侯爵が、何を思っていたのかは分からない。

 分かっているのは、前妻の子である長男と次男を快く思っていなかった事。そんな自分を何かにつけて諌めようとする家令や、自分を冷めた目で見てくる使用人達などを疎んじていた事。
 そして、そんな周囲の人間達をほとんど信用していなかった、という事のみである。

 ただ、レトリー侯爵が乗って行ったのが長距離移動用の馬車だった事と、エフォール公爵領へと続く道に入った事などから推察するに、件の医者がいるのは、ザルツ・ウィキヌス帝国なのではないか、と予想されていた。

 レトリー侯爵達が消息を絶った街道は、レトリー侯爵領を含めた幾つかの領から見て、帝国領へ繋がる大街道へ続く道に最も近く、逆に帝国以外の隣国へ赴くには遠回りになる。
 それらの点を鑑みれば、レトリー侯爵達の行き先も自ずと浮かび上がってくる、という訳だ。

 また、エフォール公爵領の主要な街道は、アドラシオンが領主に就任して以降、農民達が収穫した作物を運搬しやすいようにと、路面の整備・拡張が各所で行われており、大型の馬車でも通りやすくなっている。

 それに加え、アドラシオンが治安の維持・向上にも力を注いでいる為、進む時間帯を選びさえすれば、他の街道より治安もいい。
 中には、荷物や身の安全を図る為、少々遠回りになってもエフォール公爵領の街道を選んで通る、という者達もいるくらいだ。

 抱える領民の多くが農耕に従事している、田舎の風情を多大に残した土地でありながら、エフォール公爵領が比較的栄えているのは、アドラシオンが行っている、街道整備と治安維持に力を入れた政策のお陰だと言っても過言ではない。
 当人が思っている以上に、アドラシオンは優れた手腕を持ったよい領主なのだ。

 もっとも、レトリー侯爵はアルセンと違い、出立時に護衛役に腕の立つ騎士を数名連れて行ったとも聞き及んでいるので、少しばかり治安の悪い場所を通った所で、早々身命を脅かされる状況にはならないだろう。

 そもそもレトリー侯爵は、昔から小心な人物として知られている。
 更に言うなら当時、レトリー侯爵は大切な末の息子を連れてもいる状況であった。

 そんな状況で、自ら危険な事に首を突っ込むような真似などしないだろうし、出立前にも、考え得る限りの安全策を取ったはずである。

 だが、それでもなおレトリー侯爵は、護衛達や馭者、そして息子共々、エフォール公爵領の中で姿を消した。
 それが現実であり、どうあがいても覆しようのない事実だ。

 そういう訳で、またもや領民達の手を借りて、レトリー侯爵家の馬車を探し回る羽目になったアドラシオンは、馬上で本日何度目になるか分からないため息を吐き出した。
 そこに、近くの街から応援に来た自警団の男性数名が、気遣わし気に声をかけてくる。

「ご領主様、大丈夫ですかい?」

「お疲れなら、一度お邸に戻られた方がいいんじゃねえですか?」

「そうですよ。替えの利かねえ大事なお身体なんだ、ちゃんと養生して下さらねえと、俺達も心配になっちまいます」

「ああいや、すまない。疲れている訳ではないんだ。ただ……今年に入ってから厄介事ばかり起こって、困ったものだと思ってな。しかもそのたびに、あなた方領民達にも手数をかけている。

 妻に聞いたが、そろそろ農家は畑の種蒔きや苗の植え付けで、猫の手も借りたいほど忙しくなる時期なのだろう? 面倒な時期に面倒な事が重なって、みなもさぞ迷惑している事だろうに……」

「そんな事言わねえで下さいよ、ご領主様。そりゃ確かに今の時期は、俺達農家はみんな忙しい時期だってのは確かです。でもそいつは、ご領主様のせいじゃねえでしょう」

「そうですよ。悪いのは、病気の息子を誰に相談もしねえまま勝手に連れ出した挙句、よその領地の入り口で行方知れずになるなんて事をしてくれた、レトリー侯爵様じゃねえですか」

「ありがとう。そう言ってもらえて少し肩が軽くなった気がする。だが、レトリー侯爵や、かの公爵家については、他所であまり悪しざまな物言いをしないよう、くれぐれも気を付けるように。
 世には、人の話を大仰に受け取って、大袈裟に騒ぎ立てる者が必ずいる。そんなつまらない事で罪に問われたのでは、あなた方も堪ったものではないだろう」

「あ、はい。言われて見りゃあそうですね。気を付けます」

「すいませんご領主様。口が過ぎました。面目ねえ」

「本当、学がねえだけじゃなくて、考えまで足りねえ奴ばっかりで……」

「そこまで自分を責める事はないさ。あなた方も我々貴族と同じ人間なのだから、立場の違う人間の行動に振り回されて、腹に据えかねる思いをする事もあるだろうしな。
 ――さあ、もうひと踏ん張りだ。昼食の時間になるまでに、もう少し捜索範囲を広げるぞ」

「はい!」

「お互い頑張りましょうや!」

 微笑みながら言うアドラシオンに、自警団の男性達も笑顔で答えてうなづいた。


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