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第5章

9話 不本意な帰国

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 ザルツ・ウィキヌス帝国の帝都、レカニス・エリタージュを出立してから3日。
 ニアージュ達は、クロワール王国を出た時と同じだけの日数をかけ、再びクロワール王国へと戻って来た。

「――ふう、やっと戻って来たな。体調は問題ないか? ニア」

「はい。ちょっと疲れましたけど、それ以外に体の不調はありません。……ん~~、何だか身体がガチガチです」

「そうだな。俺も肩が凝ったし、少し疲れたよ」

 アドラシオンの手を借りて馬車から降り、久々に王国の地を踏んだニアージュは、長時間の移動で凝り固まった身体を解すように大きく伸びをし、アドラシオンも笑いながら軽く首や肩を軽く回す。
 そこに、バラト侯爵が早足で近づいて来た。

「エフォール公爵閣下、少々よろしいですかな」

「ああ、バラト侯爵。どうされた、何か私達に用か?」

「はい。先に申し上げた通り、閣下を含めた皆様方には、しばらく当家の別荘でお身体を休めたのち、当家の馬車を使ってそれぞれの邸までお帰り頂く形になるのですが、実は少々私用ができまして、これから急ぎ自宅へ戻らねばならないのです。

 視察団を主催した身でありながら、参加者である皆様方のお帰りをしかと見届けぬまま、先んじて帰宅する無礼をお許し下さい」

「そうか。そういう事ならば、早急に帰宅されるのがよかろう。貴殿には視察先への往来時だけでなく、視察先でも大変よくしてもらった。これ以上御身に負担をかけるのは、私も妻も本意ではないからな」

「は。ご厚情を賜りました事、心より感謝申し上げます。閣下」

「そう畏まる事はない。気にされるな。しかし……帰国早々、私用で本邸へ急がねばならないとは、長旅で疲れておられるのは貴殿も同じだろうに、苦労が尽きんな」

「はは、仰る通り。私もさっさと息子に家督を譲って、楽隠居と洒落込みたいのですが、世の中そう上手くはいかないものですな。――では、お先に失礼致します」

 上位貴族としての正式な礼を取ったのち、バラト侯爵は踵を返し、早足に去って行った。

「バラト侯爵も大変ですね。……私用ってなんなのかしら」

「恐らくレトリー侯爵家から、近日執り行われる、夫人と子息2人の葬儀に関する相談でも持ち掛けられているんだろう」

「え? レトリー侯爵家からですか?」

「ああ。アルセン殿がこれまでに色々とやらかしてきたせいで、主だった近しい縁者からは距離を置かれていたり、絶縁を宣言されていたりして、レトリー侯爵家は現在、いざという時に頼れる親類がほとんどいないんだよ」

「だからって、なんでまたバラト侯爵に……。あ、もしかして、レトリー侯爵家とバラト侯爵家は、親戚だという事なんでしょうか?」

「その通りだよ。今から数代前に、レトリー侯爵家の令嬢がバラト侯爵家に嫁いでいて、両家は遠縁ながら親類関係にあるんだ。
 まあ……レトリー侯爵家は、元々バラト侯爵家からも距離を取られているし、アルセン殿の一件で思う所も多大にあるだろうから、心情的に言えば、本当はバラト侯爵家には頼りたくないはずだが……」

「もしかしたら、他の親戚から総スカン喰らったせいで、バラト侯爵家しか頼れる家がないのかも知れませんよ。
 それにバラト侯爵家は、アルセン様の事でレトリー侯爵家に負い目があるでしょうから、協力を打診されれば、嫌とは言いづらいのではないでしょうか」

「……。そうだな。俺もそう思う。……しかし、貴族家の知識が身に付いてきているからか、君もだいぶ察しがよくなってきたな。いい事だ」

「そうですか? ありがとうございます。……でも、だとするとバラト侯爵は、自宅に戻ってからすぐにレトリー侯爵家に移動して、葬儀に関する話し合いをするって事ですか。
 それって、スケジュールとしては相当……いえ、今はそのくらい忙しい方が、バラト侯爵としては丁度いいのかも知れませんね」

「……。そうかも知れない。修道院に入れた時点で除籍し、縁を切っているとはいえ、娘御への情がなくなった訳ではないはずだ。その娘御を、理不尽な形で失った心痛と悲しみはいかばかりか……」

「……。はい……」

「――すまない、湿っぽい空気になってしまった。立ち話はそろそろ切り上げて、バラト侯爵の別荘で休ませてもらおう。ここから我が邸に戻るには、また何時間も馬車に揺られなければならないからな」

「あ……。そうでした……。よく考えたら、私達も結構大変ですよね……」

「……全く持ってその通りだ……。邸に戻ったら、今日はお互い早めに休むとしようか」

「ええ、そうしましょう」

「全く……今回ほど、レトリー侯爵家と縁遠くてよかったと思った事はない。案内状が来ても、数日後の葬儀に顔を出す程度で済むからな。面倒が少なくて助かる」

「あの。私が言うのもなんですが、それ外で口に出して言ったらダメな奴じゃありません?」

「じゃあ、聞かなかった事にしてくれ……」

「それは別に構いませんけど……なんだか、珍しく思い切り口が緩んでますよ、旦那様……。本当にお疲れなんですね」

「疲れているというより、予定が大幅に狂った事に落胆して、腹が立ってると言った方がいいかな。今はもう、大なり小なり口汚くなるのもやむを得ない事だと思って、目こぼししてもらいたいものだよ」

「はあ……。旦那様でも、そういう気分になる事があるんですね」

 ニアージュとアドラシオンは連れ立って歩き出す。
 普段、ほとんど馬車を使った遠出をしない事が仇になったか、双方共に疲労がそこそこ溜まっていて、気を抜くと背中が丸まってしまいそうだった。


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