52 / 123
第4章
9話 上位貴族会・紳士の集い 後編
しおりを挟む「……な……っ!?」
見下し切った表情だった上、言い方自体、あまりに身も蓋もなかったせいだろうか。
アルセンは、あからさまに驚愕した表情で半歩後ろへ後ずさる。
だが、そのリアクションすら妙に芝居がかって見えて、アドラシオンは眉をひそめるどころか、思い切り顔をしかめてしまった。
正直な所、こうまで露骨に表情を崩してしまうとなると、上位貴族家の当主としては恥ずべき振る舞いなのだが、他の男性達も目に見えて鼻白んでいるので、これに関しては不可抗力で通せるだろう。
もっとも、その表情と言葉を向けられた当事者であるアルセンには、『不可抗力』では通らない。
アルセンは引き続き、芝居がかった仕草でアドラシオンを睨み据えてくる。
実に鬱陶しい。
「なにが……なにが寝言なものか! 彼女は私に助けを求めてきたんだ! 愛のない婚姻に苦しんでいると! 自分をあの、牢獄のような婚家から救い出して欲しいと! だから……!」
「ほう。ではお伺いするが、私の妻はいつあなたと接触したのだ? ひとまずあなたの話の真偽は脇に置くとして、そのような込み入った話をするくらいだ、相応に親しくなるほど接する機会があったのだろう?」
「……残念ながら、それはない。彼女が救いを求めてきたのは手紙を使っての事だ。だが、彼女がどのような方なのかは、その手紙と新年祝賀会での振る舞いで分かっている!
可哀想に、彼女は新年を寿ぐ祝いの席で無情にも夫に放置され、1人寂しく会場の片隅に佇んでいた! あれほどまでに可憐でお美しい方を、何を持ってあのように不当に扱っているのか、理解に苦しむ!」
「放置などした覚えはない。それに当時彼女は、社交界から長らく遠ざかっていた私の事を慮って、社交の輪の中へ積極的に入るよう背を押してくれていた」
「嘘をつくな! ならばなぜ彼女は、あんな悲しげな表情をしていたのか――」
「……話の途中で申し訳ないが、少々よろしいか?」
1人劇場の舞台で芝居をしているような、薄ら寒いオーバーリアクションを繰り返し取りながら話すアルセンの言葉を、1人の若い男性が遮った。
侯爵家の中でも家格が高い名家、カテドラ侯爵家の嫡男、ロイドだ。
「なんなんだ君は、人の話の腰を折らないでくれないか!」
「いや、あなたの物言いがあまりに的外れなので、エフォール公爵閣下の御為にも、一言物申しておくべきかと思って」
「なにが的外れなんだ! 私は彼女の寂しげな横顔をこの目で見て」
「だから、そこが的外れだと言っているんだ。私も当時、父母と共に新年祝賀会に参加していたが、当時のエフォール公爵夫人は、別に寂し気になどなさっておられなかったぞ?」
「……え?」
「むしろ彼女は、テーブルの上に並べられた料理とワインの数々を、嬉々とした様子で手に取っておられたが」
「ああ、その様子なら儂も見ましたよ。特にワインやジビエ料理に、真剣な眼差しを向けておられましたなあ」
ロイドの言葉を受け、センドニ伯爵が顎をさすりながら言う。
「うむ、私も見た。恐らくは、領地でも同じような出来のいいワインを作れないかと、思案しておられたのではないかな。ジビエに関しても、きちんと管理すれば領地で扱いやすい食材だ。販路を考える価値はあろう」
センドニ伯爵の言葉にアウライア侯爵がうなづく。
「そうですね。もしくはワインに関しても、製造以外に販路を広げる方法を考えておられたのでは?
夫人は大変真剣なご様子で、私の両親もそのお姿を見て、エフォール公爵閣下は領地の事をよくお考えになる、良き妻を得られたのだなと、感心しきりでしたから、よく憶えております」
そこへ更にロイドが言葉を重ねる。
アドラシオンは各人の発言に苦笑しながら、「恐縮です。皆様方からのご評価の言葉を聞けば、妻も喜ぶ事でしょう」と謝意を述べて会釈した。
実際には、ニアージュはただ単に、王宮で供された美味しいワインと食事に夢中になっていただけだと分かっているので、少し複雑な気分になるが、折角いいように解釈してくれているのを、わざわざ律儀に訂正する事もないだろうと思い、口を噤んだ。
料理やワインを真剣な目で見ていた、というのも、単に暴飲暴食を避ける為、口にする種類を吟味していたに過ぎない。
新年祝賀会の後、当人がそう言っていた。
当時その話を聞いた時は、貴族令嬢らしからぬ食い気の強さに呆れるべきか、しっかりと節制ができる意志の強さに感心すべきか、いささか迷ったものだ。
(まあ、食い気が強い所は可愛いし、節制できる所は美徳と言える。なんにしても、俺にとっては素晴らしい妻だ。未だに面と向かってそうとは言えていないが……)
アドラシオンが内心の想いに再び苦笑すると、アルセンがしつこく「嘘だ!」と吠える。
「だって、彼女は私に手紙をくれたんだ! その手紙が動かぬ証拠だ!」
「手紙が証拠、か。では、その『証拠』とやらを提示して頂きたいのだが」
「ああいいだろう! 私はいつも彼女からの手紙を、肌身離さず持ち歩いているからな!」
アドラシオンの言葉に、アルセンは我が意を得たりと言わんばかりの顔をすると、ジュストコールの内ポケットから白い封筒を取り出し、その中身を堂々と差し出してきた。
四つ折りになっている手紙を受け取って開き、その内容に目を通していく事しばし。やがてアドラシオンは一瞬顔をしかめたのち、深々とため息を吐きながら口を開く。
「アルセン殿。これは妻の、ニアの字ではない」
「――は?」
心底呆れた顔でそう述べてくるアドラシオンに、アルセンは思わず間の抜けた声を上げた。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~
イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?)
グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。
「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」
そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。
(これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!)
と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。
続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。
さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!?
「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」
※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`)
※小説家になろう、ノベルバにも掲載
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる