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第4章

9話 上位貴族会・紳士の集い 後編

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「……な……っ!?」

 見下し切った表情だった上、言い方自体、あまりに身も蓋もなかったせいだろうか。
 アルセンは、あからさまに驚愕した表情で半歩後ろへ後ずさる。

 だが、そのリアクションすら妙に芝居がかって見えて、アドラシオンは眉をひそめるどころか、思い切り顔をしかめてしまった。

 正直な所、こうまで露骨に表情を崩してしまうとなると、上位貴族家の当主としては恥ずべき振る舞いなのだが、他の男性達も目に見えて鼻白んでいるので、これに関しては不可抗力で通せるだろう。

 もっとも、その表情と言葉を向けられた当事者であるアルセンには、『不可抗力』では通らない。
 アルセンは引き続き、芝居がかった仕草でアドラシオンを睨み据えてくる。
 実に鬱陶しい。

「なにが……なにが寝言なものか! 彼女は私に助けを求めてきたんだ! 愛のない婚姻に苦しんでいると! 自分をあの、牢獄のような婚家から救い出して欲しいと! だから……!」

「ほう。ではお伺いするが、私の妻はいつあなたと接触したのだ? ひとまずあなたの話の真偽は脇に置くとして、そのような込み入った話をするくらいだ、相応に親しくなるほど接する機会があったのだろう?」

「……残念ながら、それはない。彼女が救いを求めてきたのは手紙を使っての事だ。だが、彼女がどのような方なのかは、その手紙と新年祝賀会での振る舞いで分かっている!
 可哀想に、彼女は新年を寿ことほぐ祝いの席で無情にも夫に放置され、1人寂しく会場の片隅に佇んでいた! あれほどまでに可憐でお美しい方を、何を持ってあのように不当に扱っているのか、理解に苦しむ!」

「放置などした覚えはない。それに当時彼女は、社交界から長らく遠ざかっていた私の事を慮って、社交の輪の中へ積極的に入るよう背を押してくれていた」

「嘘をつくな! ならばなぜ彼女は、あんな悲しげな表情をしていたのか――」

「……話の途中で申し訳ないが、少々よろしいか?」

 1人劇場の舞台で芝居をしているような、薄ら寒いオーバーリアクションを繰り返し取りながら話すアルセンの言葉を、1人の若い男性が遮った。
 侯爵家の中でも家格が高い名家、カテドラ侯爵家の嫡男、ロイドだ。

「なんなんだ君は、人の話の腰を折らないでくれないか!」

「いや、あなたの物言いがあまりに的外れなので、エフォール公爵閣下の御為にも、一言物申しておくべきかと思って」

「なにが的外れなんだ! 私は彼女の寂しげな横顔をこの目で見て」

「だから、そこが的外れだと言っているんだ。私も当時、父母と共に新年祝賀会に参加していたが、当時のエフォール公爵夫人は、別に寂し気になどなさっておられなかったぞ?」

「……え?」

「むしろ彼女は、テーブルの上に並べられた料理とワインの数々を、嬉々とした様子で手に取っておられたが」

「ああ、その様子なら儂も見ましたよ。特にワインやジビエ料理に、真剣な眼差しを向けておられましたなあ」

 ロイドの言葉を受け、センドニ伯爵が顎をさすりながら言う。

「うむ、私も見た。恐らくは、領地でも同じような出来のいいワインを作れないかと、思案しておられたのではないかな。ジビエに関しても、きちんと管理すれば領地で扱いやすい食材だ。販路を考える価値はあろう」

 センドニ伯爵の言葉にアウライア侯爵がうなづく。

「そうですね。もしくはワインに関しても、製造以外に販路を広げる方法を考えておられたのでは?
 夫人は大変真剣なご様子で、私の両親もそのお姿を見て、エフォール公爵閣下は領地の事をよくお考えになる、良き妻を得られたのだなと、感心しきりでしたから、よく憶えております」

 そこへ更にロイドが言葉を重ねる。
 アドラシオンは各人の発言に苦笑しながら、「恐縮です。皆様方からのご評価の言葉を聞けば、妻も喜ぶ事でしょう」と謝意を述べて会釈した。

 実際には、ニアージュはただ単に、王宮で供された美味しいワインと食事に夢中になっていただけだと分かっているので、少し複雑な気分になるが、折角いいように解釈してくれているのを、わざわざ律儀に訂正する事もないだろうと思い、口を噤んだ。

 料理やワインを真剣な目で見ていた、というのも、単に暴飲暴食を避ける為、口にする種類を吟味していたに過ぎない。
 新年祝賀会の後、当人がそう言っていた。

 当時その話を聞いた時は、貴族令嬢らしからぬ食い気の強さに呆れるべきか、しっかりと節制ができる意志の強さに感心すべきか、いささか迷ったものだ。

(まあ、食い気が強い所は可愛いし、節制できる所は美徳と言える。なんにしても、俺にとっては素晴らしい妻だ。未だに面と向かってそうとは言えていないが……)

 アドラシオンが内心の想いに再び苦笑すると、アルセンがしつこく「嘘だ!」と吠える。

「だって、彼女は私に手紙をくれたんだ! その手紙が動かぬ証拠だ!」

「手紙が証拠、か。では、その『証拠』とやらを提示して頂きたいのだが」

「ああいいだろう! 私はいつも彼女からの手紙を、肌身離さず持ち歩いているからな!」

 アドラシオンの言葉に、アルセンは我が意を得たりと言わんばかりの顔をすると、ジュストコールの内ポケットから白い封筒を取り出し、その中身を堂々と差し出してきた。

 四つ折りになっている手紙を受け取って開き、その内容に目を通していく事しばし。やがてアドラシオンは一瞬顔をしかめたのち、深々とため息を吐きながら口を開く。

「アルセン殿。これは妻の、ニアの字ではない」


「――は?」

 心底呆れた顔でそう述べてくるアドラシオンに、アルセンは思わず間の抜けた声を上げた。

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