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第4章

8話 上位貴族会・紳士の集い 中編

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 よく晴れた、小春日和の昼下がりに始まった会合、上位貴族会・紳士の集い。
 その会合の場にて、アドラシオンは自領と隣接する領地を持つ上位貴族、ボリス・フォルク伯爵と話し合いを行い、まずは銀鉱脈が互いの領地喉の近辺まで伸びているのか、詳細な調査を行う為の調査隊を共同で立ち上げる事になった。

 ボリス・フォルク伯爵は、ライトブラウンの髪にスカイブルーの瞳を持つ30後半の男性で、中肉中背。面立ちは整っているが、上位貴族としてはあまり目立たない容貌をしている。
 しかしながら、その双眸の奥には確かな知性の輝きがあり、決して凡庸な人物ではない、とアドラシオンは初見で感じていた。

 なんにせよ、まず最初の第一段階を、全く揉めず問題なくクリアできた事は、アドラシオンとしても安堵の一言だ。
 それにフォルク伯爵領が、アドラシオンが治めるエフォール公爵領より自領の面積が大きく、税収も通年安定している事から、鉱脈の調査にかかる費用を完全に折半する、と申し出てくれたのも、大きな収穫だと言っていい。

 通常、何かしらの事業を複数の貴族が連名で行う場合、爵位の高い方がより多くの費用を払う事になりがちなのだが、フォルク伯爵は、そういった爵位の上下に甘えた振る舞いをよしとせず、ただ領地の現状だけを冷静に見て事を決めてくれている。

 膝を突き合わせてしっかりと話をした限り、フォルク伯爵は基本的に物静かで、自己主張もさして強くないタイプだが、視野が広く冷静で、判断も至極公平だ。
 領地を運営する貴族としても商業を行う商人としても、信の置ける人物だと言っていいだろう。

 ここへ来るまでは色々な意味で不安も大きかったが、やはり会合に参加する事を決めたのは、よい判断だった。迷う自分の背中を押してくれたニアージュにも感謝だ。

 願わくば、今回の共同事業が無事軌道に乗り、銀鉱山から出る利益によって、互いに領地を盛り立てていければいい、と、アドラシオンは心から思っている。


「フォルク伯爵、歓談中失礼する。エフォール公爵閣下と、少々お話ししたい事があるのだが、よろしいか」

 それからしばらくの間、思っていたよりずっと馬が合ったフォルク伯爵と、互いの領地の話題で盛り上がっていると、突如そこに招かざる人物が割って入って来た。

 均整の取れた長身痩躯に、目にも眩い豪奢なハニーブロンド、そして、エメラルドを思わせる深い翠を湛えた双眸が目を引く。作り物めいて整った面立ちをした美青年だ。
 だが、その折角の麗しい容姿も、鼻持ちならない性分と、過剰な自己愛が滲み出た表情のせいで幾分陰り、魅力が減じてしまっているように見えた。

 直接顔を合わせるのは7年振りだが、彼の事は今でもはっきり記憶に残っている。
 この青年こそ、レトリー侯爵家の5男・アルセン。

 厚顔にも、アドラシオンの妻であるニアージュにラブレターを送り付けてきた恥知らずであり、ニアージュからラブレターを先にもらったと手紙で主張していた、勘違い男である。

(基本的に、この会合は各家の当主か、次期当主と目されている令息が出席するものだ。だというのに、よくもまあ堂々と出て来れたな。5男である上、社交界で散々恥をばら撒いてばかりいる身では、もはや家督の継承権などないにも等しいだろうに)

 アドラシオンはその青年を見て眉根を寄せ、内心そんな事を思う。
 本音を言うなら無視してしまいたいし、実際そうした所で、アドラシオンにとっては痛くも痒くもない相手だ。

 だが、ああまで堂々と妻に秋波を送ってきた人物を前にして、知らぬ存ぜぬで涼しい顔をしていられるほど、アドラシオンは辛抱強くもなければ懐深い性分でもなかった。

「……。私に何用だろうか、アルセン殿」

 アドラシオンが不快感も露な様子でそう問いかけると、アルセンは露骨に嫌な顔をするが、すぐにどこか勝ち誇った顔になる。

 この国では通常、貴族男性は親しい相手や、爵位ないし年代が近しい相手に対しては、『卿』という敬称をつけて呼ぶのが一般的だ。

 しかし、今アドラシオンが口にした『殿』という呼び方は、主に格下相手に使う呼称であり、普通に考えれば爵位と年代が近しいアルセンに対して使うには、決して適切なものではない。

 それこそ、他の貴族達から傲慢な振る舞いだとみなされ、場合によっては周囲からたしなめられるか、下手をすれば叱責されかねない呼び方だと言える。見下しているも同然の呼び方になるからだ。

 アルセンもその事を知っており、これはアドラシオンといえど、他の貴族達から叱責を喰らう羽目になるだろうと、そう踏んで勝ち誇っている訳なのだが――

 しかし、アドラシオンの発言を間近に聞いていたフォルク伯爵はおろか、他の侯爵や伯爵も、アドラシオンに対して全く嫌悪を見せなかった。それどころか、全員それが当然と言わんばかりの顔をしている。

 それだけ、アルセンが社交界のみならず、こういった男性だけの会合においても、その軽薄な振る舞いから侮蔑の対象になっているのだという事が、如実に見て取れた。

 そんなこんなで、あっという間に当てが外れたアルセンは、アドラシオンが叱責されない理由が分からず、一瞬たじろいでうろたえる様子を見せたが、すぐに気を取り直し、再びアドラシオンに真っ向から視線を向ける。

「何用であるのかは、あなた自身がよくお分かりなのではありませんか、エフォール公爵閣下。――愛も情もなく、ただ契約の為だけに、うら若き淑女を自身の傍に縛り付けるのは、もうやめて頂きたいのです。
 そう、なぜなら私と彼女は……ニアージュ様は、深く強い真実の愛で結ばれているのですから……!」

「寝言は寝てから言え」

 芝居がかった口調と態度で言い放ってくるアルセンに、アドラシオンは思わず真顔で突っ込んでしまった。

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