48 / 123
第4章
5話 公爵夫人の混乱、公爵の困惑
しおりを挟むレトリー侯爵家の令息、アルセンから突如送られてきた意味不明な手紙の内容がどうやらラブレターらしいと知り、憤るアドラシオンをよそに、手紙の内容に目を通したニアージュは、ただひたすら混乱していた。
混乱のあまり、頭の中で考えている事が口からダダ漏れになっている事にも気付かず、ニアージュは手紙を手に持ったまま、ひたすらブツブツと独り言を呟く。
「は? なんで? どうして顔も何も知らない相手から、私を名指ししたラブレターなんてモノが送られてくるの? 普通に考えてあり得ないでしょ? ていうか、なんでこの手紙では、私からこの人にラブレターを送った事になってるの?
え? 私そんなの書いたっけ? 私が先月書いたのは、グレイシア様からもらった手紙の返事と、田舎のお母さんへの手紙だけだったはずよね? 書いてないよね? それとも何か私の脳には異常があって、それで無意識のうちに他人様に手紙を書いてたとか?」
「に、ニア?」
挙句、徐々に思考回路がおかしな方向へずれ込み始めるニアージュ。
何だか、心なしか顔色も悪くなってきているような気がする。
ニアージュのそんな姿と様子を見ているうち、アドラシオンもだんだん心配になってきた。
最愛の妻に、赤の他人の男からラブレターが送られてきた、という事実はさておいて、ここはとにもかくにも妻をなだめるべきだと思い直し、ニアージュに向き合おうとする。
「大丈夫かニア。ここはまず、お互いに深く考えるのはやめて落ち着こう」
「そんなの夢遊病患者でもやらないよね? アレは家の中とか敷地とかを徘徊するだけで、無意識に手紙書いたりなんてできないよね? ここに書いてあるみたいな、「情熱的な口説き文句を羅列した手紙」なんて書けないよね?
そもそも、『情熱的な口説き文句』ってどんなの? 「君の瞳に乾杯」みたいな? それとも「君の瞳は100万ボルト」とか?? ……あっ、ま、まさか、「俺に惚れたらヤケドするぜ」的な!? 完全に頭イカレてんじゃないそれ! どっからどう見ても重篤な脳の病気だわ! どれも元ネタ思い出せないし! ど、どうしよう、私――」
「ニア、しっかりするんだ!」
「あばばばば、わわ、私、脳が腫瘍で末期のステージ4からの最後のひと葉が――」
「ニアッ! なに訳の分からない事を口走ってるんだ君は! 頼むから正気に戻ってくれ!」
「――はッ!? ……あ、だ、旦那様……。すみません、ちょっと思考が深刻な方向に傾き過ぎて、つい……」
血相を変えたアドラシオンに、正面から両肩を掴まれ揺さぶられて、ようやくニアージュは正気を取り戻した。
「深刻な方向に、って……」
「お騒がせして本当にすみません。けど……ひょっとしたら私、新手の脳の病と夢遊病を併発して、無意識のうちによそ様に、変な手紙を送り付けてたんじゃないか、とか考えてしまって……」
「いや、大丈夫だから。そんな珍妙な病気は存在しないから」
まだどこか深刻そうな様子で、突き抜けた事を言うニアージュに、アドラシオンが少しばかり顔を引きつらせながら突っ込みを入れる。
「どうしても不安なら、アルマソンに訊いてみればいい」
「アルマソンに、ですか?」
「ああ、そうだ。我が家の中で、手紙や贈り物の発送や受け取りを担っているのは、アルマソンだけだからな。我が家ではアルマソンを介さねば、手紙や贈答品のやり取りはできないようになっている。それらの件で、不備が発生しないようにする為の措置だ。
君がいつも故郷に出している手紙や、王太子妃殿下への返信含め、当家から手紙を出した記録は、アルマソンが全て発送台帳に記載して残しているし、逆に、招待状を始めとしたよその家からの手紙や贈り物も全て、受け取り台帳に記録してあるはず。
その発送台帳に発送記録が残っていなければ、君は間違いなく潔白だ。エフォール公爵家当主として、一家の長として断言する」
半泣き顔でうつむくニアージュの肩を再び優しく、それでいてしっかりと掴み、アドラシオンは静かな声と口調でニアージュを諭す。
「……。はい。ありがとうございます、旦那様。もう大丈夫です。今度こそちゃんと落ち着きました。でも一応、念の為に、アルマソンに頼んで、発送台帳の発送記録を確認しますけど……」
「はは、おかしな所で心配性だな、君は。分かった。それについては、君の気が済むようにしてくれて構わない。
もっとも俺は、君が受け取った手紙の内容……特に、君から最初に手紙を送った、という部分については、完全に虚偽だと思っているんだが」
「え? きょ、虚偽?」
「ああ。……社交界から縁遠いとはいえ、俺も一応、公爵の名と共に一領地を拝領している、上位貴族の端くれだ。
毎年発行される貴族名鑑は必ず取り寄せ、できる限り細部にまで目を通すようにしているし、アルマソンや貴族階級にある侍女達からも、社交界の話を定期的に聞くようにしている。その中で聞く限り、件のアルセン殿は悪い意味で大変有名な男なんだよ」
アドラシオンは、ため息交じりに腕組みなどしながら、「こんな話、本当は君には聞かせたくなかったんだが」と、分かりやすく嫌そうな顔で話を続ける。
「自分の家より家格や爵位が低い家の令嬢に、聞こえのよくないちょっかいをかけるのは日常茶飯事。下位貴族の令嬢の中には、取り返しのつかない形で手出しをされて縁談が潰れたり、修道院行きになる者まで出ているらしい。
これまでは、爵位や家格が自身の家を上回る貴族家の令嬢や、既婚女性にまでは手出ししていなかったと聞いているが……もしかしたら、事実はそうではないのかも知れないな」
「うわ……。まさかのスケコマシ……!」
「? スケ……? とは? すまない、よく聞き取れなかった」
「い、いえ。今のはその、うっかり出てしまった平民の中の用語でして、あんまり品のいい言葉ではないので、訊き返さないで下さい。流石の私でも、今の言葉の詳細を説明をするのは憚られます……」
「そ、そうなのか……。分かった、気にはなるが訊かない事にしよう」
「そうして下さると、とても助かります」
不思議そうな顔をするアドラシオンに、ニアージュはどうにか言い繕ってため息をつく。
手紙の内容を読んだ時より変な汗が出そうだった。
その後、ニアージュの元に不審な手紙が送り付けられてきた件に関する情報は、瞬く間に邸中へと拡散された。
ニアージュの身を案じたアルマソンは、警備の人員を増やす手配を速やかに行い、使用人や侍女達は、不審者が公爵家の敷地や邸の中に入り込まないよう、一層神経を尖らせる事にようになるのだが、それはまた別の話だ。
6
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
フルハピ☆悪女リスタート
茄珠みしろ
恋愛
国を襲う伝染病で幼くして母親を失い、父からも愛情を受けることが出来ず、再婚により新しくできた異母妹に全てを奪われたララスティは、20歳の誕生日のその日、婚約者のカイルに呼び出され婚約破棄を言い渡された。
失意の中家に帰れば父の命令で修道院に向かわされる。
しかし、その道程での事故によりララスティは母親が亡くなった直後の7歳児の時に回帰していた。
頭を整理するためと今後の活動のために母方の伯父の元に身を寄せ、前回の復讐と自分の行動によって結末が変わるのかを見届けたいという願いを叶えるためにララスティは計画を練る。
前回と同じように父親が爵位を継いで再婚すると、やはり異母妹のエミリアが家にやってきてララスティのものを奪っていくが、それはもうララスティの復讐計画の一つに過ぎない。
やってくる前に下ごしらえをしていたおかげか、前回とは違い「可哀相な元庶子の異母妹」はどこにもおらず、そこにいるのは「異母姉のものを奪う教養のない元庶子」だけ。
変わらないスケジュールの中で変わっていく人間模様。
またもやララスティの婚約者となったカイルは前回と同じようにエミリアを愛し「真実の愛」を貫くのだろうか?
そしてルドルフとの接触で判明したララスティですら知らなかった「その後」の真実も明かされ、物語はさらなる狂想へと進みだす。
味方のふりをした友人の仮面をかぶった悪女は物語の結末を待っている。
フ ル ハッピーエンディング
そういったのは だ ぁ れ ?
☆他サイトでも投稿してます
王太子妃なのに冤罪で流刑にされました 〜わたくしは流刑地で幸せを掴みますが、あなた方のことは許しません〜
超高校級の小説家
恋愛
公爵令嬢のベアトリスは16歳でトルマリン王国の王太子と政略結婚して王太子妃となった。しかし、婚礼の儀と披露式典を終えて間もなく、王城に滞在する大聖女に怪我をさせたと言いがかりをつけられる。
全く身に覚えが無いのに目撃証言が複数あり、これまでも大聖女に対して嫌がらせをしていたという嫌疑をかけられ、怒った王太子によって王太子妃の位を剥奪され流刑に処されてしまう。
流された先は魔族という悪しき者達が住む魔界に通じる扉があると言われる魔の島と恐れられる場所だった。
※7話まで胸糞悪いです。そこからはお気楽展開で書いてますのでお付き合いください
※最終話59話で完結
途中で飽きた方もエピローグに当たる最後の3話だけでも読んで、ベアトリスの復讐の顛末を見ていただけると嬉しいです。
【完結】似て非なる双子の結婚
野村にれ
恋愛
ウェーブ王国のグラーフ伯爵家のメルベールとユーリ、トスター侯爵家のキリアムとオーランド兄弟は共に双子だった。メルベールとユーリは一卵性で、キリアムとオーランドは二卵性で、兄弟という程度に似ていた。
隣り合った領地で、伯爵家と侯爵家爵位ということもあり、親同士も仲が良かった。幼い頃から、親たちはよく集まっては、双子同士が結婚すれば面白い、どちらが継いでもいいななどと、集まっては話していた。
そして、図らずも両家の願いは叶い、メルベールとキリアムは婚約をした。
ユーリもオーランドとの婚約を迫られるが、二組の双子は幸せになれるのだろうか。
妹と再婚約?殿下ありがとうございます!
八つ刻
恋愛
第一王子と侯爵令嬢は婚約を白紙撤回することにした。
第一王子が侯爵令嬢の妹と真実の愛を見つけてしまったからだ。
「彼女のことは私に任せろ」
殿下!言質は取りましたからね!妹を宜しくお願いします!
令嬢は妹を王子に丸投げし、自分は家族と平穏な幸せを手に入れる。
【完結】結婚しておりませんけど?
との
恋愛
「アリーシャ⋯⋯愛してる」
「私も愛してるわ、イーサン」
真実の愛復活で盛り上がる2人ですが、イーサン・ボクスと私サラ・モーガンは今日婚約したばかりなんですけどね。
しかもこの2人、結婚式やら愛の巣やらの準備をはじめた上に私にその費用を負担させようとしはじめました。頭大丈夫ですかね〜。
盛大なるざまぁ⋯⋯いえ、バリエーション豊かなざまぁを楽しんでいただきます。
だって、私の友達が張り切っていまして⋯⋯。どうせならみんなで盛り上がろうと、これはもう『ざまぁパーティー』ですかね。
「俺の苺ちゃんがあ〜」
「早い者勝ち」
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結しました。HOT2位感謝です\(//∇//)\
R15は念の為・・
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
不出来な妹など必要ないと私を切り捨てたあなたが、今更助けを求めるなんて都合が良い話だとは思いませんか?
木山楽斗
恋愛
妾の子であるエリーゼは、伯爵家に置いて苦しい生活を送っていた。
伯爵夫人や腹違いの兄からのひどい扱いに、彼女の精神は摩耗していたのである。
支えである母を早くに亡くしたエリーゼにとって、伯爵家での暮らしは苦痛であった。
しかし出て行くこともできなかった。彼女の母に固執していた父である伯爵が、エリーゼを縛り付けていたのだ。
そんな父も亡くなって、兄が伯爵家の実権を握った時、彼はエリーゼを追い出した。
腹違いの妹を忌み嫌う彼は、エリーゼを家から排除したのだ。
だが、彼の憎しみというものはそれで収まらなかった。
家から離れたエリーゼは、伯爵家の手の者に追われることになったのである。
しかし彼女は、色々な人の助けを借りながらそれを跳ね除けた。
そうしている間に、伯爵家には暗雲が立ち込めていた。エリーゼを狙ったことも含めて悪事が露呈して伯爵家は非難を受けることになったのである。
そんな時に、兄はエリーゼに助けを求めてきた。
だが当然、彼女はそんな兄を突き放した。元々伯爵家の地位などにも興味がなく、ひどい目に合わされてきた彼女にとって、兄からの懇願など聞くに値しないものであったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる