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第4章

5話 公爵夫人の混乱、公爵の困惑

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 レトリー侯爵家の令息、アルセンから突如送られてきた意味不明な手紙の内容がどうやらラブレターらしいと知り、憤るアドラシオンをよそに、手紙の内容に目を通したニアージュは、ただひたすら混乱していた。

 混乱のあまり、頭の中で考えている事が口からダダ漏れになっている事にも気付かず、ニアージュは手紙を手に持ったまま、ひたすらブツブツと独り言を呟く。

「は? なんで? どうして顔も何も知らない相手から、私を名指ししたラブレターなんてモノが送られてくるの? 普通に考えてあり得ないでしょ? ていうか、なんでこの手紙では、私からこの人にラブレターを送った事になってるの?

 え? 私そんなの書いたっけ? 私が先月書いたのは、グレイシア様からもらった手紙の返事と、田舎のお母さんへの手紙だけだったはずよね? 書いてないよね? それとも何か私の脳には異常があって、それで無意識のうちに他人様に手紙を書いてたとか?」

「に、ニア?」

 挙句、徐々に思考回路がおかしな方向へずれ込み始めるニアージュ。
 何だか、心なしか顔色も悪くなってきているような気がする。
 ニアージュのそんな姿と様子を見ているうち、アドラシオンもだんだん心配になってきた。

 最愛の妻に、赤の他人の男からラブレターが送られてきた、という事実はさておいて、ここはとにもかくにも妻をなだめるべきだと思い直し、ニアージュに向き合おうとする。

「大丈夫かニア。ここはまず、お互いに深く考えるのはやめて落ち着こう」

「そんなの夢遊病患者でもやらないよね? アレは家の中とか敷地とかを徘徊するだけで、無意識に手紙書いたりなんてできないよね? ここに書いてあるみたいな、「情熱的な口説き文句を羅列した手紙」なんて書けないよね?

 そもそも、『情熱的な口説き文句』ってどんなの? 「君の瞳に乾杯」みたいな? それとも「君の瞳は100万ボルト」とか?? ……あっ、ま、まさか、「俺に惚れたらヤケドするぜ」的な!? 完全に頭イカレてんじゃないそれ! どっからどう見ても重篤な脳の病気だわ! どれも元ネタ思い出せないし! ど、どうしよう、私――」

「ニア、しっかりするんだ!」

「あばばばば、わわ、私、脳が腫瘍で末期のステージ4からの最後のひと葉が――」

「ニアッ! なに訳の分からない事を口走ってるんだ君は! 頼むから正気に戻ってくれ!」

「――はッ!? ……あ、だ、旦那様……。すみません、ちょっと思考が深刻な方向に傾き過ぎて、つい……」

 血相を変えたアドラシオンに、正面から両肩を掴まれ揺さぶられて、ようやくニアージュは正気を取り戻した。

「深刻な方向に、って……」

「お騒がせして本当にすみません。けど……ひょっとしたら私、新手の脳の病と夢遊病を併発して、無意識のうちによそ様に、変な手紙を送り付けてたんじゃないか、とか考えてしまって……」

「いや、大丈夫だから。そんな珍妙な病気は存在しないから」

 まだどこか深刻そうな様子で、突き抜けた事を言うニアージュに、アドラシオンが少しばかり顔を引きつらせながら突っ込みを入れる。

「どうしても不安なら、アルマソンに訊いてみればいい」

「アルマソンに、ですか?」

「ああ、そうだ。我が家の中で、手紙や贈り物の発送や受け取りを担っているのは、アルマソンだけだからな。我が家ではアルマソンを介さねば、手紙や贈答品のやり取りはできないようになっている。それらの件で、不備が発生しないようにする為の措置だ。

 君がいつも故郷に出している手紙や、王太子妃殿下への返信含め、当家から手紙を出した記録は、アルマソンが全て発送台帳に記載して残しているし、逆に、招待状を始めとしたよその家からの手紙や贈り物も全て、受け取り台帳に記録してあるはず。

 その発送台帳に発送記録が残っていなければ、君は間違いなく潔白だ。エフォール公爵家当主として、一家の長として断言する」

 半泣き顔でうつむくニアージュの肩を再び優しく、それでいてしっかりと掴み、アドラシオンは静かな声と口調でニアージュを諭す。

「……。はい。ありがとうございます、旦那様。もう大丈夫です。今度こそちゃんと落ち着きました。でも一応、念の為に、アルマソンに頼んで、発送台帳の発送記録を確認しますけど……」

「はは、おかしな所で心配性だな、君は。分かった。それについては、君の気が済むようにしてくれて構わない。
 もっとも俺は、君が受け取った手紙の内容……特に、君から最初に手紙を送った、という部分については、完全に虚偽だと思っているんだが」

「え? きょ、虚偽?」

「ああ。……社交界から縁遠いとはいえ、俺も一応、公爵の名と共に一領地を拝領している、上位貴族の端くれだ。
 毎年発行される貴族名鑑は必ず取り寄せ、できる限り細部にまで目を通すようにしているし、アルマソンや貴族階級にある侍女達からも、社交界の話を定期的に聞くようにしている。その中で聞く限り、件のアルセン殿は悪い意味で大変有名な男なんだよ」

 アドラシオンは、ため息交じりに腕組みなどしながら、「こんな話、本当は君には聞かせたくなかったんだが」と、分かりやすく嫌そうな顔で話を続ける。

「自分の家より家格や爵位が低い家の令嬢に、聞こえのよくないちょっかいをかけるのは日常茶飯事。下位貴族の令嬢の中には、取り返しのつかない形で手出しをされて縁談が潰れたり、修道院行きになる者まで出ているらしい。

 これまでは、爵位や家格が自身の家を上回る貴族家の令嬢や、既婚女性にまでは手出ししていなかったと聞いているが……もしかしたら、事実はそうではないのかも知れないな」

「うわ……。まさかのスケコマシ……!」

「? スケ……? とは? すまない、よく聞き取れなかった」

「い、いえ。今のはその、うっかり出てしまった平民の中の用語でして、あんまり品のいい言葉ではないので、訊き返さないで下さい。流石の私でも、今の言葉の詳細を説明をするのは憚られます……」

「そ、そうなのか……。分かった、気にはなるが訊かない事にしよう」

「そうして下さると、とても助かります」

 不思議そうな顔をするアドラシオンに、ニアージュはどうにか言い繕ってため息をつく。
 手紙の内容を読んだ時より変な汗が出そうだった。


 その後、ニアージュの元に不審な手紙が送り付けられてきた件に関する情報は、瞬く間に邸中へと拡散された。

 ニアージュの身を案じたアルマソンは、警備の人員を増やす手配を速やかに行い、使用人や侍女達は、不審者が公爵家の敷地や邸の中に入り込まないよう、一層神経を尖らせる事にようになるのだが、それはまた別の話だ。

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