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第3章

11話 新年祝賀会~懲りない侯爵夫人

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(ふわあぁ……っ! 流石は王族主催のパーティー! どれもこれも滅茶苦茶美味しいぃ~~っ! 幸せ過ぎる~~!)

 取り皿の上の料理を口に運ぶたび、勝手に頬が緩むのを抑えられなくなる。
 ニアージュはアドラシオンへの宣言通り、立食形式のパーティーを、それはもう全力で満喫していた。

 極めて厚く切り分けられていながらも、とろけるように柔らかいローストビーフ。
 特有の風味と旨味はしっかり残しながら、臭みを全く感じさせない鴨のスープ。
 何種もの野菜を、滋味深いコンソメゼリーで固めて成型した美しいテリーヌ。
 軽やかな衣に包まれている、ぷりぷりした白身魚や海老、牡蠣のフライ。
 一口サイズに揃えられた、目移りが止まらないほど多彩なデザート。

 勿論それ以外にもまだ、パン、グラタン、パスタなどなど、色々な料理があり、そして赤、白、ロゼ、スパークリングの4種が並ぶ、多種多様なワインの数々に圧倒される。

 しかもそれらのワインはみな、更に甘口と辛口の2種に分けられている他、白とロゼにはデザートワインもあり、合計10種の用意があるようだった。
 こうなるともう、酒豪のニアージュはワインの飲み比べがやめられない。

 ついでに言うなら料理を口に運ぶのもやめられないが、腹具合には余裕があるので問題なし。
 現在おおよそ、腹6分目といった所だろうか。まだまだイケる。

 いつも公式の場で身につける、キツくウエストを締め上げるタイプの、スタンダードなローブ・デコルテではこうはいかないので、嬉しくて仕方なかった。

 そんな風に、ニアージュがあまりにも幸せそうな表情で、料理やワインを口にしていたからだろうか。周囲にいた女性の一部や男性達もまた、釣られるように飲食の量が増えているようだ。
 ついでに、食事やワインの感想で盛り上がる者達も出始めた。

 いい事だと思う。
 やはり食事は、周囲の人達と美味しさや喜びを分かち合ってこそ、更に美味しく感じるものなのだから。

 ニアージュと同じ、エンパイアタイプのドレスを着ている女性達の中には、夫や婚約者の男性と一緒になって、料理に使われている食材やワインの話題を切り口に、商売の話へ持って行っている者もいるようだった。
 腹周りの締め付けがほとんどない分、食事やワインの味で語らう余裕ができたのだろう。

 というか、気付けばアドラシオンもその輪の中に入り、色々な話をしている。
 宴席の場での話が仕事の話題に繋がる事もまた、ある意味宴席の醍醐味のひとつだ。
 この場での話を元に、自領を盛り立てる切っ掛けを得られれば、彼らや彼女ら、そしてアドラシオンとしても万々歳となるに違いない。

(なんにしても、エンパイアタイプのドレスが流行してくれてるお蔭で、女性の社交も流れが変わってきてるって事よね。誰が言い出したのか知らないけど、本当にありがとう!)

 ニアージュが、どこの誰とも分からぬ流行の発信源となった人物に、心の中で謝意を述べながら至福のひと時を過ごしていると、お呼びでない人物が、性懲りもなく近づいて来ているのが視界の端に映った。
 身勝手クソババアこと、ラトレイア侯爵夫人である。

(――げっ。ちょっ、なんでこっち来るのよ! 折角の幸せタイムが台無しじゃない! もうっ!)

 ニアージュは思わず眉根を寄せた。
 こちらとしては、心底関わり合いになりたくない思いでいっぱいだというのに、いい迷惑だ。

 ひょっとして、他の貴族家当主と盛り上がっている夫に放置され、手持ち無沙汰になった為、またぞろ敵視している婚外子に絡んで、イビッてやろうとでも思ってやって来たのかも知れない。

 全く持って奇特な事である。
 もしかして、嫌いな人間に自ら勇んで突っかかりに行き、婉曲な嫌味や暴言を吐いて、相手を貶めねば死んでしまう病にでもかかっているのだろうか。

(――なんて、考えるまでもないわね。ないない、そんな病気。まあ、ある意味思考回路は完全に、末期的な病気って感じがするけど)

 あのスタンダードなデザインのドレスでは、どうせろくに飲食などできないだろうし、暇なら暇で大人しく、他の気が合いそうな高慢ちきマダムと、飯が不味くなりそうなマウントの取り合いでもしていればいいものを。
 絶対に自分の傍ではやって欲しくないが。

(ていうかあの人達、普段あんなに上2人の娘を猫可愛がりしてるのに、ここにはどっちも連れて来てないのね。――ま、私的には大助かりだから、理由なんて知ったこっちゃないわ。
 母親に絡まれるだけでもしんどいのに、そこにあのキーキーうるさい小娘2人まで加わったりしたら、それこそ頭が痛くなるもの)

 当然、こちらから声をかけてやるつもりは毛頭ないので、ラトレイア侯爵夫人が近づいてきている事に気付いていてなお、ニアージュは食事の手を止めなかった。
 今度はサイコロ状にカットしてある鹿肉のロースト(ローストディアというらしい)に手をつけ、その豊かな味わいを存分に楽しむ。

 その直後、何気なく口に含んだスパークリングワインは辛口で、珍しく炭酸が強めだ。その味わいと喉越しは爽快そのもので、思わず、プハァ、と言いたくなるのを堪える。ちょっとビールが恋しくなった。

 再び横目でラトレイア侯爵夫人の方を見遣れば、それでも歩く速度を意図的に緩める様子は見受けられない。雑踏を掻き分けるのに不慣れで、なかなかこちらに辿り着けないだけだろう。
 しかし、それもまた織り込み済みな事だ。

 半年同じ邸で暮らしただけの同居人に、『身勝手クソババア』などというあだ名をつけられるような女が、食事中の人間――ましてや、毛嫌いしている婚外子に対して気遣いなどするはずもないと、ニアージュは十二分に理解していた。

 なんと悲しくも馬鹿馬鹿しい理解であろうか。
 どうせなら、人格を矯正できる薬があればいいのに。
 もしくは馬鹿に付ける薬が欲しい。

(存在しないけどね。そんなもの)

「――あら、また会ったわね。ニアージュ」

 ついにこちらへ辿り着いたラトレイア侯爵夫人から、なんとも白々しい言葉をかけられたのは、ニアージュが再びローストディアに手を伸ばし、それを口の中に入れて咀嚼を始めたのと、ほぼ同時だった。

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