上 下
38 / 123
第3章

10話 新年祝賀会~彼女は愛されし者

しおりを挟む


 急に声が出なくなった王を見て、王妃や王太子妃夫妻、護衛役の騎士や位の高い文官達は、全員揃って血相を変えた。
 眼前で起きた王の変事だ。当然の反応だろう。

 ニアージュとアドラシオンの表情にも、つい不安が出る。
 自分達の挨拶の番になってから、こんな風に急に体調を崩されては流石に心配になるし、下手をすれば自分達が、王に何かしたのかと疑われかねない。

 無論の事、挨拶の場の近くにいたがゆえ、王の異変に気付いた他の上位貴族達も大なり小なり動揺を見せていたが、当事者である王は、自らの身に起きた異変に眉根を寄せつつも、平然と玉座に座っていた。
 どうやら、声が出せない以外の体調不良や、それに伴う痛苦は感じていないようだ。
 不幸中の幸いだと言えた。

 どうしても話の続きを口にしたいのか、王は自分で自分の喉を軽く押さえてみたり、侍従から毒見を済ませたワインをもらって飲んでみたりと、どうにか再び声を出す為、独自の工夫を何度も繰り返す。
 だが、何をどうやっても、結局声は戻らずじまい。

 王との会話が成立しないのではやむを得ない。
 ニアージュとアドラシオンはそう判断し、持ち時間を半分以上残した状態ながら、丁寧な見舞いの言葉だけを残して、早めにその場を辞す事にした。
 声を発せない王の前で、自分達だけが一方的にベラベラと喋り続けた所で、さしたる意味はないからだ。

 表向きには、王の喉の具合を慮る格好となった為か、状況的に見ても常識的で妥当な判断だとみなされ、ニアージュとアドラシオンの行動を不敬と咎め立てする者は、誰もいなかった。ニアージュとしても一安心である。

 なお、これ以降挨拶に来る貴族達には、王の現状を侍従に説明させたのち、貴族側からの挨拶だけを受け取って終わらせる事にしたようだ。
 これもまた、やむを得ない判断であろう。

「国王陛下、大丈夫でしょうか。やっぱり軽度とは言っても、風邪を引いているのを押して公務に出たせいで、身体に障ってしまったのかしら……」

「ああ、そうだな。その可能性は高いだろう。父上は昔から大病を患うどころか、熱を出して寝込む事さえなかった人なんだが……そろそろそうもいかなくなってきた、という事かも知れない。歳を重ねた弊害というものは、誰にでも出るものだからな」

「……。すぐに快復されるといいんですが」

「大丈夫。あそこから一気に体調が悪化するほど、お身体が弱っているようには見えなかった。きっと明日か明後日辺りには、元通り声が出るようになるさ」

 王の御前から離れ、華やいだ賑わいに満ちたパーティーの輪の中へ戻りながら、どことなく心配そうなニアージュに、アドラシオンが柔らかく微笑みながら言う。

「ええ、そうですね。そうに決まっています。あんなにお元気そうな様子だったんですから。
 ――さて。折角のパーティーですから、気持ちを切り替えましょう。私も今回は、エンパイアタイプのドレスのお陰でお腹周りに余裕がありますし、ご馳走を堪能するつもりです」

「そうか。では、ひとまずダンスは後回しにして、俺も君に倣って飲食を楽しむとしようかな」

「ふふっ、お気遣いをありがとうございます、旦那様。ダンスを踊る時、動きにキレがなくならないよう、腹八分目に抑えておきますね」

「はは、そうしてくれるとありがたい」

 そんな風に、ニアージュと笑い合いながら話しているうち、アドラシオンはふと思った。
 もしかしたら王は先程の会話の中、ニアージュに暴言を吐きかけた事で精霊の不興を買い、罰が当たって声を封じられたのではないか、と。

(……あの時の、父上の言葉の文脈から察するに、父上はニアージュと会話している最中、ニアージュを『田舎娘』、もしくは『田舎者』と呼んで、悪意なく貶めようとしてたんじゃないだろうか。
 だとしたら……精霊の不興を買い、罰を当てられたという考えも、決しておかしなものじゃない。大いにあり得る話だ)

 明確な証拠はないが、恐らくニアージュは出身地の謂れと相まって、精霊に見守られ、愛されている。

 だから、最初にエフォール公爵家を公式訪問する予定を勝手に立て、ニアージュを困らせた王は、邸を訪ねようと考えるたび地味な不運に見舞われ、最終的には来訪を諦める所まで追い込まれた。

 その後、王の訪問が潰れ、今度は余った食材の運搬で困っているニアージュを助ける為、氷室の氷を山と増やし、ニアージュが暑さに参って疲れ始めれば、それを励ます為、貯蔵庫の卵やミルクの量まで増やして、アイスクリームを作れるようにした。

 そして。
 勝手な思い込みで邸に押しかけ、ニアージュを害しようとしたバラト侯爵家の令嬢、エーゼルは、乗って来た馬車に閉じ込められた挙句、アドラシオンが偶然、視察の途中で再会したバラト侯爵を連れて邸へ戻った途端、心身共に大変痛い目に遭った。

 いや、もしかしたらあの日、アドラシオンが視察先で、知己であるバラト侯爵と再会した事も、もしかしたら精霊の力や導きが働いた結果、起きた出来事だったのではないのか。
 そんな風にさえ思えくる。

(まあ、今そんな事を考えた所で、何がどうなる訳でもない。今は――)

 アドラシオンは思考を中断し、傍らに視線を向ける。
 そこでは丁度ニアージュが、嬉々として自分の取り皿にローストビーフを取り分けている所だった。まだ少女の域を出ていない年若い仮の妻の目は、多種多様なご馳走を前にキラキラと輝いている。

(そう。今は、この笑顔を見ていられるだけで十分だ)

 アドラシオンは目を細めつつ、心からそう思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~

イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?) グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。 「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」 そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。 (これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!) と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。 続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。 さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!? 「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」 ※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`) ※小説家になろう、ノベルバにも掲載

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...