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第3章

6話 新年祝賀会~開戦前のひと時

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 エフォール公爵家を出発し、途中で休憩を挟みつつ馬車を走らせる事、トータル4時間。
 ようやく着いたクロワール王国の中心にして中枢たる王城は、文字通り王都フィークスの中央部にて、その呼び名に相応しい威容を晒していた。

 なお、今回ニアージュとアドラシオンの世話役としてついてきた侍女は、侍女長のマイナとニーネの2人で、アナは留守番となっている。
 孤児院出身で平民のアナは、王城に気安く足を踏み入れる事ができない為だ。

 平民が王城に入るには、その平民の身元保証人となっている貴族家当主が、他家の貴族に連帯保証人となってくれるよう話を通して紹介状を書いてもらった上で、数時間に亘る入城審査を受ける必要があるという。
 つまり、大変な手間と時間がかかる。

 ゆえに今回はアナの方から、大変残念な事ではあるが、年に数回しか顔を出さない新年祝賀会の為だけに、そこまでの手間を旦那様に求める事はできない、と随伴を辞退したのだった。
 おまけに、状況と行き先から土産を買う事もできないので、帰ったらせめて土産話をたくさんしよう、とニアージュは思っている。

 しかし、城に着いた時刻は午後16時。
 まだ新年祝賀会が開かれるまで時間がある。
 ゆえに、まず位置としては宮殿の右端となる、上位貴族専用の滞在施設がある場所へと通されたニアージュは、アドラシオンにエスコートされながら、案内役の侍女の先導に従い、広大な庭を横目に道を行き、城の中へ足を踏み入れた。

 平民的な物言いで端的に評するなら、デカい、広い、豪華。この3点に尽きる。
 そして、やたら入り組んでいる。
 絨毯の敷かれた幅の広い廊下には、あちらこちらに十字路や丁字路があるようだ。思わず内心で、迷路か、と反射で突っ込みを入れてしまっても、仕方ない事だろう。

 もっとも、城内の廊下が入り組んでいるのは、敵襲に備えての事でもあるはずなので、個人的な理由で文句やケチを付ける事はできないが、そこを差し引いてみても、あまりにデカくて広くて豪華な作りをしているものだから、ニアージュとしても、人並み程度しかない語彙を振り絞ってまで、事細かな表現をする気になれない。

 ついでに言うなら、住みたいとも思わなかった。
 こんな所に住んでいたら、必要最低限の日常生活を送るだけで一苦労なのではなかろうか。
 全体の把握も大変難しいだろう。

 王やその家族が住んでいる中央宮ちゅうおうぐうだけで、一体どれだけの部屋数があるのやら、想像するだけで眩暈がするし、生涯のうち、一度も足を向けないまま終わる場所だって、何十カ所とありそうな気がする。
 自分の住んでいる家なのに、だ。

 上記の件に関して、なんにしたって馬鹿らしいとか、付き合い切れない話だと感じている時点で、自分はやはり根っからの小市民なのだろうな、とニアージュは心から思った。

「? どうした、ニア」

「いえ、なんでもありません」

 エスコートされながらも、どこか気もそぞろな様子で歩いているニアージュが気にかかったのだろう。心配そうに声をかけくるアドラシオンに、ニアージュは苦笑しながら緩くかぶりを振ってみせた。

「ただ、あまりにお城が大き過ぎて、ちょっと辟易していたんです。なんか、今来たばかりなのに、もう帰りたくなってきました」

「はは、成程」

 目に見えてげんなりしている様子のニアージュに、傍らのアドラシオンが苦笑する。

「しかし、こう言っては何だが、君は珍しい反応をするな。大抵の女性は、城の広大さと絢爛さに目を輝かせ、憧れるものだろうに」

「それは、日常生活を送るのに必要な仕事を、生まれた時から全部人にやってもらっている、生粋のお嬢様の反応というものですよ、旦那様。
 これだけの広い住まいを管理して維持していく為には、一体どれだけの人の手が要るんだろう、とか、掃除を終えるのに何時間かかるんだろう、とか思ったら、憧れる気にもなれません」

「そうか、君は元々平民暮らしが長くて、住まいを整えて掃除をするにも、全て自分でこなさねばならない生活を、当たり前にしていたんだったな。
 けれど、だからこそ平民の子女の中には、王侯貴族や王城暮らしへの憧れを強める者も多かったように思うんだが」

「ああ……。まあ、確かにそれも平民の考える事ではありますね。平民の多くは、お貴族様や王族様方の生活というのを誤解していますから。
 日々の仕事を使用人に全部肩代わりしてもらって、自分は何もせず、悩みも苦労もなく優雅に遊んで暮らしてる、とか。――実際には、そんな事全然ないんですけどね……」

 ニアージュは小さくため息をつく。

「どれだけ身の回りの事を人にやってもらえていても、実際にはお貴族にだって幾らでも仕事があるし、それに伴う苦労や悩みも、後から後から湧いて出てきて、全然消えてなくなってくれないのに、平民達からは理不尽に妬み嫉みを向けられるなんて、なんの罰ゲームでしょうか。

 それに、アルマソンやニーネから聞いたのですが、貴族社会における人間関係の煩雑さやしがらみの厄介さは、平民社会の比じゃないのでしょう?
 幸い、私はまだ経験せずに済んでいますけど、それも想像するだけでハゲそうで……。……? あの、旦那様? 何を笑っていらっしゃるんです?」

「いや。大した事じゃない。ただ、嬉しくなったんだ。君が俺達王侯貴族の苦労を理解して、我が事のように受け止めてくれている事が、嬉しくなった。
 勿論、それで苦労や悩みがなくなる訳じゃないが、それでも『分かってもらえる』というのは、やはり嬉しい。君に、寄り添ってもらえているような気がして」

「旦那様……」

「ああいや、すまない。柄にもない事を言ってしまった」

「……いいえ、柄にもない事だとは思いません。誰かに分かってもらえて嬉しいというのは、身分や歳、性別に拘わらず、誰もが感じる事のはずですから。
 私だってきっと、旦那様に『分かってもらえる』事があれば、嬉しいと思います」

「……! あ、ああ。そうか。ありがとう、ニア。――そろそろ控え室に着く。新年祝賀会まで少しでも身体を休めておこう」

「はい。戦闘前の小休止ですものね……!」

「ふ、くくっ、そ、そうだな。……本当にありがとう。君が傍にいてくれるお陰で、だいぶ気が楽だ」

「そうですか? それはよかった。お役に立てて何よりです」

 嬉し気に微笑むニアージュに、アドラシオンも目を細めながら微笑んだ。

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