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第3章

5話 新年祝賀会~いざ出陣!

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 季節は真冬。
 何回もの降雪はあれど、未だまとまった積雪がないまま迎えた新年の空には、この時期としては珍しい事に雲ひとつなく、澄んだ蒼穹が広がっている。

「……ついに……。ついにこの日が、決戦の時が来ましたね。旦那様」

「いや、そこまで大仰な言い方をしなければならない、物騒な場所に赴く訳じゃないんだが」

 王宮へ向かう為に用意させた、4頭立ての馬車の前。
 青を基調としたドレスを身に付け、豪華な金とブルーダイヤのネックレスで美しく着飾った上から、防寒の為の白い毛皮でできたクロークを羽織ったニアージュが、腕組みしながら気合を込めて言うと、傍らのアドラシオンが、それに苦笑交じりの突っ込みを入れた。

 つい先ほどクロークを羽織る前、アドラシオンが想像した通り、精霊や妖精を思わせる、浮世離れした美しい姿を見せた人とは思えない、あまりに勇ましい表情と言動である。

 既婚女性の、当然の身だしなみとして結い上げられた赤銅色の髪に、アクアマリンがアクセントになった金の髪飾りを着けた横顔には、たおやかさより凛とした美しさがあった。

 だが、彼女らしいと言えば彼女らしい。
 そんな所が微笑ましくも好ましく、暖かな愛おしさがじんわりと胸に込み上げるようだ。

 ちなみに、長いドレスの丈に隠れて見えていないが、ニアージュは腕組みしているだけでなく、足も肩幅をやや超えるくらいに開いて立っていたりする。
 いわゆる仁王立ちをしている状態だった。

 アドラシオンがその事を知ったなら、きっと腹を抱えて笑ったに違いない。
 君は一体どこの戦場に乗り込むつもりなんだ、と。

 そんなアドラシオンの正装は、黒に近く見えるほど色味の濃い濃紺の布地を、金の縁取り飾りで彩った豪華なジュストコール。
 ジュストコールと言っても、そのデザインは一般的なものとは少々違い、タイを着用する必要がないきっちりとした詰襟な上、金の肩章けんしょうと、同じく金の宝石付き飾緒しょくちょがあるので、ニアージュには、どことなく軍服のように見えた。

 そして、更にそこへ刃引きをした儀礼用の剣をくのが、伯爵位以上にある上位貴族の最上位の正装なのだという。
 そのせいか、余計軍服のように見える。
 もっとも、幾ら刃引きがされているとはいえ、帯剣したまま直接王と対面する訳にはいかない為、御前へ出る際には予め、佩いた剣を王の侍従に預けるとの事だった。
 ちょっと面倒臭い。

 クロワール王国において、何者にも染まらぬ不変の色とされる黒は、国王だけが使用できる禁色だ。
 その黒に近い色味の布地と金の肩章、宝石付きの飾緒は、公爵家の当主だけが装着を許される。

 それらは、着用者が王に次ぐ身分である事を暗に示す、言わば権威の象徴たる装飾であり、佩いた剣は、国主と王国の剣として、有事の際には身命を賭すという、言外の意思表示になるのだとアルマソンは言っていた。


 無論、言うまでもない事ではあるが、上記の正装は恐ろしいほどアドラシオンによく似合っている。
 それこそ、最初にアドラシオンがその正装姿で現れたのを見た時、あまりの似合いっぷりに、ニアージュは危うく変な声が出そうになった。

 そうならずに済んだのは、ラトレイア侯爵家で受けた、半年間の詰め込み淑女教育のお陰だ。
 もし、ごく一般的な教育しか受けていない状態で見ていたなら、矢も楯も堪らず、萌えーー! と大声で叫んでいたかも知れない。

 いや、十中八九叫んでいた。
 自分の事は自分が一番よく分かっている。
 イケメン王子様パワー、恐るべし。
 ニアージュはここにきて初めて、淑女教育を受けていてよかったと、心から思った。

 なお、聞いた所によると、飾緒へ付ける宝石に指定はないらしい。
 飾緒にどんな宝石をつけるかは各人の自由。大抵は、妻や婚約者の瞳の色に合わせるのが普通だが、諸事情あって該当する女性がいない者は、忠誠の証として、王の瞳の色に合わせた石を選ぶのだという。

 そんな話を聞いた後、アドラシオンは飾緒につける宝石に、純度の高いディープブルーのエメラルドを選んだかと思うと、「できるだけ、君の瞳の色に近い石を探して合わせた」などと、笑顔で事もなげに言ってきた。

 時たま漫画に出てくる、『心臓を銃弾でブチ抜かれる』といった比喩表現を、まさかリアルで体感する事になろうとは。想定外もここに極まれりだ。
 あまりの出来事に立ち眩みを起こして、その場に引っくり返らなかった事を褒めて欲しい。

(全くもう! そういう所よ! こういう時は甲斐性があるのも困りものだわ!
 イケメンなのは顔だけにしてくれない!? ヤダもうホント好き! 勝てない! 畜生!)

 ニアージュは倒れる代わりに心の中で吠えた。

 会ったばかりの頃は内心で見下して、小馬鹿にしてさえいた仮の夫の本当の顔を知っていくうち、いつしか憎からず思うようになってしまっていた、そんな間抜けな片想いを募らせる乙女の胸中と脳内は、いつだってギリギリなのだ。

(ダメよ、気をしっかり持ちなさい、私! 今はその辺の事は脇に置いて、集中していかないと! 今日はなんとしてもクリアしなくちゃいけない、重要なミッションが待ち受けてるんだから!)

 思考を切り替えて小さく息を吐き、顎を引いて意識的に姿勢を正す。
 ここから先は戦闘モードだ。

「では、そろそろ出発しましょう、旦那様! ド田舎育ちの、野生児なんちゃって令嬢の意地と根性と底力、パーティー会場で余す所なく披露してやります!」

「ああ。だがまあ、なんというか……ほどほどによろしく頼む」

 まるで空手の構えの如く、腰の辺りで握り拳を作り、再び、むん、と気合を入れるニアージュに、アドラシオンは笑いを噛み殺しながらうなづいた。

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