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第3章
3話 新年祝賀会の準備~公爵夫人の密かな憂鬱
しおりを挟むかくして、エフォール公爵家では、異様なほどの張り切りぶりを見せるアルマソンの指示の元、新年祝賀会参加へ向けての準備が始まった。
まず最初に行われたのは、アルマソンのアドバイス通り、ニアージュが新年祝賀会で着用するドレスのオーダーだ。
ドレスの丈は当然ながら、くるぶしまであるフルレングスに近しいもの。色は夫であるアドラシオンの瞳の色である青を基調にするとすぐに決まり、その後は製作途中で何度か試着を行い、ニアージュの肌色に合わせて、布地の濃淡の調整を行う事になった。
デザインは現在の流行を押さえた、ハイウエスト切り替えのエンパイアドレスをベースに、ネックラインは身につける宝飾品がより映えるよう、ローブ・デコルテに近いデザインを選択。
また、その周囲には繊細なレース地を重ねるようにあしらい、首からデコルテにかけての露出が下品にならないよう、調整を施していく。
スカート部分は昨今流行の兆しを見せているという、柔らかい布地を使ったサーキュラータイプを採用した。
裾を広げるとほぼ円形になるほど、たっぷりと布地を使って作られたスカート部分は、ダンスを踊る際にしなやかな動きを生み、貴婦人のエレガントさと乙女の可憐さを同時に生み出す。
既婚とはいえ、10代後半に差しかかり始めたばかりの年若い妻には、艶麗なデザインに寄せたドレスより、幾分可憐さを持たせたドレスの方がよく似合うだろう、と、ドレスのオーダーの場に顔を出していたアドラシオンに提案され、ニアージュは二つ返事でその提案を受け入れた。
トータルデザインが好みに合っていて気に入った、というのも勿論あるが、何より、アドラシオンにドレスのデザインを直接提案してもらえた事が、なんだか妙に嬉しかったのだ。
少しのくすぐったさと照れ臭さを胸中に抱えながら、ニアージュは思う。
適当なデザインで済ませようとしたり、職人達にデザインを丸投げするのではなく、自分の目で様々なデザインを見て熟考し、これが君に一番似合う、と笑顔で夫(仮)勧められて、嫌な気持ちになる妻(仮)はそういないだろう、と。
(今まで一緒に過ごしてきた中でも時々感じてたけど、旦那様って結構レディファースト気質だし、甲斐性のある人なのよね。私の事だけじゃなく、色々な立場にある人達の事も、その人の立場になって考えて寄り添おうとしてるし)
町から来てくれた仕立て屋の職人達が、ああでもないこうでもないと言い合いながら、ドレスのデザイン画を描き進めていくその傍らで、アルマソンがどこからか持ってきた装飾品のカタログに目を通しつつ、ニアージュは内心で独り言ちた。
(前世の頃何かの番組で、「男性は女性と比べて、軒並み共感能力が低い生き物だ」って話を聞いた事があるけど、あれって万人に当て嵌まるものじゃないのかもね。
もしくは、共感能力の低さを旦那様自身が、想像力で補う努力をしているか。どちらにしても素敵な事だわ。
もし学生時代、変な平民の子に目を付けられて、魅了魔法の餌食にならずに済んでいたら、きっと今頃グレイシア様の隣で、立派な王太子として……)
そこまで考えてから、ニアージュは敢えて緩くかぶりを振って、諸々の思考を頭の中からひとつ残らず追い出しにかかる。
グレイシアの隣で微笑むアドラシオンの姿を想像した瞬間、ほんの少し、胸に刺すような痛みが走った事も、頭の隅の方へ強引に押しやって蓋をして、なにもなかった事にした。
自分は最後まで、アドラシオンの仮の妻として共犯者として、自分の考えや思いは脇に置いて彼の隣に立ち続ける。
そうして振る舞う事で、今もずっと、自分をないがしろにする事なく誠意を見せてくれているアドラシオンに、しっかりと報いなければならない。
それが共犯者としての作法であり、当然の行いというもの。
今更女を前面に押し出して、甘ったれた顔をするなど以ての外。
ド田舎の野っ原を駆けずり回って育った、野性味ばかりが強いなんちゃって令嬢にも、ひとりの人間としての矜持と良心はちゃんと備わっているのだ。
例え今後、どれほど苦しい思いをしようが死ぬ目に遭おうが、絶対にアドラシオンの事は裏切らない。
ニアージュはそう決めていた。
(……まあ、その決意は当然として……。今の所それ以上に問題なのは、私のダンスの腕よね。どうしてこんなに踊れないのかしら。ラトレイア侯爵家で教わった時は、そこそこできてたはずなのに……)
いつの間にやら時間はつつがなく流れて過ぎて、現在昼食からおおよそ1時間後。
ニアージュは大広間の片隅で黄昏ていた。
書類仕事に戻らねばならず、しばらくこちらへ顔を出せないアドラシオンに代わって、アルマソンがニアージュのダンスパートナーを務めてくれていたのだが、ニアージュがすっかり凹んでしまった為、現在小休止中である。
故郷の村で剣術や槍術を習っていただけあって、ニアージュは大変運動神経がいい。
だが悲しいかな、運動神経は抜群でも、ダンスに必須となるリズム感というものが、ニアージュにはあまり備わっていないようだ。
現に、ダンスの練習を始めてまだ30分程度しか経っていないというのに、アルマソンの足を散々に踏みまくってしまった。
アルマソン曰く、「奥様は運動神経のみならず反射神経も大変よろしいので、足を踏んだと理解した瞬間に重心をずらし、踏んだ箇所に体重をかけぬようにして下さっていますから、私自身特段痛手は被っておりません。どうかお気になさらず練習をお続け下さい」…との事だったが、ニアージュとしてはそうもいかない。
最初にラトレイア侯爵家でダンスを教わった時、散々口酸っぱく言われた事を思い出す。
ダンスを踊る際、パートナーである殿方の足を踏むというのは、貴族令嬢として非常にみっともない事。他の方々から笑い者にされますし、何よりパートナーを務めて下さる殿方に大変失礼です。ですから、今後嫁ぎ先でそのような事がないよう、しっかりお励みなさいませ、と。
ニアージュは、アルマソンが私用で席を外しているのをいい事に、座ったままがっくりと肩を落とし、はああ、と大きなため息をつく。
その姿たるや、まるでグロッキー状態でコーナーに座っているボクサーのようだ。
「……あのさニア。その恰好、人前で絶対やっちゃダメだからね。なんかおっさん臭いわ」
「……分かってるわよ……」
半眼で突っ込みを入れてくるアナに力なく答える。
今後アルマソンやアドラシオンには、靴の甲部分に、鎧に使う板金を入れてもらった方がいいのかも知れない。
再びため息を吐き出しながら、ニアージュはそんな弱気な事を思っていた。
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