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第2章

4話 精霊の分け前 ?

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 エフォール公爵家の本邸の地下、ワインセラーのすぐ隣にあるのが、氷の貯蔵庫――氷室だ。
 氷の在庫を確認すべく、頑丈で重い断熱性に優れた2重扉を開け、氷室の中へ足を踏み入れれば、地上に比べてずっと涼しい地下の外気より、更に冷たい空気が身体を包み込んできた。

 氷室に保管されている氷は、全て一片が30センチほどのキューブ状……いわゆる立方体をしており、それらはまず木製の簀子すのこに似た板の上に乗せられたのち、なにかの弾みで崩落しないように、また、氷と氷が張り付いてしまわないように、一段積み上げるごとにござを敷き、その上から新たな氷を積むようにしてある。

 先日ニアージュが確認した時には、氷室の内部の、おおよそ3分の1が埋まる程度の量の氷が残っていたはずだ。
 しかしその予想はすぐに裏切られる事になった。

 あまり広くない氷室の内部に、山のような数の氷が詰め込まれているのを見て。

 その量たるや、もはや氷室の内部の3分の1どころではない。
 およそ氷室の半分以上が、間にござを挟んで積み上げられた、氷の立方体で埋め尽くされている。

 これにはニアージュのみならず、一緒に地下に下りて来ていた料理長と侍女のアナも目を丸くし、絶句するばかり。
 思わず全員揃って言葉を失い、立ち尽くす事数秒。
 どうにか我に返ったニアージュが、最初に喉から言葉を絞り出した。

「……。ねえ、最後に魔法使いを呼んで氷を買ったのって、いつ頃?」

「……あー、ええと……。確か、先月の頭、だったかと……」

 目の前にある氷の山に釘付けになったままニアージュが問うと、同じく氷の山に釘付けになっている料理長が、たどたどしくそれに答える。

「その時、こんなにたくさん氷を買ったのかしら」

「いえ、まさか。こんな量の氷を買ったりしたら、台所の予算が赤字になっちまいますって……。いつも通り、氷室の管理担当の奴が、予算内で購入してるはず……」

「……そうよねえ……。あの氷って1つ買うだけで、銀貨5枚(※約5万円ほど)はかかるものね……。こんな大量に買い込むなんて、あり得ないわよね……」

「はい……。あり得ねえですよ……」

「…………」

「…………」

 そこまで話して、また黙り込んでしまうニアージュと料理長。
 あまりに意味不明な状況に行き当たったからか、思考回路が麻痺しかけている。

 これだけの量の氷を買うのに、一体幾ら必要な事か。
 いや、そもそも一体誰が、これほどまでの量の氷を購入したのか。
 想像するだに恐ろしい。
 ニアージュが内心身震いしていると、今までずっと黙っていたアナが遠慮がちに口を開いた。

「……あの、ここはひとまず上に戻って、氷室の管理者やアルマソン様、それから旦那様にこの事をお話しして、色々と確認してもらうべきなのでは。台帳の記載状況とか、予算の残りとか……」

「あっ! た、確かに……!」

「そうね、そうした方がいいわね。――うう。正直、予算の精査をするのも怖いわ……見付けちゃった以上、知らんぷりなんてできないけれど……」

「今からそれ言わねえで下さいよ、奥様……」

 思わず泣き言を言いながら踵を返すニアージュに、料理長も幾分青い顔で続く。
 とにもかくにも、確認を急がねばならない。



 その後、急ぎ地上に戻って氷室の管理者、アルマソンとアドラシオンに確認を取った所、氷室の氷は先月の頭、きちんと予算通りの量が購入されており、金庫に残された予算も、過剰に減ってなどいない事が判明した。
 つまり状況的には、エフォール公爵家の懐は一切痛んでいないにも関わらず、氷の量だけが増えていた、という事になる。

 これにはアドラシオンのみならず、ニアージュを始めとした他の者達も怪訝な顔で眉根を寄せ、首を傾げるばかりだったが、あまり長々と考え込んでいる時間はなかった。
 なにせ、こうしている間にも厨房に残された食材達の鮮度は、どんどん落ち続けているのだから。

 やむなくアドラシオンは、氷室の氷を持ち出して使う許可を出した。
 持ち出した氷を砕いて油紙を敷いた木箱の中に敷き詰め、その上から麻袋に入れた食材などを入れて、更にその上から砕いた氷をかぶせていく。

 それと並行して近隣の村へ馬を走らせ、荷車を出させてそれに各食材の詰まった木箱を乗せて、各々で村に運んでもらう形を取れば、どうにか日暮れが迫る頃には、粗方食材が捌けてなくなった。
 ニアージュとしては安堵の一言である。



 こうして、ひとつの問題が解決した翌日の昼前、ニアージュはアドラシオンと共に地下へ降りて来ていた。
 念の為、氷室の氷を再確認しに行くのだ。

「しかし、あの氷は一体どこから出たものなんだろうな」

「そうですね。不思議というか、なんというか……。今回はありがたかったですけどね」

「ああ。なんだかまるで、精霊の分け前のような話だ」

「あら、旦那様も知ってるんですか? 精霊の分け前の話」

「まあな。昔よく、母上が寝物語として話して聞かせて下さった。精霊は働き者や勤勉な者、心優しい者などを好み、特に気に入った者には、稀にパンの数やワインの量を増やす、不思議な贈り物をしてくれるのだと」

「ええ。そしてその分け前は時として、仕事にも表れるのだそうです。服屋さんや靴屋さん、針子さんの縫物がいつの間にか終わっていたり、掃除しなければいけない場所が、ふと気付くとピカピカになっていたりとか」

「ほう。それは初耳だな。そういう『分け前』もあるのか」

「そうでしたか。地方によって、伝わっている話の内容がちょっとずつ違うのかも知れませんね。では、その『分け前』があるのを当たり前だと思うようになると、いつの間にか分け前をもらえなくなる、という話はご存じですか?」

「ああ。それは知っている。母上の寝物語は、いつも必ず最後はその話で終わっていたし、そういった結末で締めくくられる、子供向けの絵本を読んだ事もあるからな。確か絵本のタイトルは……」

「ええと……謙虚な爺さんと欲張り爺さん、ではないでしたか?」

「ああ! それだ! いつまでも精霊の分け前をもらえる心優しい老人と、いつしか精霊の分け前をもらえなくなる、欲の皮が張った老人の対比の話だ。子供向けに分かりやすく単純化された話だったが、あれはあれで興味深かったのを覚えている」

 ニアージュとアドラシオンは、談笑しながら地下の廊下を進む。

「そうですね。私も昔、母にその絵本を読んでもらうたび、母から「人からの施しや親切を、当然のものと思ってはいけませんよ」…と言われたものです」

「はは、俺もだよ。「臣下に傅かれるのを当然と思ってはいけません。自身の身分に胡坐を掻くような事をせず、常に謙虚でいなさい」と。……さて、今度はしっかり目視でも、氷の数を確認しておこう」

「はい」

 やがて辿り着いた氷室の扉を、アドラシオンが静かに押し開け中へ入り、ニアージュもその後に続いて中へ入った。
 すると。

「…………」

「…………」

 ニアージュとアドラシオンは思わず、目の前の光景を見て押し黙る。
 2人の前にはまた、氷室の半分以上を埋め尽くさんばかりの、大量の氷が鎮座していたのだ。下手をしたら、食材の保存の為に氷を持ち出す前、最初に見た時よりも、氷が増えているかも知れない。

「「なんで!?」」

 反射で黙り込んだ数秒後。
 ニアージュとアドラシオンは、ものの見事に裏返った声をハモらせた。

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