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第1章

15話 共犯者達のちょっと不謹慎な祈り

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 邸の外で吹き荒れている間、ずっと終わりが知れぬようにさえ思えていた嵐は、ニアージュが眠っている間に去り、アナによって起こされた時には、暖かな日差しが窓から差し込んできていた。
 あんな激しい嵐の中、重苦しい話を聞いた後とは思えぬ爽やかな朝だ。

 身支度を整え、階下にある食堂でアドラシオンやマルグリット、グレイシアと顔を合わせて朝の挨拶を交わし、米粉パンを使った朝食を済ませた後、4人で食後の紅茶を頂き、和やかな雰囲気の中会話を楽しむ。

 昨日とは違う昔話――アドラシオンがまだ幼なかった頃の微笑ましいエピソードには、ニアージュも自然と頬が緩んだ。
 話題にされている当の本人は、どことなく居心地悪そうな様子だったが。

 しかし、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、マルグリットとグレイシアが王宮へ帰る時がやってきた。
 邸のすぐ側に着けられた、馬車の前までアドラシオンと共に見送りに出れば、マルグリットもグレイシアも、名残惜しそうな様子を隠す事なくこちらを見てくる。

(まさか、王妃様と王太子妃様っていう2トップと、ここまで親しく話ができるなんて思わなかったな。顔を合わせる前、あんなに緊張してたのが嘘みたい)

 ニアージュはしみじみそう思った。

「――ではね、アドラ。ニアージュ。こうして直接会って、話ができて楽しかったわ。また会いましょうね」

「ええ。本当に。名残は尽きないのですが……そろそろ帰らないと、こちらにアリーが押しかけてきてしまいそうだから」

「そうですか。アリーと……弟と仲良くやれているようで安心しました」

「そうですか? あなたの心配の種を1つ減らせたようで何よりですわ。ついでに申し上げておくなら、私とアリーは市井で言う所の、『ラブラブ』な関係ですの。
 子を儲けられないのは残念ですけれど、そんな事で私達の愛は揺らぎませんし、目減りもしません。今後もあなたが憂うような事にはなりませんから、ずっと安心していて下さいな」

「そうですか。それはよかった。より安心しました。……今だから申し上げますが、私は当時あなたの事を、ビジネスパートナーや友人としてはよき存在だと思っていましたが、男女の愛を抱いていたかと問われると、言葉に詰まってしまいますので」

 にっこりと笑うグレイシアにアドラシオンは苦笑し、少しだけばつの悪そうな顔で言う。

「あら、やっぱりそうでしたの? 奇遇ですわね。それ、私にもそっくりそのまま当て嵌まるお話ですわ」

「ああ、やはりあなたもそうでしたか。政略結婚の辛い所ですね」

「ええ本当に。……私達は、数年間の婚約期間で信頼関係を築く事はできても、愛を育む事は最後までできなかった。でも、きっとそれでよかったのでしょう」

「はい。あなたは私よりも、もっとよい夫を得る事ができたのですから。その事に関してだけは、本当によかったと思いますよ」

「ふふっ、ありがとうございます。けれど、それはあなたにも言える事ではなくて? 同じ政略ではあっても、あなたはこんなにも聡明で懐深い、お優しい女性とのご縁に恵まれたのですから。
 いいこと? エフォール様。今後ニアージュを……私の新しいお友達を、決して無下に扱ったりなさらないように。もしそんな事をなさった日には、今度こそ私が手ずから地獄に叩き落して、死ぬより辛い罰を当てて差し上げてよ?」

「……。はい。心得ております。それに、あなたの手で地獄に叩き落とされるというのは、御免被りますよ。それこそ、針を山のように植えられた椅子に座るよりも辛そうだ。到底耐えられそうにない。ああ恐ろしい」

「うふふっ、あらあら。アドラったら、お互い別に相手がいるというのに、まだグレイシアのお尻に敷かれているの?」

「ふ、ふふっ、し、仕方ありませんよ。マルグリット様。今のグレイシア様のお話は私でも怖かったので、尻に敷かれたとしても不可抗力です」

 茶目っ気たっぷりな口調と表情で脅し文句を口にするグレイシアに、アドラシオンがわざとらしく、自分で自分の身体を抱き締めながら返答するものだから、マルグリットのみならずニアージュまで釣られて笑ってしまった。



「……。ニア」

 軽やかな馬蹄の音と車輪の回る音を響かせながら、敷地の外へと去っていく馬車をしばし並んで見送っていると、アドラシオンが不意に声をかけてくる。

「なんですか?」

「その……君は聞いたんだろうか。7年前の事件の話を」

「……。ええ。聞かせて頂きました。知っておいた方がいいかと思いまして」

「そうか。……不快には思わなかったか?」

「そうですね。不快だったかと聞かれれば、間違いなく不快な話でした。9割方、旦那様が割を食うばかりの話でしたから」

「そ……そういうもの、だろうか。あの話で最も割を食ったのは、グレイシア……様、だと思うんだが」

「いいえ、違います。グレイシア様は割を食ってはおられません。被害に遭われただけです。被害を受けた挙句、割を食わされた人間はあなただけですよ、旦那様。第三者が言うのですから間違いありません。思い出すだけでムカムカします」

「ニア……」

「全く関わりのない昔の話に私が首を突っ込んだり、物申したりする資格なんてない事も、国主に対して不敬だという事も重々理解していますが、それでも陛下には文句しかありません。
 自分が楽をする為に、息子に色んなものを一方的におっかぶせて、汚名を雪ぐ機会すら与えず外に放り出すなんて。これがもし、私の師匠の縁者がやらかした事だったら、グーパンの1発や2発じゃ済ない所ですよ、もう!」

「……。ありがとう。俺の為に怒ってくれる事は嬉しく思う。だが俺はやはり、魅了魔法は表沙汰にしてはいけないものだと、俺自身が泥をかぶってでも隠しておくべき事だと、今でも思っているんだ」

「……そう思われる理由を伺ってもいいですか?」

「簡単な事だ。あの魔法は……魅了魔法は、少ない魔力でも非常に強い効力を得られる上に、会得がとても簡単なんだよ。
 それこそ、学園の成績順で下から数えた方がすこぶる早い、勉学が苦手極まりない平民の娘でも、魔法の基本的な原理と理屈をすぐに理解して、数度実践しただけで完璧に扱えてしまうくらいにな。君くらいに頭のいい女性なら、一度本文に目を通しただけで会得できてしまうだろうさ。
 正直なところ、2つ3つの幼子に、瓶の蓋を開けた毒薬を持たせるよりも危険な話だと、俺は確信している」

「…………。そんなに簡単なんですか。魅了魔法覚えて使うのって。確かに危ない話ですね……」

 真顔でそう断言するアドラシオンに、ニアージュもつい顔を引きつらせる。

「でも、やっぱりそれはそれ、これはこれだと思うので、陛下にムカムカするのは変わりません。もう本当にムカムカしてしょうがないので、そのうちタンスの角に足の小指をぶつけて悶絶してしまえ、とでも神様にお願いしておきます。ていうか、むしろ旦那様も一緒に、神様にお願いしませんか?」

「へ? お、俺もか? 父上がその、足の小指をぶつけるように?」

「はい。さっきも言いましたが、旦那様は陛下から酷い扱いをされたんですし、そういう、ちょっと意地の悪い事を考えるくらいしたって、バチは当たらないと思います。
 という訳で、早速レッツ祈祷! 神様~~、陛下が足の指をタンスの角にぶつけて悶絶しますように~~……!」

 言うなり本当に胸の前で両手を組み、物騒な祈りを捧げ始めるニアージュ。
 その姿が妙におかしくて、アドラシオンは思い切り噴き出した。

「ぶっ……! くくくっ……! ほ、本当に君は面白いな……はははっ!
 ――よし、折角だから俺も一度は祈っておくか! 父上が足の指をタンスの角にぶつけて悶絶しますように、とな……!」

 何だか突然興が乗ってきたアドラシオンも、ニアージュと一緒になって胸の前で両手を組み、ふざけ半分に祈り始める。
 勿論、こんなふざけた、不謹慎な祈りに効力があるとは思っていないが、それでもなんだか少しだけ、胸の中でこごっていた重いものが、軽くなったような気がした。

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