15 / 123
第1章
15話 共犯者達のちょっと不謹慎な祈り
しおりを挟む邸の外で吹き荒れている間、ずっと終わりが知れぬようにさえ思えていた嵐は、ニアージュが眠っている間に去り、アナによって起こされた時には、暖かな日差しが窓から差し込んできていた。
あんな激しい嵐の中、重苦しい話を聞いた後とは思えぬ爽やかな朝だ。
身支度を整え、階下にある食堂でアドラシオンやマルグリット、グレイシアと顔を合わせて朝の挨拶を交わし、米粉パンを使った朝食を済ませた後、4人で食後の紅茶を頂き、和やかな雰囲気の中会話を楽しむ。
昨日とは違う昔話――アドラシオンがまだ幼なかった頃の微笑ましいエピソードには、ニアージュも自然と頬が緩んだ。
話題にされている当の本人は、どことなく居心地悪そうな様子だったが。
しかし、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、マルグリットとグレイシアが王宮へ帰る時がやってきた。
邸のすぐ側に着けられた、馬車の前までアドラシオンと共に見送りに出れば、マルグリットもグレイシアも、名残惜しそうな様子を隠す事なくこちらを見てくる。
(まさか、王妃様と王太子妃様っていう2トップと、ここまで親しく話ができるなんて思わなかったな。顔を合わせる前、あんなに緊張してたのが嘘みたい)
ニアージュはしみじみそう思った。
「――ではね、アドラ。ニアージュ。こうして直接会って、話ができて楽しかったわ。また会いましょうね」
「ええ。本当に。名残は尽きないのですが……そろそろ帰らないと、こちらにアリーが押しかけてきてしまいそうだから」
「そうですか。アリーと……弟と仲良くやれているようで安心しました」
「そうですか? あなたの心配の種を1つ減らせたようで何よりですわ。ついでに申し上げておくなら、私とアリーは市井で言う所の、『ラブラブ』な関係ですの。
子を儲けられないのは残念ですけれど、そんな事で私達の愛は揺らぎませんし、目減りもしません。今後もあなたが憂うような事にはなりませんから、ずっと安心していて下さいな」
「そうですか。それはよかった。より安心しました。……今だから申し上げますが、私は当時あなたの事を、ビジネスパートナーや友人としてはよき存在だと思っていましたが、男女の愛を抱いていたかと問われると、言葉に詰まってしまいますので」
にっこりと笑うグレイシアにアドラシオンは苦笑し、少しだけばつの悪そうな顔で言う。
「あら、やっぱりそうでしたの? 奇遇ですわね。それ、私にもそっくりそのまま当て嵌まるお話ですわ」
「ああ、やはりあなたもそうでしたか。政略結婚の辛い所ですね」
「ええ本当に。……私達は、数年間の婚約期間で信頼関係を築く事はできても、愛を育む事は最後までできなかった。でも、きっとそれでよかったのでしょう」
「はい。あなたは私よりも、もっとよい夫を得る事ができたのですから。その事に関してだけは、本当によかったと思いますよ」
「ふふっ、ありがとうございます。けれど、それはあなたにも言える事ではなくて? 同じ政略ではあっても、あなたはこんなにも聡明で懐深い、お優しい女性とのご縁に恵まれたのですから。
いいこと? エフォール様。今後ニアージュを……私の新しいお友達を、決して無下に扱ったりなさらないように。もしそんな事をなさった日には、今度こそ私が手ずから地獄に叩き落して、死ぬより辛い罰を当てて差し上げてよ?」
「……。はい。心得ております。それに、あなたの手で地獄に叩き落とされるというのは、御免被りますよ。それこそ、針を山のように植えられた椅子に座るよりも辛そうだ。到底耐えられそうにない。ああ恐ろしい」
「うふふっ、あらあら。アドラったら、お互い別に相手がいるというのに、まだグレイシアのお尻に敷かれているの?」
「ふ、ふふっ、し、仕方ありませんよ。マルグリット様。今のグレイシア様のお話は私でも怖かったので、尻に敷かれたとしても不可抗力です」
茶目っ気たっぷりな口調と表情で脅し文句を口にするグレイシアに、アドラシオンがわざとらしく、自分で自分の身体を抱き締めながら返答するものだから、マルグリットのみならずニアージュまで釣られて笑ってしまった。
「……。ニア」
軽やかな馬蹄の音と車輪の回る音を響かせながら、敷地の外へと去っていく馬車をしばし並んで見送っていると、アドラシオンが不意に声をかけてくる。
「なんですか?」
「その……君は聞いたんだろうか。7年前の事件の話を」
「……。ええ。聞かせて頂きました。知っておいた方がいいかと思いまして」
「そうか。……不快には思わなかったか?」
「そうですね。不快だったかと聞かれれば、間違いなく不快な話でした。9割方、旦那様が割を食うばかりの話でしたから」
「そ……そういうもの、だろうか。あの話で最も割を食ったのは、グレイシア……様、だと思うんだが」
「いいえ、違います。グレイシア様は割を食ってはおられません。被害に遭われただけです。被害を受けた挙句、割を食わされた人間はあなただけですよ、旦那様。第三者が言うのですから間違いありません。思い出すだけでムカムカします」
「ニア……」
「全く関わりのない昔の話に私が首を突っ込んだり、物申したりする資格なんてない事も、国主に対して不敬だという事も重々理解していますが、それでも陛下には文句しかありません。
自分が楽をする為に、息子に色んなものを一方的におっかぶせて、汚名を雪ぐ機会すら与えず外に放り出すなんて。これがもし、私の師匠の縁者がやらかした事だったら、グーパンの1発や2発じゃ済ない所ですよ、もう!」
「……。ありがとう。俺の為に怒ってくれる事は嬉しく思う。だが俺はやはり、魅了魔法は表沙汰にしてはいけないものだと、俺自身が泥をかぶってでも隠しておくべき事だと、今でも思っているんだ」
「……そう思われる理由を伺ってもいいですか?」
「簡単な事だ。あの魔法は……魅了魔法は、少ない魔力でも非常に強い効力を得られる上に、会得がとても簡単なんだよ。
それこそ、学園の成績順で下から数えた方がすこぶる早い、勉学が苦手極まりない平民の娘でも、魔法の基本的な原理と理屈をすぐに理解して、数度実践しただけで完璧に扱えてしまうくらいにな。君くらいに頭のいい女性なら、一度本文に目を通しただけで会得できてしまうだろうさ。
正直なところ、2つ3つの幼子に、瓶の蓋を開けた毒薬を持たせるよりも危険な話だと、俺は確信している」
「…………。そんなに簡単なんですか。魅了魔法覚えて使うのって。確かに危ない話ですね……」
真顔でそう断言するアドラシオンに、ニアージュもつい顔を引きつらせる。
「でも、やっぱりそれはそれ、これはこれだと思うので、陛下にムカムカするのは変わりません。もう本当にムカムカしてしょうがないので、そのうちタンスの角に足の小指をぶつけて悶絶してしまえ、とでも神様にお願いしておきます。ていうか、むしろ旦那様も一緒に、神様にお願いしませんか?」
「へ? お、俺もか? 父上がその、足の小指をぶつけるように?」
「はい。さっきも言いましたが、旦那様は陛下から酷い扱いをされたんですし、そういう、ちょっと意地の悪い事を考えるくらいしたって、バチは当たらないと思います。
という訳で、早速レッツ祈祷! 神様~~、陛下が足の指をタンスの角にぶつけて悶絶しますように~~……!」
言うなり本当に胸の前で両手を組み、物騒な祈りを捧げ始めるニアージュ。
その姿が妙におかしくて、アドラシオンは思い切り噴き出した。
「ぶっ……! くくくっ……! ほ、本当に君は面白いな……はははっ!
――よし、折角だから俺も一度は祈っておくか! 父上が足の指をタンスの角にぶつけて悶絶しますように、とな……!」
何だか突然興が乗ってきたアドラシオンも、ニアージュと一緒になって胸の前で両手を組み、ふざけ半分に祈り始める。
勿論、こんなふざけた、不謹慎な祈りに効力があるとは思っていないが、それでもなんだか少しだけ、胸の中で凝っていた重いものが、軽くなったような気がした。
11
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~
イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?)
グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。
「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」
そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。
(これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!)
と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。
続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。
さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!?
「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」
※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`)
※小説家になろう、ノベルバにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる