4 / 20
04 宰相の場合
しおりを挟む
あの女は、一目見た時から怪しかった。
愚かな王子は、1人目の少女――アイリに会いに神殿に通う。
愚かな騎士は、1人目の少女――アイリに会いに神殿に通う。
召喚時に、泣き叫び醜態を晒した少女――ナオ。
今となって思うのだが、あれが普通の態度ではないのか。
今迄暮らしていた世界から突然、別の世界に連れて来られたのだ。
絶望し泣き崩れるのも想定内だろう。
そう考えると記述による歴代の花嫁たちは、冷静すぎると思えた。
どうして、あれ程冷静でいられすぐに別世界に順応するのだろうか。
ナオの処遇が決まり、それを伝える為に地下牢へ向かった。
アイリは、今頃、神殿で大切にもてはやされているだろう。
一方のナオは、底冷えする牢屋の中。
また己の不幸を嘆いているものと思い、憂鬱な気分で地下への階段を下る。
しかし、牢の中の彼女は泣いた様子もなく、あっけらかんとした顔で奇妙な動きをしていたのだ。
少々呆れてしまったのは、しょうがないと言える。
やはり、最初の見立て通りにアイリが“花嫁”なのか。
自分の勘も宛にならないと、かぶりを振るった。
「貴女は、城で下働きとして働いていただきます」
王子と騎士は直ぐにでも彼女を殺そうと考えていたが、もしもの場合がある。
それに、彼女は異世界人。
不安要素を外に放つよりも、手に届く範疇に居てもらった方がこちらも対処が取りやすい。
今後の事も考えて、彼女を我々の管理下に置く事にした。
粗末な下働き用の服を受け取ると宝物のように大事に抱きしめていたナオ。
その後、自分の事よりもアイリの事をしきりに心配していたのが印象的だった。
城に入ってくる“アイリへの評判”は、2種類あった。
1つは、賞賛の声。
1つは、誹謗の声。
賞賛の声は、誰もが判を押したように同じ言葉を並べた。
『もの覚えが良く仕来りも早々に覚え、もうこの世界に馴染なさったと。誰にでも優しく、辛い顔を見せずにいつも笑顔で――まるで、女神のようだ』
一方の、誹謗の声は酷く、聞くに耐えないものだった。
『美男を見かけたら声を掛け甘えた声で身体を押し付ける。誰にでも甘え媚びた笑顔を見せて――まるで、娼婦のようだ』
アイリに骨抜きになっている王子に迂闊な報告は出来ず、真相を確かめようと極秘裏に調査を行う。
調査途中で、ナオが神官に襲われる事件が起こった時など、目を疑った。
アイリは王子の胸に抱かれながらも、口元は笑っていたのだ。
その瞬間を見て、私は確信をした。
この女は、決して“花嫁”ではない。
ナオも“花嫁”という確証はないが、アイリよりは見た目が悪いだけで、いくらかマシに思えてきた。
記録とは正反対の少女――ナオ。
そのナオが姿を消した。
ナオの失踪は、アイリの手による者と疑ったが、アイリを見張らせておいた者によるとその可能性は極めて低いという。
早々と王子に報告したが、もはやナオの事など歯牙にも掛けない王子は「放っておけ」の一言で済ませた。
えもいわれぬ不安が体を襲う。
神殿の外で、王子に肩を寄せ媚びた笑みを浮かべるアイリが不気味に見えてならない。
1年が過ぎた。
王子はアイリを后に迎える準備を着々と進めていた。
神が降りるという10日前に王子は護衛の騎士も連れ、隣国へ視察に向かわれた。
試練の3日目の朝に、国にお戻りになられるという。
アイリが王子と会わない10日間。
それが勝負だった。
奇しくもナオが姿を消してから、アイリの周りが徐々に変化をしていったが、まだガードが固い。
しかし、今は王子と騎士の庇護が消えて皆、口が軽くなったのか次々に暴かれるアイリの悪行。
神聖な神殿で不埒な事をしているという噂を聞いた時には、眩暈がした。
少なくとも『花嫁は処女』というのが通説……アイリは“花嫁”ではなかったのだ。
直ちに、ナオの捜索にかかった。
念の為、娼館、奴隷商、国境は、ナオが姿を消したその日に張っていたので、心配はないだろう。
たかが、異世界の少女だ。
連れ戻すことなど、造作もないことだろう。
というのに、一向に知らせは届かない。
地下牢で会ったきり、彼女の顔を見ていない事を思い出す。
画家に描かせた尋ね絵も、召喚当時に見た顔形だった。
“髪は短くバサバサで瞳はギョロリとして口は大きく、肌が黒く焼けていて痩せた……男のような少女”
下働きで共に働いていた者たちに聞いても、顔をよく覚えていないという。
いつも、布で覆って見えなかった。ただ…ナオの姿を消した頃、偶然見えた彼女の手は、白く白魚の様だったようだと。
3日目の朝、城に戻って来た王子に全てを報告する。
王子は怒り狂い、直ちにアイリを殺そうと神殿へ向かおうとしたが、今はまだ時期ではないと抑えていただいた。
(どちらも花嫁でない場合。ナオが居なくなった今、予定通り王子にはアイリと婚姻を結んで頂かなければならない)
そして、緊張感が漂う中、天から一筋の光が落ちた。
神殿ではない。
城より遠く離れた森の中。
私は確信した。
あの光の下に、ナオが居る。
愚かな王子は、1人目の少女――アイリに会いに神殿に通う。
愚かな騎士は、1人目の少女――アイリに会いに神殿に通う。
召喚時に、泣き叫び醜態を晒した少女――ナオ。
今となって思うのだが、あれが普通の態度ではないのか。
今迄暮らしていた世界から突然、別の世界に連れて来られたのだ。
絶望し泣き崩れるのも想定内だろう。
そう考えると記述による歴代の花嫁たちは、冷静すぎると思えた。
どうして、あれ程冷静でいられすぐに別世界に順応するのだろうか。
ナオの処遇が決まり、それを伝える為に地下牢へ向かった。
アイリは、今頃、神殿で大切にもてはやされているだろう。
一方のナオは、底冷えする牢屋の中。
また己の不幸を嘆いているものと思い、憂鬱な気分で地下への階段を下る。
しかし、牢の中の彼女は泣いた様子もなく、あっけらかんとした顔で奇妙な動きをしていたのだ。
少々呆れてしまったのは、しょうがないと言える。
やはり、最初の見立て通りにアイリが“花嫁”なのか。
自分の勘も宛にならないと、かぶりを振るった。
「貴女は、城で下働きとして働いていただきます」
王子と騎士は直ぐにでも彼女を殺そうと考えていたが、もしもの場合がある。
それに、彼女は異世界人。
不安要素を外に放つよりも、手に届く範疇に居てもらった方がこちらも対処が取りやすい。
今後の事も考えて、彼女を我々の管理下に置く事にした。
粗末な下働き用の服を受け取ると宝物のように大事に抱きしめていたナオ。
その後、自分の事よりもアイリの事をしきりに心配していたのが印象的だった。
城に入ってくる“アイリへの評判”は、2種類あった。
1つは、賞賛の声。
1つは、誹謗の声。
賞賛の声は、誰もが判を押したように同じ言葉を並べた。
『もの覚えが良く仕来りも早々に覚え、もうこの世界に馴染なさったと。誰にでも優しく、辛い顔を見せずにいつも笑顔で――まるで、女神のようだ』
一方の、誹謗の声は酷く、聞くに耐えないものだった。
『美男を見かけたら声を掛け甘えた声で身体を押し付ける。誰にでも甘え媚びた笑顔を見せて――まるで、娼婦のようだ』
アイリに骨抜きになっている王子に迂闊な報告は出来ず、真相を確かめようと極秘裏に調査を行う。
調査途中で、ナオが神官に襲われる事件が起こった時など、目を疑った。
アイリは王子の胸に抱かれながらも、口元は笑っていたのだ。
その瞬間を見て、私は確信をした。
この女は、決して“花嫁”ではない。
ナオも“花嫁”という確証はないが、アイリよりは見た目が悪いだけで、いくらかマシに思えてきた。
記録とは正反対の少女――ナオ。
そのナオが姿を消した。
ナオの失踪は、アイリの手による者と疑ったが、アイリを見張らせておいた者によるとその可能性は極めて低いという。
早々と王子に報告したが、もはやナオの事など歯牙にも掛けない王子は「放っておけ」の一言で済ませた。
えもいわれぬ不安が体を襲う。
神殿の外で、王子に肩を寄せ媚びた笑みを浮かべるアイリが不気味に見えてならない。
1年が過ぎた。
王子はアイリを后に迎える準備を着々と進めていた。
神が降りるという10日前に王子は護衛の騎士も連れ、隣国へ視察に向かわれた。
試練の3日目の朝に、国にお戻りになられるという。
アイリが王子と会わない10日間。
それが勝負だった。
奇しくもナオが姿を消してから、アイリの周りが徐々に変化をしていったが、まだガードが固い。
しかし、今は王子と騎士の庇護が消えて皆、口が軽くなったのか次々に暴かれるアイリの悪行。
神聖な神殿で不埒な事をしているという噂を聞いた時には、眩暈がした。
少なくとも『花嫁は処女』というのが通説……アイリは“花嫁”ではなかったのだ。
直ちに、ナオの捜索にかかった。
念の為、娼館、奴隷商、国境は、ナオが姿を消したその日に張っていたので、心配はないだろう。
たかが、異世界の少女だ。
連れ戻すことなど、造作もないことだろう。
というのに、一向に知らせは届かない。
地下牢で会ったきり、彼女の顔を見ていない事を思い出す。
画家に描かせた尋ね絵も、召喚当時に見た顔形だった。
“髪は短くバサバサで瞳はギョロリとして口は大きく、肌が黒く焼けていて痩せた……男のような少女”
下働きで共に働いていた者たちに聞いても、顔をよく覚えていないという。
いつも、布で覆って見えなかった。ただ…ナオの姿を消した頃、偶然見えた彼女の手は、白く白魚の様だったようだと。
3日目の朝、城に戻って来た王子に全てを報告する。
王子は怒り狂い、直ちにアイリを殺そうと神殿へ向かおうとしたが、今はまだ時期ではないと抑えていただいた。
(どちらも花嫁でない場合。ナオが居なくなった今、予定通り王子にはアイリと婚姻を結んで頂かなければならない)
そして、緊張感が漂う中、天から一筋の光が落ちた。
神殿ではない。
城より遠く離れた森の中。
私は確信した。
あの光の下に、ナオが居る。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」
マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。
目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。
近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。
さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。
新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。
※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。
※R15の章には☆マークを入れてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる