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果桃しろくろ

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08.幼馴染と義弟はヤンデレとシスコンなので暗闘中です-05

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 ゆらりと立ち上がってレイの方へ顔を向ける姿は精巧に出来た人形のように狂気を孕んでいた。
 美しい身体の線が、スローモーションのように見える。
 月明かりで神秘的に映す血の色が、狂気の舞台へと演出する。
 レイの心臓は、いつにもなく早鐘を打つ。
 耳が心臓の音しか捉えない。震える身体と、冷たい汗。

(大丈夫。ボクは大丈夫)

 一息吸ってはいて。レイは冷静さを取り戻した。

「こんばんは。葛城先輩」

 まだ幼なさが残っている声と、ハニーブラウンの瞳は曖昧な弧を描いていた。

「ここの家の人、翠さんの義弟だって言ったら簡単に家にあげてくれました。お義姉さんは信頼されていますね」

 部屋に一歩はいったレイはドアは閉めずに、かすかな血と吐瀉物の匂いを感じて、瞳を細めた。

「帰ったんじゃなかったの?」
「途中で降ろしてもらいました」
「じゃあ、やっぱり殺されにきてくれたの?」
「……」

 瑛は誰が見ても魅了してしまうだろうという笑みを作り出し、レイの方へ身体を向ける。部屋の温度が下がった気がした。

「『別れよう』って、言われましたよね?」
「!!」

 音もなく瑛の右足がレイを狙う。レイは後ろに隠し持っていた大きなトレンチを前に出すが、そのトレンチが真ん中にクレーターをつくる。

 ガッ、ガシャンッ!!

 じ―んと痺れる手。持ち切れなくなったトレンチは、足元でガダガダと余韻を響かせていた。
「い、いってぇ―、マジかよ」と呟くがはやいか、瑛は第二弾の攻撃体制をとる。
「ちょっ、ま、待って下さい!! 義姉にそう言ってと頼んだのは、ボクでっ、あれは義姉の本意じゃありません!」
 レイは、必死になって内ポケットからスマホを取り出す。

「どういうこと? 答えによっては、腕をもらうよ?」

 ぞっとするような低い声。しかし、攻撃体制は崩れない。目の前の男の手から流れる血が、ポタポタと絨毯にシミを作る。月明かりで見える口元は笑っているようにも見えた。

(この人、本気だ)

 レイの通う中学校にまで、目の前にいる男の噂は耳にはいっていた。何でも完璧にやりこなし、その姿は絵に描くよりも綺麗で一目見ただけで誰もが心酔し溺れる。それなのに、幼馴染に偏執的に執着していると。レイには関係のない話だった。昨日、母から義姉の写真を見せてもらうまでは。

 ――昔、レイはこの二人に出会っていた。

(お義姉さんの言ったとおり、トレンチを用意していて良かった)

 足元に転がる凹んだトレンチを見て思う。実はズボンのポケットには翠に無理やり持たされた“スタンガン”もあったが、使いたくなかった。使ってしまうと、今回の“交渉”が無駄になるからだ。しかし、この状況では使いたくなくても使わざるを得ない状況に恐怖する。
 レイは震える手で、スマホの『再生』ボタンを押した。
 この殺気立った空気の中、拍子抜けの明るい翠の声が響いた。

『やっほ―! あーきーらー。さっきの「別れよう」っていうのは嘘だよー。傷つけてごめんね。どう取り繕っても、瑛はレイに嫉妬して殺意を抱いちゃうでしょ? だから、手っ取り早くレイに対する殺意の値を最大にする為にあんな事いっちゃったの。本当にごめんね。後!! 瑛の為にもレイを傷つけないでね。お願い。あーもう一つ! レイに変態菌をうつさ……プツ、ジジジジジジ』

「……あーちゃん」
「……(変態菌?)」
「……ちょっと」
「は! はい!!」
「そのデーター、頂戴。それから、お前のスマホから消去するから。お前のスマホにあーちゃんの可愛い“お願い”が入っているなんて許されない」
「はい!!(え? そこ?)」

 瑛は攻撃の体制をやめて、レイからスマホを奪い取り、はぁと息を出してベッドの淵に座り込んだ。レイのスマホをいじりながら、その瞳の中の殺意の闇は消えていない。

「で、“殺意の最大値”をわざわざ上げるのって君の作戦でしょ? 殺されるとは思わなかったの?」

 先程よりは、マシになったが、まだ冷たい声で問われる。ドドドと心臓の音を落ち着かせたい。

「正直、ここまで怖いとは思わなかったですが」と、前置きをして、汗を袖で拭いながら瑛から一歩離れて言葉を選ぶ。

「きっと今のうちに、葛城先輩と話をしておかないと、ずっと命の危険を感じて過ごさないといけないような気がしまして……こうなったら作為的に殺意を最大値まで上げて素の葛城先輩と話し合いたいと」
「別に殺意を上げないで、普通に話せば良かったんじゃない?」
「それじゃあ、のらりくらりと交わされて、ある日、葛城先輩のお友達にグサリ。とかいうのは嫌ですから。葛城先輩の本音と対峙したかったんです」
「ふーん」
「すいませんでした」

 90度の姿勢で頭を下げるレイ。
 レイから奪い取ったスマホで、翠の声を何度も再生させて、瑛の心は落ちついていた。今(・)は(・)、レイを殺さなくてもいいと思うほど。レイは、瑛の様子を伺いながらも、ひと呼吸をおいて話しだした。

「お義姉さんって、モテますよね」
「僕のあーちゃんは、魅力的だからね。中身のない僕よりも、本質が違うからね」

 瑛は本当に嫌そうに、綺麗な顔を歪める。

「今日、ボクのいる時なんですが、家の方にデートのお誘いみたいな電話がかかっていましたよ」
「!?」

 思わず瑛はレイの顔をみる。レイに見せる初めての表情だった。翠のスマホなどには、着信履歴やメール履歴などを随時、瑛の方にもわかるように細工してある。しかし、家の電話となるとそうもいかない。スマホを持っていない小学生の時に細工をしてみたら、次の日にはもうばれて孝太郎に脅された。
『こんな、卑怯な事をするんだったら、二度と翠にあわせないぞ』と。

「聞いてないな……誰かわかる?」
「いえ。義姉は速攻に電話を切っていましたし。余計な心配かけたくなかったからじゃないですか?」

 多分、対応が面倒だからが九分九厘の理由なんだろうけどと頭の片隅で考えながらもレイは言葉を重ねる。ここで瑛の興味を惹きつけるために。

「だから、スマホの“アプリ”だけでの監視だけでは、対応しきれませんよ?」
「……気付いたんだ。って事は? アプリ見られる距離まで、あーちゃんに近付いたんだ? どうなの?」

 眉を歪め瞳の奥がひかる。

「違います! 遠目でチラリと見えただけですっ!」

(本当に怖い。どこに地雷があるかわからない)

 レイは、頑張ってプレゼンを続行する。目の前の男の興味を惹かせる内容で。

「でね、ボクの母なんですが、すごく義姉の事を気に入ったみたいなんです。きっと、お義姉さん……高校卒業しても、大学行っても、就職しても、一人暮らしをさせてもらえないんじゃないかなぁ」
「……」
「でも、ボクは母の扱いは慣れているので、葛城先輩がどうしてもっていうなら高校卒業と共に同棲が出来るように協力ができますよ?」
「ふぅん」
「まさか、ボクを義姉から引き離せても……あの義父に愛されている母を義姉から引き離せませんよね?」
 レイは、更に畳み掛ける。
「そして……」
「まだあるの?」
「はい」

 無邪気な笑みと共に、瑛が持っているレイのスマホの画像画面を開いてもらった。

「……これは」
「義父が母に見せた義姉の赤ちゃんの頃の写真です」
「!?」

 瑛の手元には、もちろん翠の写真のデーターは出会った保育園時代からあった。それは膨大な数のコレクションは何台ものハードディスクに保存中である。
 しかしそれ以前のデーターはなかったのだ。何度か、それとなく、しびれを切らせて直球に。もらえるようにお願いしたのだが、翠はなかなか首を縦に振らなかった。翠の故人である実母の件もあり、瑛もなかなか強く言えなかったのだ。(その辺のデリカシーは多少ある)

「義姉に黙って、義父は沢山持っているみたいです。母が見たいというと簡単にみせてくれました。その母も、ボクには簡単に見せてくれますよ? わかりますか?」
「……データーは貰うよ」

 有無も言わさず瑛はパソコンにスマホを繋げて、データーを落としていく。もちろんレイのスマホからは画像データーも先ほどの翠の声データーも消去済みだ。
 レイはその様子を見ながら手の平に滲んだ汗をズボンで拭う。瑛はレイにスマホを返し「で?」と続きを促す。

「ボクを認めて下さい!」

 さっきよりも、もっと深い角度で頭を下げる。
 レイの血が頭に下がり、クラクラとさせる程の時間がたってから、瑛がゆっくり切り出した。

「……メリットは?」
「一緒に住んでいる分、葛城先輩が、守り切れない所をフォロー出来ますし、何よりも家族(・・)が味方につくと、今後の義姉との人生がやりやすくなります! ……例えば、葛城先輩の隙をついて来た男を排除できますし、ボクや両親が家に居ない時間を葛城先輩にお知らせ出来ますよ?」

 フラフラする頭をあげて、瑛を見上げる。

「うーん。それは、魅力的だね」

 孝太郎が目を光らせているので、なかなか二人きりにはなれない。しかも、これから家族が増えるのだから、ますます二人の時間を作るのは難しいだろう。(翠は瑛の部屋には、『猛獣の巣に入れられたら、食われる!』と、遊びに来てくれない。前回の便箋事件で、手を出しかけたから警戒度数が最大値を振り切っていた)

「それに……これだけは言えます! ボクは、義姉に手を出しません!」
「……もしかして、そっち系?」
「違います!!」
「ふーん。ねぇ、絶対って言いきれる? あんなに魅力的な女の子なんだよ?」
「葛城先輩にとっては、女の子かもしれないですけど、ボクにとって義姉は、神さまですから」
「?」

 レイの思いも寄らない回答に、驚きを隠せない。

「だって、神さまに欲情しないでしょ?」

 レイは軽妙な動作で肩を竦めた。

「ふふふふ」

 その様子に瑛は笑う。

「面白いね。……わかったよ、レイくん。僕と一緒にあーちゃんを守ろうね。まずは友達になろう」

 瑛は、ほんの少し親しみがこもった笑顔を向けて、こちらに手を差し伸べた。

「はい」

 レイも手を差し出し握る。

(どういう友達なんだか。でもまぁ成功かな?)

 ふう、と気を抜いた瞬間、瑛は戯けた口調で。しかし、レイにとってのナイフ(ことば)を振り下ろした。

「あ、そうだ。レイくん。あの時の駄犬はちゃんと、飼い主が見つかったよ。今も生きているんじゃないかな」

 よかったね。と言いながら、レイの瞳の奥を面白そうに覗き込む。魚眼レンズに映しこまれたような歪み。グラりとした不安定さに足に力をいれた。

「……っ」

 レイはそれには触れず「おやすみなさい」と言って、瑛に背を向けた。
 早足になりそうになるのを抑える。早く安心できる場所に籠って息をしたい。落ち着いていたはずの心臓の鼓動がまた荒れだすから、手で押さえたかった。でも、できない。したくない。プライドを守るために、余裕がある振りをして部屋を出る。

 背後で瑛が薄い笑みを浮かべてレイの背中を見ている。
 そんな事――安易に想像できた。
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