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第一章

6-5.暴走 ♥

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 問われ、弛緩し、考える。飽和した脳に捻じ込まれた疑問など無視すればいいのに、芽吹く違和感がクラロを絡め取る。
 そう、確かに。だが、生まれてすぐということは、それまで管理をしていたということだ。
 下級生物に刷り込みがあるかはともかく、親と認識したなら、ある程度は……?

「確かに卵から孵したけど、僕は受け取っただけ。そもそも、この子たちにあるのは食に対する本能だ。主人だとか親だとかを認識できるだけの知性はないよ」
「……なにが、いいたい」
「この子の核に仕込んだのは、絶頂魔法だけじゃないってことだよ」

 もう敬意を払う余裕はなく、無礼な物言いに男に笑みが戻る。
 愉しいと、可愛いと、そう隠すつもりもない、男の本性が。

「服従の魔術……本能で従わせている状態って言えば分かるかな。だから、餌を前にしてもこの程度で済んでいたんだけど、思ってたより根が深いようだから」
「な、にを、」

 再び、指先が核に触れる。クラロに押しつけるのではなく、ただ触れているだけ。否、その先を予測できるからこそ、問いかける声が強張る。
 見下ろす赤。哀れむ手が、クラロの頭を撫でる。汗ばみ、張り付いた前髪を払いのけ、慈しむように。

「色々考えちゃうから、余計に辛くなるんだ。だったら、考えられないぐらい気持ちよくなって、頭の中を空っぽにした方がいい」

 そうだろうと、問いかける男の顔が僅かに明るくなる。それは腹部から発せられる光のせいだと気付いて、それでもクラロに何ができたのだろう。

「一応聞いておくね。鍵、どこにある?」

 今なら止められると脅されても、それが本当に行われると分かっていても。それでも、クラロには何が許されていたのか。
 死ぬことも許されず、無意味に耐え続ける以外に、どうして。

「……うん、大丈夫」

 脈略のない会話。安心させるための単語はその意味を成さず。光が一層、強くなる。

「じゃあ、また後でね」

 男の声が聞こえたのは。クラロが認識できたのは、そこまでだった。
 まるで地響きのようだと、そう考える余裕もなかっただろう。
 揺さぶられたと認識した途端に、全てが白に染まってしまった。
 首が仰け反り、枕に後頭部を打ちつける。痛みではなく全身を襲う快楽によって視界が弾け、戻らず、登り詰めたまま降りてこられない。
 指先も、腕も、首も、胸も、背中も、足も。感知できるところ全てが、無数の舌に嬲られているかのようだ。
 にゅぐにゅぐと咀嚼し、味わうように波打つ。
 その動きは、これまでクラロが与えられていた愛撫がいかに生易しいものであったか突きつけるには十分過ぎた。

「っ――ぁ、ぐ……んんうぅう――っ……!」 

 数秒、数十秒。イってない時間は、その間に一秒とあっただろうか。
 与えられたとすれば、それは本能からの救済。うなじからの痛みも、甲高い耳鳴りも、波に溺れるクラロには気付けないまま。
 僅かな猶予の間で吸ったのか、吐いたのか。否、それはどれだけ口を開こうとも与えられないままだった。
 首を舐め、顎をさすり、そうして誘う穴へと飛び込んだ軟体があっという間に喉の奥まで埋め尽くし、呼吸さえも貪り始めたからだ。
 じゅう、と焼かれる音が聞こえたのは幻聴ではない。痛いほどに熱く、全ての神経が溶かされ、剥き出しにされてしまったかのよう。
 たとえ経験していようと、二度目で耐えられる理由にはならない。
 舌は引き摺り出され、見えない舌に弄ばれる。
 吸われ、突かれ、舐められ、その度にビクビクと跳ねる肉から少しでも唾液を摂取しようと、動きはより激しく、強く、抗い難いものへ。
 再び視界が白に染まり、押し上げられる。溺れたまま、登り詰めたまま、掻き混ぜられて、沈められていく。
 
 たとえ塞がれていなかったとしても、意味のある言葉を発することはできなかっただろう。
 唯一の供給器官と成り果てた口内は、クラロの未来を示唆するようだ。
 吸われ、扱かれ、抉られる。それは本来、捻じ入ろうとしている貞操帯の中で行われるはずだったこと。
 叩かれようとも、隙間から押しつけられようともクラロを守る唯一の壁。逆に言えば、無事でいるのはそこだけ。
 スライムに知性はない。故に獲物の性別の区別は付かず、それでも性感帯ということは認識しているのだろう。
 乳首は、ぢゅう、と千切れんばかりに吸い上げられたまま。無数の柔らかな歯で扱かれ、叩かれ、引っかかれて。波打つ内部の振動が、その動き全てに付随している。
 どれだけ懸命に刺激しようと、溢れるのは母乳ではなく快楽であり、弾けるのはクラロの目の前だけだ。
 押し寄せ、沈めにかかる快楽の中、僅かな痛みだけがクラロを引き上げようとする。うなじの痛み、甲高い耳鳴り。
 強制的に正気も感度も戻され、そうしてすぐに溺れてしまう。酸素を求めて吸っても、それは口内の異物に奉仕するだけで終わる。

 弾けて、沈んで、また浮かび上がって、より深く、強く、沈まされる。
 正気に戻る感覚が短くなって、繰り返すごとに深みに嵌まっていく。抜け出せない。どこまでもどこまでも沈んで、戻れない。
 それすらも理解できなければ、苦しいとさえも思わなかったのかもしれない。
 それを、クラロをクラロたらしめるものが遮らなければ。それを手放すことを、許されたのであれば。
 きっと、乳首ではなく。しかし、明確にどことも言えぬ――性感帯ではない場所での軽い絶頂に、恐怖を抱くことだってなかっただろうに。
 襲いかかったのは寒気か、余韻か。限界を迎えながらも止まぬ愛撫によって与えられる快楽なのか。
 正気に戻された一瞬だけ浮かんだ疑問は、それまでと違う波によって、全てが攫われた。
 身体が硬直し、痙攣する。もうこの数分だけで何度迎えたか。そもそも、本当に数分かさえ定かでなくとも、それは全く違うものだった。
 本能しかない生物に、加虐性は存在しない。
 だから、それが触れたのは無意識。ほんの一瞬。何かの弾み。されど、起こるべき偶然。
 服従は解除しても、強制絶頂の魔術は組み込まれたまま。核が触れた下腹部から広がる波。
 それまで感じていた甘く軽いものとは圧倒的に違う。否、むしろこちらこそクラロがよく知っていたものだ。
 思考の余地もなく、一色に染め上げられる脳内。溢れる余韻を塗り潰さんとする、終わりのないオーガニズム。
 一度目は胸。二度目は、数秒の制限付きで同じ場所へ。そして……三度目の今、その制限は、ない。
 スライムに知性はない。だが、欲求に伴い学習はする。絶頂刺せればより体液を摂取できるという、単純明快な仕組み。
 気付いてしまったなら、それはもう必然であったのだ。

「――! っ……――――っ、――――っ!」

 空気の爆ぜる音が耳鳴りに掻き消される。目の前が散り、痛みが快楽にもみ消されて、クラロが分かったのはそこまで。
 本来なら弱点であるはずの核は、下腹部に埋まらん勢いで押しつけられている。
 その内へ、まだ触れられてもいない前立腺へと刻みつけるように。
 知るはずのなかった、知らないはずの絶頂。内側から叩き起こされる、未知の快楽。
 性器で迎える感覚の何倍、何十倍もの衝動がクラロを咀嚼し、飲み込み、包み込む。跳ねることさえできぬ指先の、その爪の間まで貪り喰らうように。
 揺さぶられ、叩きつけられ、引きあげられて、沈む。目の前の閃光は正気に戻らされている合図なのか、脳が焼き切れたものなのか。
 長い時間をかけ、調教し。そうしてようやく得られるはずのオーガズム。射精ではない、前立腺により与えられる、女性しか味わえないはずの快楽。
 恐怖も、戸惑いも、何もかもが弾けて消えていく。悲鳴は聞こえず、耳鳴りさえも遠ざかって、近づいて、明滅する視界に混ざる色。
 それが赤であると認識できたのは、意識を手放すまでの一瞬。
 ……そして、あまりに強い絶頂は、クラロに気絶することすら許すことはなかった。
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