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第一章

6-4.仕込み ♥

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 光が散る。まるで星が爆発したように強く、煌めく白。
 夜空の中の光景であれば、その美しさに目を見張っただろう。だが、それはクラロの中にだけ。
 チカチカと点滅する中、見える景色は何も変わっていない。
 古い天井。見慣れた室内。ただ、その色が明るくなっていることに、太陽の位置が変わったことを推測し……数時間は経ったのかと、呆けた頭で考える。
 もう何度、これを繰り返したかクラロには数えられない。
 甲高い耳鳴り。うなじの痛み。絶頂と共に揺さぶられる意識と、許容を超えた毒に対する防衛機能。
 まるで、熱された鉄が急激に冷やされるように。登り詰めては落とされて、また緩やかに登り詰めていく。
 皮膚から染みこむ毒は間違いなくクラロを蝕み続けているのに、無理矢理正常に戻される。
 食事会の時は、飲まされた媚薬の濃度が高かったから先に回復できたが、本当に……今回は、ちょうど・・・・よかったらしい。
 クラロの意思では発動できれば対処もできただろう。だが、あくまでもこれは応急処置であり、常用できるものではない。
 戦いの中で、最後まで力を振り絞るための奥の手。その身が邪な者に堕とされないための対抗策。
 だが、既にその手に捉えられた今。その力すらクラロを追い詰める一つと成り果てていた。
 快楽の余韻で意識が微睡む。まるで夢のようだ。いや、いっそ悪夢ならよかった。
 これも質の悪い夢だったのだと。そう笑って、いつもの日常を続けることができれば……否、結局は変わらなかっただろう。
 いつかはこうなった。それが、今であったというだけ。
 分かっていたはず。納得していたはず。単に、自害すら封じられて絶望しているだけ。
 クラロに許されるのは……ただ、この戯れに、耐えきることだけ。

 紙を捲る音に意識を向けられる。クラロを観察していた赤は今、手元の本に落とされたまま。
 ページの厚みは最後に見た時から大して変わらず、前に絶頂してから時間が経っていないことを知る。
 ……絶頂の間隔が短くなっていることに湧いた恐怖は、胸元ごとスライムに撫でられ、再び息が乱れだす。
 軽く吸われたまま揉まれる胸の尖り。普段であれば我慢できるほど弱々しい愛撫は、着実にクラロの心身を蝕んでいる。
 身体の状態がリセットされ、今はまだ耐えられる程度に戻ったが……スライムに包まれている以上、その中に含まれる媚毒からも逃げられはしない。
 以前にクラロが口走ってしまった、一番弱い触り方に合わせて全身を撫でられ、跳ねた爪先までも吸われて、くすぐったさより痺れが勝る。
 なにより、貞操帯より上。臍の下。付近で浮かぶ核が触れる度に与えられる、微弱な魔術。
 抗えないそれは、前に不意打ちで刻み込まれたもの。
 あの時に比べれば確かに弱々しく、されど無視できない。
 それは、まるでじっくりと煮詰めるように。クラロの身体が熟すのを待つように。
 実際、男に焦る必要はない。もう獲物は、目の前にいるのだから。
 逃げられず、ただその時を待つだけの哀れな人間は、ここに。

「……なにを、したって、外れませんよ」

 言っても無駄だと理解しても、止められなかったそれは紙を捲る音よりも小さいもの。
 息も絶え絶えで、意識していなければ聞き取れなかっただろうそれも、男の耳には届いてしまう。

「うん、知ってるよ。だから、今回は古典的な方法を使おうと思って」

 クラロが理解していることを、男も理解している。その上でとぼけるのは、この会話すらも遊びの一環だからだ。
 眺める紙面、その端から見えている付箋はあまりに多く、クラロもどの位置に挟んだかなんて一々覚えていない。
 愛読書と言うには堅苦しく、されど彼にとっては必需品。赤が追っている文字は、そこに書かれている薬草の効能ではなく、これまでクラロが書き留めてきた無数のメモ。
 対抗薬を作るまでに費やした時間と努力。これまで抗い続けてきた、何よりの証拠。
 それを見せつけるように読んでいるのだって、クラロを追い詰めるための一つでしかない。

「前のように、催眠でもかければ……っ、いいでしょう」
「そっちの方が簡単だけど、それじゃあ意味がないからね」

 丁寧に閉じられた表紙は、劣化し古びたもの。改めて向けられた赤は、先ほどと変化はない。
 変わらぬ笑み。変わらぬ光。変わっていくのは、自分だけ。

「取れれば、何でもいいのでしょう」
「結果だけを見ればね。でも、今回はその過程が大事なんだ。ただ剥がすだけでいいなら、こんなに手の込んだことなんてしないよ」

 見え透いた嘘だ。彼らは、楽しめるのであれば手間は惜しまない。
 だからこそ、保護する必要のない人間を守り、必要のない規則も作り上げた。できるだけ長く楽しめるように、制限を設けて飽きることのないように。
 自分たちの性質を理解しているからこそ、その趣向はより悪質なものへと変わっていった。今、クラロを襲わせているスライムだって、その片手間でしかない。

「うーん、そうだな……確かにこれは遊びのつもりだけど、それはクラロがそう望んでいるから付き合っているだけで、僕の目的は別にあるんだ」
「俺が、望んで……っ、いると?」
「君は僕らに気付かれたくなくてとぼけて、僕はそれを知って付き合ってあげた。今だって、君に無理強いはしていないだろう? 時間さえかければ、アモルだってそれを外せただろうし……僕も手段がないわけじゃない」

 付き合ってあげているじゃないかと、同意を求められても返答はできず。何であろうと目的はクラロを犯すことに違いないのだと、否定すらも諦める。
 口を閉ざせば、吸われ続けている乳首に再び意識が向く。
 穏やかな愛撫。耐えられるはずの弱い快楽が、先ほどよりも強く感じている。
 繰り返される拷問。決着などつかない茶番。

「やっぱり回復したては元気だね。でも、そろそろ辛いんじゃないかな」
「あ……! っ……ん、ぅ……」

 伸ばされた手がスライムを撫で、指先が沈む。抵抗もなければ痛みもないのだろう。だが、明らかな刺激に蠢く内部は、そのままクラロへの愛撫に繋がる。
 大きな弛みは、小さな振動へ。吸い付き、密着した皮膚に余すことなく伝わる微弱な震え。
 マッサージにすらならないほど弱々しいはずなのに、何倍もの波がクラロの中で押し寄せる。
 衝突し、反響し、やり過ごそうと息を吐いても、掻き混ぜる指はクラロが逃げることを許さない。
 触れていない。見ているだけ。……それでも、着実に。男はクラロを追い詰める。
 少しずつ。煮詰めるように、削るように。その時が来るのを、待っている。

「君のその体質は厄介だけど、それだって対策がないわけじゃない」

 指先から、手首。さらには、肘の手前まで。躊躇なく沈む腕が辿り着いたのは、スライムにとって心臓とも言える核の元。
 心臓とはいえ、自由に移動できる手の平大の器官は、上から導かれるようにして沈む。程なくして触れたのは地面ではなく、時折掠めていたクラロの腹部。
 途端、下腹部が収縮し、尻の奥が痙攣する。包まれていなければ、四肢は無様に跳ねていただろう。
 味わったことのないはずの、内側からの絶頂。十で評価するなら間違いなく一と言えるのに、強制的な導きに抗うことができない。
 押しつけられ、触れ続ける限り襲いかかる衝動。倦怠感と、幸福感と、緩やかに続く絶頂。
 重なり、押し潰され、呻き、喘ぐ。核がようやく離されたって、過敏になった乳首の刺激に追い立てられるだけ。
 考えていた全ての思考が光に溶けて、視界が滲むのは汗か、感情か。それとも、単なる余韻でしかなかったのか。

「発動条件は身体、または精神の危機に瀕した時だ。それだけ強い異常状態から無理矢理回復するのに、体力も気力も大きく削られている。短期戦ならともかく、そう何度も発動できるものじゃない」

 利点と、弱点。どちらも把握され、睨む気力さえもなく。
 再び核に伸ばされる指を、眺めることだってない。

「それに、回復するっていったってそれまでの間も苦痛は受け続けているわけだし。……あぁ、クラロの場合は感じ続けているから、そこは言葉の綾かな」

 突かれ、触れて、また離れて。一瞬の絶頂さえも、クラロの体力を奪っていく。
 射精もしていない。ただ、脳に与えられた錯覚。理解しているのに抗えない。止められない。でも、受け入れることなんて、それこそできない。
 自害も封じられ、見え透いた結末をただ先延ばしにしているだけだ。そんな無様な姿を、赤はずっとずっと眺め続けている。
 なんて、不毛な。

「ねぇ、クラロ。僕はただ、君を助けてあげたいんだ」
「……は、ぁ?」

 その一瞬だけ、与えられていた快楽を忘れ去った。
 呆けていたって、打ちひしがれていたって、聞き逃すことのできない言葉。
 助ける? ……誰が、誰を? それこそ馬鹿馬鹿しい!

「洗脳して、廃人にでもするつもりで? そうすればお望み通り、好きなだけ犯せる」

 救うというのなら、死ぬのを止めなければよかったのだ。この行為がクラロのためだなんて、冗談にも程がある。
 全てはクラロを喰らうためだ。その抵抗も、恐怖も、味わい愉しんだ後に、クラロの全てを喰らい尽くすための。
 それに救いなどない。あるはずがない。だから今日まで抗っていた。意味がないとわかって、逃げられないと理解して、それでもそうしなければならなかったから。
 これが救いなどと、どの口が!
 怒鳴らずとも、水色の眼光がその怒りを何よりも物語っている。動じないと思っていた男の顔は、微笑みから苦笑へ。困ったように笑い、肩をすくめる。

「だから、それじゃ意味がないんだ。と言っても、今の君に信じてもらえないのは分かってる。だから、こうして遊びに付き合ってるんじゃないか」

 小さな息は呆れか、哀れみか。どう足掻いてもクラロに理由を置きたい男に、再び舌を噛みたい衝動が込み上げる。
 もう一度。今度こそ。自分が自分でなくなるぐらいなら、いっそ、

「ところで、大人しい子だとは思わなかった?」
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