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第一章

5-3.悪い子 ♥

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「早く受け取ってくれないと、仕事ができないだろう?」
「す、みま、せ……っ……せめ、て、片手だけ、でもっ……!」

 利き腕さえ解放してくれれば、それで仕事ができるのに。背もたれに括り付けられた右手は藻掻くばかりで、縄の端にさえもかからない。
 どうしてこんなことになっているのかと、現状に陥った原因を思い出そうとしたクラロを邪魔する要素はあまりに多く。そして、それはまた一つ増える。

「まだそんなことを言うなんて。これはお仕置きが必要かな」

 大きな溜め息までもが耳を擽り、羽とは違う生温かな感触に漏らした悲鳴は喉の奥。突っ込まれた指ごと押し込まれ、もはや身体のどこが跳ね、どれで反応したも判別できず。
 電撃にも似た刺激の中、よぎった光景はここではなく。見慣れた持ち場の一つ、外に設けられた干し場の一角。
 既視感が水音に押し流され、それは自分の内から聞こえたのか、耳を犯す舌から与えられたのか。
 チカチカと点滅する視界でなくとも、クラロには分からなかっただろう。

「ぇう、ぁ! あう、ぅ……ふ……!」

 声を抑えようとしても、口は二本の指を咥えて閉じられず。噛まぬようにと懸命に顎を開いているのに、逆に指先でまさぐられて、耳とは違う痺れに困惑する。
 その間も狭い穴を押し広げんと尖らせた舌先がにゅぐにゅぐと蠢き、嬲り、貪るせいで背筋の震えがおさまらない。
 その間も羽は反対の耳を擽り続け、異なる快楽に翻弄されるばかり。
 少しでも顔を逸らすことができれば逃げられたのに、顎を捕らえられたままでは微塵も動かせず。それどころか、甘い痺れは首にも胸にも増えて、肌の粟立つ感触の中に疑問が浮かんで、有耶無耶になっていく。
 熱で潤み始めた瞳がもう少し正気であったなら、一本だけだった羽が十数枚に増え、それが魔術で動かされていることにも気付いただろうに。

「な、っんれぇ……っはぁ、あ、ふぅう……っ……!」

 考えられず、素直に口にした問いに与えられるのは、全身に与えられるくすぐったさに酷似した感覚。笑うまでは至らず、されど気にせずにはいられない。
 弱く、もどかしく、そして甘い。脇の下や足の裏ではなく、されど確実に弱い場所。
 首も、鎖骨も、脇腹も、足も。唯一逃れられているのは下着に隠されている箇所だけ。
 そうでなければ、今頃は押さえ込まれている肉棒は目も当てられぬ惨状になっていただろう。実際、無防備な乳首は容赦なく弾かれ、されど柔らかすぎる故に痛みはなく。ただ、優しく甘い痺れに犯されてばかり。
 既視感が強くなる。知らないはず。だけど、知っている。……覚えて、いる?
 だが、僅かに芽生えた芽は、羽のひと擽りで払われるほどに小さなもの。二つくすぐれば、そう考えていたことすら、もうクラロの記憶にもない。

「うん、大丈夫そうだね。……そっちは?」

 息を吹きかけられ、口付けられ、喘いだ端から唾液が零れるのを止めることもできず。最後に軽く甘噛みされ、問われたのはクラロではなくその足元。
 視界には入らずとも、股間――正しくは、貞操帯の鍵を弄っている誰かに向けて。

「まだ取りかかったばっかりッスよ。もう少し待ってくださいッス」
「君でも難しそう?」
「悔しいッスけど、自作とは思えないほどよくできてるッス。久々に歯ごたえのある玩具ッスね」

 聞き覚えのある口調、聞き覚えのある声。脳裏を掠める天井と銀の光は、本当にクラロの気のせいなのか。
 それも、口腔を弄る指が向きを変え、上顎を撫でられるまでの疑問。耐えられるギリギリのラインを越えられ、反射的に吸い付いたのは少しでも感覚を誤魔化そうとしたから。
 吸い付いた指がちゅ、と音を立てて引き抜かれる。唇と指先が銀色の糸で繋がり、途切れるところは顔を掴まれて見えることはなく。

「いたずらなんて、ますます悪い子だ」
「んぐ、ぁ、んんんぅ……!」

 弁明は男の口に食われ、甘味が舌先を吸い上げる。奥歯を早く噛まなければと焦って、どうしてそうしなければならなかったのかと、困惑が勝る。
 そうしている間も跳ねる舌を嬲られ、上顎をくすぐられて堪らず吸い付いた肉から甘味が広がる。味わってはいけないと理解しているのに、その理由を、思い出せない。
 駄目なのに。駄目なはずなのに、込み上げる熱が思考を溶かして何も考えられない。それも、男の指が乳首に触れれば余計に。
 跳ねた背は押しつけようとしたのか、それとも逃げようとしたのか。どちらも叶わず、乳輪をくるりと回る指はあまりにも滑らか。
 それが自身の唾液に濡れているせいだと自覚したとて、クラロの羞恥を煽るだけでしかない。
 受け止めきれない熱が腰に流れ、悪寒に似た震えに寄せた膝が何かに遮られる。何一つ動けず、身じろぎも、声も出せない。

「こら、邪魔しない。今日は本当に悪い子だね」
「っは、ぁ、もっ……しわけ、ありまっぁ、あ、あぅ」

 爪先で乳首を弾かれ、謝罪さえもまともに紡げず。そのままカリカリと掻かれ続け、漏れるのは断続的な悲鳴ばかり。

「乳首、そんなに気持ちいいの?」
「っは、あぅ、あ……っぁ、あ、は……き、もち、ぃっ……?」

 問われた内容を繰り返しただけだが、それは意図せず答えになった。
 気持ちいいか、なんてわからない。ビクビクして、ゾクゾクして、落ち着かなくて、駄目なのに、止められない。
 唾液のせいで引っ掛かることなく弾かれ続ける乳首も、全身を弄る羽毛も、再び耳元で囁かれ、産毛をくすぐる吐息も。与える全てが、クラロから思考を奪うもの。
 それでも引き戻そうとする疑問は、一体クラロに何を思い出させようとしているのだろうか。

「気持ちいいんだ。困ったな、これじゃあお仕置きにならないや」

 ふふ、と笑う低音に一際大きく鳴き、その反応で余計に笑われて、悪循環。
 引っ掻くばかりだった胸が、指の数が変わると共に捏ねる動きに変わり、跳ねた腰は誰かに押さえられて動けないまま。

「カリカリとくりくり、どっちが好き?」
「わか、ぁう……っ、わかりま、せ……っひ……!」
「わからないはずないよね? ほら、どっち?」

 引っかかれ、捏ねられ、押し潰されて、弾かれて。もう、どの動きでどのように感じてしまっているかも判断がつかないのに、どっちがなんて比較もできない。
 それを誤魔化していると思ったのか、親指と人差し指で潰しながら左右に捻じられ、かと思えば労るように乳頭を捏ねられて、パチパチと頭の中で光が散る。
 長くも整えられた爪先にカリカリと弾かれる度に、胸から股間へと流れる快楽は、もう到底耐えられるものではない。
 縛り付けられていなければ無様に揺れていただろう。そうして、どう足掻いても触れられない股間を擦りつけようと情けない姿を晒していたはず。
 そうならないために付けている。そうなっても守るために、鍵だってつけている。
 ……守る? 一体、何から?

「――あっ!」

 光が脳を貫く。バチバチと散る快楽の火花は、内側からクラロの喉を転がし、喘がせた。
 断続的な喘ぎは、指先の動きに合わせて。摘まんだまま真上に引っ張られ、グリグリと捏ねられる突起から。
 視覚的には痛々しいのに、感じ取れるのはどこまでも甘い快楽の痺れ。もし股間が隠れていなければ、勃ちきった分身は感涙していただろう。
 実際、分厚い革の奥。無理矢理押さえ込まれた肉は、じくじくと疼いて、あまりにもどかしい。

「そ、れっ……あ、あっ、あっ……!」
「ん? なにかな?」

 明らかな変化に問いかけるのは、それをクラロの口から言わせたいからだろう。
 引っ張ったまま、きゅ、きゅと抑揚をつけて潰される度に、理性が蕩ける音が聞こえる。
 駄目だと、我慢しなければと、そんななけなしの抵抗は、耳たぶごと食まれて跡形もない。

「それ、い……っは、ぁあ、あ、きも、ち……い……っ……!」

 譫言のように呟いて、認めるだけで快楽が増す。こうなることを恐れていたはずなのに、今だって怖いはずなのに、もう、何もかもほどけて、わからない。

「好き?」
「んっ、ん、ぁ、すき、それすきっ……すきぃっ……」
「ふふ、そっかぁ。クラロは乳首を引っ張られながらコリコリされるのが好きなんだね」

 柔らかな吐息と、捏ねられ続ける突起。上と下からの快楽に、もう腕は暴れているのか跳ねているのか。
 いい子、いい子と褒められる度に背筋が震え、そのまま何もかも身を任せたい。なのに、どうしても疑問がクラロにしがみ付いて解放してくれない。
 クラロ。……クラロ。それは確かに自分の名前だ。だが、どうして彼が知っている?
 ここで名乗ったはずがないのに。その名前は知られてはいけないはずなのに。
 知っているのに、どうして。何か、何かがおかしい。でも、なにが?

「だめ、だめっ……ふぅ、う、ぁっ……は、っぁ……!」
「だめ? ……ふふ、駄目じゃないよね。ほら、気持ちいい。気持ちいい」

 教え込むように、馴染むように、繰り返される度に頭の奥で何かが否定する。
 駄目だ。駄目。気持ちいいのはだめ。声を出すのはだめ。こんなことは、だめ。
 繰り返す否定と、注ぎ込まれる『気持ちいい』の言葉。絶えず与えられる快楽にくわえて、再び襲いかかる既視感に目の前が滲む。
 これを。この流れを、クラロは覚えている。覚えているのにわからない。思い出せない。思い出したくない。
 どうして、どうして、どうして。

「ほら、イくときはなんて言うんだった?」

 容赦なく投げかける言葉に、頭の中が塗り替えられる。イくとき、は、教えられた、のは、

「あぁ、あ、あっ、い……っ……イき、ま、イく、イくっ……イ……ッく……!」

 乳首に痺れが登り詰め、弾ける感覚。それを、もうクラロは知っている。覚えている。
 射精の伴わない絶頂。無理矢理追い込まれて、抗えないあの感覚を。

「そう、いい子だ」

 一層強い力で引っ張られ、捏ねられ、世界が光で満たされる。
 だめ、だめだ。駄目だとわかっているのに、止められない。止めたくない。
 このまま、このままイって、気持ちよく、

「――でも、まだ駄目だよ」
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