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第一章

1-2.世界史と楽しい職場

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 さて、改めて……この世界は魔王に勝ち、そして魔物に支配されてしまいました。
 と言うと矛盾しているという突っ込みがどこかから聞こえてきそうなので、もう少し説明しよう。
 確かに魔王は、選ばれた勇者と聖女、そしてその仲間たちによって倒された。封印だとか倒したつもりとかではなく、本当に息の根を止めたのだという。
 世界の脅威が消え去ったと知った人類は、それはもう大いに喜んだ。
 敵討ちも敵わぬ者もいただろう。不条理に苦しめられて恨んでいた者もいただろう。
 それでも、自分たちを苦しめていた元凶がいなくなった事実を誰もが分かち合い、国を挙げての盛大な祭りは三日三晩続いたそうだ。
 魔王が討伐された日を記念日として制定し、その恐ろしい存在と取り戻した平和に対して云々かんぬん以下省略。
 ちなみに、記念日は今でも機能している。本来の日から少々ズレているが、それも誤差の範囲。実際誰も正確な日なんて覚えていないし、思い出そうともしないだろう。
 ……とはいえ、平和記念日ではなく征服記念日としてではあるが。
 もう一度言おう。確かに、この世界から魔王は消えた。だが、魔物が消えたとは一言も言っていない。
 魔王が消えたと言えば安心するのは無理もない。
 指揮系統がなくなり、魔物たちも統率が取れず。もう脅威ではないと判断し、喜び浮かれるのも仕方のないこと。
 実際魔王の残党は、多少腕に自信があれば撃退できる程度に弱体していたと聞く。
 だからこそ、人間側に落ち度がなかった、と言えば過剰ではあるが……それ以上に、魔物側の方が一枚も二枚も上手だっただけだ。

 祭りの三日目、その最後に行われるはずだった式典。
 最も人が浮かれて騒いで馬鹿になったタイミングを見計らい、魔物――否、淫魔たちが襲撃してきたのだ。
 気付いた時には阿鼻叫喚。兵士は酒でろくに動けず、一般市民なんて言わずもがな。あっちで捕まりこっちで押し倒され、あっという間に地獄絵図だったそうだ。
 補足すると、怪我人も死亡者もいなかったらしい。
 血は流した奴もいただろうが致命傷ではなかったし、むしろ流した体液は赤より白やら透明やらが多かったに違いない。
 言葉を選ばず言うならば、淫魔による乱交祭りにより人間は快楽に堕とされて無様に敗北したのだ。
 もちろん全員が全員そんな間抜けではなかったし、できる限りの抵抗もした。 
 ただ、そういう気力がある人間や聖職者から真っ先に狙われてただけのこと。
 その筆頭は、我らが英雄であった勇者と聖女。頭を押さえられたら崩壊するのは、魔王も人間も変わらない。
 三日で終わるはずだった祭りは一週間に延長し、最終日に行われる筈だった式典は新たに魔王の王となった淫魔の長……改め、新魔王による勇者と聖女の公開調教によって敗北宣言を出され、終わりを迎えたという。
 唯一の希望の最期を見せつけられれば、無力な人間が絶望するのは無理もないこと。
 そもそも、その時点でろくに思考できる者が残っていたかは……それこそ、当時の光景を見なければわからないこと。

 というわけで、早々に先代魔王に見切りをつけ、人間たちが浮かれ騒いでいる間にしっかり力を蓄え、計画的に世界を手に入れた淫魔サマたちに、愚かな人間が呆気なく敗れて早ウン年。
 あっちでパンパン、こっちでアンアン。求められればすぐに股を開き喜んでくわえるのが最高の喜び、というのが人間たちの価値観になってしまったわけだ。
 ちなみに、件の勇者や聖女は、噂では老いることなく新魔王に『ご奉仕』しているとか、見世物になっているとか。
 とはいえ信憑性が薄く、本来なら既に死んでいてもおかしくない。
 魔王を倒せるほどの実力者を簡単に殺すこともないだろう。淫魔サマたち曰く、今も最高の待遇を受けている方がよっぽど信じられる。
 なんせ自分たちの邪魔者を葬ってくれた恩人だ。誰よりも気持ちよく、そして幸せにしてあげるのが淫魔サマ流の恩返しというもの。
 数少ない精鋭たちが英雄たちを奪還しようとした記述はいくつか残っているし、今もその生き残りはいるだろう。
 反抗的な態度を取った者の大半は町に飾られたり、上級国民向けの店で働かせ――訂正、『ご奉仕』していたり。
 意識を残したまま石像にされたり、局部だけを残して箱に詰められていたり、そのまま面白みもなく飼われていたりと仕置きの内容も豊富。
 どの結末。いや、職に就けるかは淫魔サマの気分とその者の外見にもよるので、ここばかりは運としかいいようがない。
 ちなみに、今の人間たちの憧れは淫魔サマの専属ペットだが、大抵はその他大勢と一緒に主を持たない性奴隷として務めるしかない。

 とはいえ、年がら年中喘いで犯されてばかりではないし、性奴隷ではあるが比較的自由に過ごすことを許されている職も一握りながらある。
 その中で一番マシ……いや、他の連中からすればハズレの職は城の下働きだ。
 運が良ければ淫魔サマに飼っていただけるが、ほとんどが使い捨て。中には一度もご奉仕させていただけないまま一生を終える哀れな奴隷だって存在する。
 性奴隷なのに穴を使っていただけないなんて、お仕えするのに喜びを見いだすよう調教された人間たちに、これ以上辛いことはないだろう。
 とはいえ、務める時期が早ければ早いほどチャンスは多いし、一回や二回お情けはいただける。
 顔が好みでなくても、若ければ精力は十分。味さえよければ見た目はどうでもいい、という心の広い淫魔サマもいらっしゃる。
 ただ使われたいだけならば、早々に町に戻り適当な酒場にお願いすればすぐに壁に埋め込まれるなり飲み場なりに使ってもらえるのでそちらをおすすめする。
 あくまでもここは、ツテや実力のない者が淫魔サマに飼っていただける可能性にかけた者たちの希望なのだ。
 とはいえ、仕事内容の大半は普通に肉体労働だ。荷物を運んだりゴミを処理したりと多彩だが、その大半は洗い場で過ごすことになる。
 穴さえ出せば使っていただけるなんて考えはここでは通用しない。
 だって相手は淫魔サマ、それもお城に勤めることのできる上級国民。
 奴隷なんて選び放題ヤり放題。なんの特徴もない穴なんて見向きもされないし、そこだけちょん切られてどこかに捨てられても文句は言えない。
 そういえば、没収されたチンコを触手の群れに放り込まれた者もいたか。
 物理的な切断ではなく、空間ごと隔離しているので感覚は繋がったまま。放り込まれた直後からものすごいことになっていたことだけは覚えている。

 なんて考えているうちに、馴染み深い場所に戻ってきていたようだ。
 右も左も布の山。山。山。
 割合としてはシーツが八割、その他カーテンとかテーブルクロスとかが二割。ここにある全部が洗い物。
 そして、ここが城に仕える人間の中で『穴』にすらなれない者たちが放り込まれる最下層。通称洗い場である。
 まぁ、その名の通り男の仕事はここにある膨大な量の布を洗って乾かして運ぶというだけ。
 文字にすると単純作業だが、他の同期にとってはハズレ中のハズレ。労力とご褒美が比例しない最低の場所。
 入ってすぐの新人もここに配属されるが、大抵は一週間もしないうちに引き抜かれる。
 よっぽど気に入られなくとも一ヶ月で移れる。逆を返せば、一ヶ月以上経ってもお声がかからなければ絶望的。
 それが一年以上ともなれば……もはや言うまでもない。

「あれ、ペーター。サモはどうした?」
「淫魔様サ『ご奉仕』」

 見渡すまでもなく、唯一残っていた男が同僚の名を呼ぶ。あまりにも遅いから迎えに行ったのに、男……もとい、ペーター一人が戻ってくればそうもなるか。
 あとは説明不要と、彼もの持ち場について腕を捲る。
 この分が洗い終わったら次の籠だが、干す担当が両方とも抜けてしまったので、どちらもしなければならない。

「あぁ……いいなぁ……俺もご奉仕したい……」

 こいつまで抜けたら自分一人になるので、そうなった場合は……と。考えている間にも切望の声が水音に紛れて耳に届く。
 これが普通。これが当たり前。
 なので、向けてしまった視線の冷たさに気付かれてはいけない。

「こないだもご奉仕すたばりだば?」
「時々じゃなくて毎日したいんだよ! つか、相変わらず何喋ってるかわかんないよなお前!」
「分かってらだばねか」

 いや通じてると突っ込めば、うるさいと反論が返ってくる。これでもだいぶ標準語に合わせているし、半分以上適当だ。
 村にいた老人たちのしゃべり方を真似しているだけで、これが本当に正しい発音かも分かっていない。
 だが、ペーターにとって大事なのは正当性ではなく、とんでもない田舎から来た奴だと周知させること。

「てか、ペーター! お前がご奉仕させてもらえないのは、その見た目と喋り方のせいだろ!? いいかげん直せよな!」

 向けられる指の勢いに、突き刺さったら痛いだろうなという感想はあまりにも他人事すぎるだろう。
 壁だったら折れてただろうなーと、キンキンと響く声はちっとも心に響かない。

「そげなごど言ったって、顔はなんもだばねだろ」
「髪の毛だけでもなんとかしろって!」
「めんどぐさぇはんで……」

 わしわしと掻き混ぜる髪は、ペーター自身たしかにどうかと思っている。
 ありきたりな薄い茶髪は、ただでさえ量が多いのに伸びっぱなし。後ろも前も重くて、眼鏡をかけているなんて知ってるのは本当にごく一部だけだろう。
 耳も目も隠れているし、女性の淫魔に好まれるほど良くもなければ、男の淫魔に求められるほどに華奢でもない中途半端な肉付き。
 あとは髭さえ生えれば一層嫌われる見た目になれるのにと、そう考えていることが知られればそれこそ非国民と言われてしまうだろう。
 いや、それで終わればまだマシ。大抵は告発されてさらし首ならぬさらし調教のコースだ。
 ……まぁ、これだけ邪険に扱われていれば処刑さえ嫌がられる可能性もあるが、試すつもりは毛頭ない。

「オラは淫魔サマのお役さ立でらいだげで十分だ。そもそも、こった身体で喜んでいだだげるども思わね。オラのせいで淫魔サマさ田舎臭ぐなる方が困る」

 今日だけでも何回言われたことか。田舎臭い、悪臭、ドブネズミ、不潔。罵倒の種類はあまりに豊富。
 ペーターの名誉の為に言うが、毎日風呂には入っているし髪の毛から足の先まできっちり清め、毎朝欠かさず香水も振っている。
 なんならオイルだってしっかり塗り込んでいるのだ。それはもう丹念に、塗り残しのないよう、丁寧に。
 揮発性が高いので見た目ではわからないが、これがあるとないでは大違い。その効果は、淫魔サマもお墨付き。
 そう、そうやって嫌がられなくては、ここまで準備している意味がないのだ。

「ほら、無駄話すていねで仕事片付げねど日暮れぢまうだ~」
「あーもー! 可愛がってもらえなくったって知らないからな!」

 なおもキャンキャンと騒ぐ同僚に背を向け、洗濯板を手に取る。なんとも仲間思いだ、親切心からそう言っているのは分かる。
 自分が本当にご奉仕に恵まれず落ち込んでいたのなら、こんなにも心配してくれる相手がいることを幸運だと思えたはずだ。
 だが、そうではない。だからこそ、誰に可愛がってもらえなくても構わないし、ましてやご奉仕ができなくたって全くもって構わない。
 もうここまで来ればおわかりだろうが、あえて言うなら……ペーター改めクラロは絶対、淫魔に抱かれるわけにはいかない。
 そう、クラロこそが、勇者と聖女の息子。淫魔に支配された、この世界に残った唯一の対抗手段。
 そうだと希望を抱かれている限り、絶対に、屈することは許されないのだ。
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