私ときつねさんとおじさんと

メイ

文字の大きさ
上 下
7 / 10
1章

千眼獄鯉

しおりを挟む



 朽ち果て、壁や障子など至る所に穴が空いている。

 床は歩くたびに軋むような鈍い音が立ち、今にも床が抜けそうだ。
 灯りは壁に点々と掛かられた燭台がぼんやりと照らす程度で、場所も相まって不気味さが際立っている。




「もうじき本堂です」


 提灯を携え、一歩先で先導する椿ちゃんが告げる。






 本堂という単語から察する通り、ここは寺院。

 寺院とはいってもどちらかと言えば廃寺という表現が正しいか。

 随所の劣化ぶりが尋常ではなくて、ここを好き好んで住んでいる人など本当に居るのかと疑いたくなるほどだ。






 
「……ここに泊まるんですよね?」 


 苦笑を浮かべながら、傍にいる雪華さんへ話しかける。



「一晩の辛抱じゃ。妾も居るから安心せい」



 さすがに本堂へ客人一人を放っておくのは心配らしく、どうやら一晩寄り添ってくれるらしい。


 よくよく考えれば妖怪と一晩過ごすのなら、今更幽霊の一人や二人出てきたところで大した驚きもないかも知れないが。






「着きました。どうぞ中へ」



 襖を静かに開け、ぽっかりと闇夜に口を開けたようなその入り口へ椿ちゃんが誘う。

 私自身も一層気を引き締め、ゆっくりと一歩を踏み出し中へ入った。






 本堂内は渡り廊下よりも燭台が多めに設置してあり、幾分かは明るいもののそれでも広い空間だけに薄暗い印象。

 畳はかび臭く所々変色していて、見るからに痛み具合が激しい。

 何より目立つのは、寺院の主役とも言える仏像。

 大きさや荘厳さもさることながら、その仏像にはなぜか傍らに刀が立てかけられていて、まるでそれを供養するように花や果物がお供えされている。

 刀には布切れが巻かれていて、簡単には抜けないよう細工が施されているのもまた不可解さを際立たせていた。




「……海山の懺悔の現れじゃ。奴の後悔、自責……妾でも推し測れぬ」


「後悔……?」


 慈悲を含んだ目で仏像と刀を見つめる雪華さんを見ていると、その目に不思議と誰かを思い出しそうになる。



 さっきといい今といい、やはり雪華さんは誰かに似ているような、そんな気がする。





「お話に浸るのは結構ですが、少しはこちらにも協力してください」


 本堂の隅に積んであった座布団を三枚ほど抱えて、少し呆れ模様の椿ちゃんが告げる。

 どうやら私に幾つか情報収集のためのインタビューをしたいらしく、座布団を手際良く敷くと流れるように胸ポケットからメモ帳と鉛筆を取り出してみせた。





「……答えられる範囲でいいなら」


 まるでクッションのような弾力のある座布団へ正座で座り、雪華さんもと手招きをするものの、このままでよいと仏像を眺めたまま静かに答える。

 椿ちゃん曰く、雪華さんが座布団に座る事は稀らしく、毎回用意はするもののなぜかほとんど座らないらしい。

 こだわりでもあるのだろうか。






「それでは二つほど質問をさせていただきます。原因究明の手掛かりになる可能性があるため、些細な事でもお答えください」


 先程とは一転し張り詰める空気が漂い、固唾を飲みながら了承の意思表示としてこくんと頷く。




「一つ目の質問です。生まれて今日に至るまで、何か変わったものを目撃した事は?」



「……変わったもの?」



「はい。霊的なもの、非日常的なもの。例えば猫が飛んだとか、猫が喋ったとか」



 本人は至って真面目なつもりだろうけど、猫好きが滲み出過ぎているその可愛らしい例えに、つい笑みが溢れてしまう。



「……そんなに猫好きなら今度猫カフェにでも行こっか?最近いいお店見つけたし」



「なぬ!猫のカフェなるものがあるんですか!?」



 目を輝かせながら、今日一番の反応を見せる椿ちゃん。
 猫カフェの存在は知らなかったらしく、インタビューはそっちのけで違う方針の取材が始まりそうな勢いだ。


 けれど、そこは雪華さん。

 手を二度叩くとその音に我に返った椿ちゃんが首を左右に激しく振り、まるで遊びたい欲求に負けじと奮闘する受験生のような反応を見せた。





「……べ、別に大して興味なんかありませんし。猫なんか……珍しくもなんともないですし……。そんなことより、二つ目の質問にさっさと移行しましょう」



 今にも泣きそうな様子でインタビューが続く。

 さすがにこのままでは可哀想だから、また今度ゆっくり話そうと苦笑混じりに呟けば、少し間を開けたのち表情を曇らせたままこくんと頷いてみせた。

 なんか可愛い。




「それでは……生まれてこの方、変な夢を見たことはありませんか?あまりに鮮明で、頭から離れないような夢は」


「夢、かぁ」



 夢と一概に言っても普段から様々な夢を見ているため、思い当たるものがあっても無数にあり過ぎてキリが無い。

 雲の上を自由に飛ぶ夢、水泳世界大会でありえない記録を叩き出して優勝する夢、宝くじが当たって豪遊しまくる夢。

 言ってしまえばどれもこれもありきたりで夢ならば平凡な内容で、特筆するような特別はものは何一つとしてない。

 悪夢もたまには見るものの、それもまた平凡なものばかりで変わったものとは言い難い。


 残念ながら該当するような夢は…………









 いや、ある。



 たった一つ、心当たりのある夢が。



 小さい頃に見て、いまだに時折思い出す、不思議で生々しい夢を。









「……昔見た夢で、こんなのがあったんだ。池の中に落っこちて沈んでく夢。その内容が気持ち悪いくらい生々しくて、いまだに覚えてるんだけど……」



「池、ですか」



「うん。夜の真っ暗な森の中をただただ彷徨ってて、草木が生い茂る雑木林の中でその池を見つけたんです。夜だということもあって水面は黒く不気味に広がってて、近寄りたくはないけど足が勝手にその池の方へ向かっていって……そのまま落ちました」



「まさか……」




 話の途中で、椿ちゃんの顔色がどんどん変わっていく。

 畏怖とも驚愕ともとれる目で私を見つめ、手にしていた鉛筆を畳の上へ落とすもその事にすら気が付かないほどに動揺していた。






「……その夢、続きはこうじゃろ?沈みゆく水の中で目を開けたら色鮮やかな魚が辺りに群れており、その眼下にはそれらを取って食おうとする黒い大きな魚の群れ。それらは延々と、まるで縮図のように下へ下へと繰り返され……終いにお主が見たのは無数の眼をもった得体の知れない巨大な怪魚……そうじゃろう?」



「……どうしてそれを」





 静聴に徹していた雪華さんが口を開いたかと思えば、あまりにも正確に私の見た夢を言い当てた。

 この夢に関してもちろん他人に話したことは一切無く、今日あったばかりの雪華さんが知り得るはずがない。

 けれど、椿ちゃんの見せた動揺や雪華さんの正確すぎる言い当て具合からして、およそこれは非常にまずい事態だと本能的に理解した。





「怪異の名は千眼獄鯉センガンゴクリ。あるきっかけを引き金に夢を見せることで宿主に取り憑き記憶を貪る妖怪じゃ。長い年月を経て記憶を貪り徐々に肥えたその鯉はやがて……」



 雪華さんがようやく仏像などから目を離すも、その目は冷静さの中にどこか冷酷さが垣間見えた。


 残酷な現実、そして待ち受ける未来を告げる執行人のように、その視線は私の双眸を射抜いた。







「成体となった暁に宿主を殺してしまう。おそらく、お主がここに来てしもうた理由……それは千眼獄鯉にとってこの世界が水辺同然、住みやすい環境じゃから。つまり宿主を捨て顕現する時期はもう目前というわけじゃよ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

処理中です...