私ときつねさんとおじさんと

メイ

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1章

雪華

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 何も見えない暗い世界を十分、二十分、三十分。
 まるで永遠を連想させるように電車がひた走る。

 これは夢なのか、それともあの世への誘いなのか。

 考えても当然答えなどわかるわけもなく、誰もいない静まり返った座席に座りながらただただ不安を押し殺し、窓に映る私の顔を静かに眺めた。


 お母さんのこと、友達のこと、そして何気ない日常のこと。いろいろなことが頭の中を駆け巡り、その全ての儚さを感じてはつらさが込み上がる。
 私が何をしたのだろう、そう考えるだけでこの理不尽極まりない境遇に涙が溢れそうになった。




 不意にブレーキ音が轟く。
 無音の闇に抱かれた車内で、唐突なその音は五月蝿いくらいに響き渡った。


「マモナク……終……ハ、左……ス」



 ノイズとともに長らくご無沙汰だったアナウンスが、不気味に途切れながら終点を告げる。
 外を見ても相変わらず明かりなど見当たらず、おおよそロクな場所ではないのは想像できる。

 ゆっくりと速度が落ちていき、アナウンスが流れ終わって間もなく停車したかと思えば、ほんの少し訪れた静寂を掻き消すように唐突にドアが開いた。
 それはまるで深淵の闇にぽっかり開いた口のようで、真夏にも関わらず纏わりつくような冷気が車内に流れ込んでくる。

 この電車がいつ元の終点に戻るか、もとい本当に戻るのかどうか皆目見当もつかない今、私に与えられた選択肢は一つだけだろう。
 いよいよ腹を括らないと。
 この世界から脱出する術を探すべく探索を決行する覚悟を決め、真っ暗な外の世界へ恐る恐る歩みだす。


 そこで私の目に入ってきた光景……車内では見えなかった世界がそこに広がっていた。






 星一つない夜空。

 闇に浮かぶ血のような色の彼岸花の群生、その不気味な色を一層際立たせる漆黒の草木。

 まるで街灯の代わりのようにぼんやりと灯る紅の提灯が、地面に突き立てられた竹竿に吊るされており、大体二十メートル程の間隔で設置してある。
 目視できる限りでもその灯りはずっと遠くまで続いており、恐らく一つの道標だろう。

 風は一切吹いてないが草木や提灯が微かに揺れていて、一つ一つがまるで意思を宿し小さく手招きしているようにも感じた。







 ただ哀しいことに、肉眼に映る範囲ではそれ以上は特に目立つようなものがない。本当にめぼしいものが何もなかった。


 背後にはエンジンはかかっているものの音一つ聞こえない電車、辺りはご覧の有様。
 駅と言えるようなところは無く、レールが引いてある平地に無理矢理停車したような状態だ。
 当然、周辺マップのような優しいアイテムが配置されているはずもなく、手掛かりらしき物は一切見当たらない。

 このまま提灯が示す道を進んでみようか悩み始めた、その時だった。

「ほぉ、来客とはこれまた珍しいのぅ」


 ものすごく聞き覚えのある声が、静寂を破るように私の背後から聞こえた。

 驚きながら振り返ると、そこに居たのはやはり紛れもなく高架下で出会った女性。
 けれど、何もない漆黒の闇に映えるその姿は、不思議と最初に見た印象よりもずっと綺麗に感じた。

「その困り果てた様子、どうやら今度は妾が案内をする番かの?」

 微笑みながら発せられた皮肉交じりの台詞を聞き入れると、一人ぼっちではないという一時的に過ぎない安堵と共に、驚きと混乱に掻き消されていた一番大事なことが頭の中で雲のように膨れていく。

「あ、あの……此処は一体……どうしてこんな……」

 聞きたい事は山のようにあったが、とりあえず今は一番重要といえる〝現在置かれた状況〟について聞くべく、一心不乱に質問をぶつけてみようとする。
 今こうしている間にも、しきりに纏わりついてくる不安の二文字が少しでも無くなれば。
 そんな余裕のない心境が相まって、口から出る言葉が詰まり途切れてしまう。

 最終的になんとか言いたいことが伝わったようだが、弱々しい私の様子に見兼ねたのか、その女性は深く溜息をつくなり私の元へ大胆に距離を詰め、いきなり私の頬をこれまた大胆につまんできた。

「随分と余裕のない奴じゃの、もっとリラックスせい」

「えっ」

 いきなり告げられる無茶振りに困惑するも、おそらく相手なりの気遣いなんだと悟り、慣れない作り笑いを見せてみる。

 鏡で確認してないため断言まではできないが、その時の私の表情は……いろいろ酷くて結構面白かったと思う。

 そんな砕けた表情を見るなりよっぽど可笑しかったのか、露骨に吹き出しては笑いながら私の頭に手を置き、少しがさつに撫で回す。

「な、なにするんですか」

「何って、妾は辛気臭い奴を見てるとちょっかいを出したくなる性格での。特にお主みたいな沈んだ表情をしてる奴には尚更の」

 あぁ、今の私はそのように映っているのか。
 彼女の話を聞いてそんなことを思いつつ、心の中で小さく反省する。

 普段からクラスや友達の間でムードメーカーとして場を盛り上げたり仕切ったりとかそういうのは正直無縁で、ましてや皆から見た私の存在などまるで考えたことがなかった。
 だから、目前にいる名も知らない女性を無理に気遣わせてしまったという申し訳なさが、心の奥底で沸々と湧き上がる。


「安心せい、別に気遣ってあるわけではない。それに、何事も前向きに捉えんと疲れるぞ?」

「……エスパー?」

 丁度頭の中で思っていた事を指摘され包み隠せないくらいに驚くも、そんなリアクションを期待していたらしく、私の反応を見るなり満足そうに笑みを浮かべた。

「顔色を見れば自然と解るものじゃ。特に今のお主は読みやすい事この上ないくらいじゃよ」

 一体今の私はどんな顔色をしているのだろうか。
 鏡が欲しいほど指摘内容を気にしているうちに、その女性はカランコロンと下駄の音を鳴らしながら提灯の連なる道へと歩み出す。


 思えば後ろ姿を見るのは初めてだが、圧巻と言えるほどの妖艶さを誇る中にどこか寂しさが伺え、正面から見た際と比べてもまた違う美しさが……






……アレ?







「ここで立ち話をしていては埒があかぬ、元の世界に戻りたくば付いて参れ。それに……これがそんなに珍しいかえ?」

 彼女の異様な変化に目を見開いて驚きただ立ち尽くすも、そんな私のこれまた分かり易い反応を見ては滑稽そうに微笑む。




 普段から幽霊とかオカルトは一切信じてないし、存在するはずはないと否定的だった。



けれど。



 その時、私は生まれて初めて"妖怪"という存在を認めざるを得ない瞬間に立ち会ってしまった。







 目の前に立っているその女性には大きな耳と尻尾が生えていて、その様子はまるで狐……そう、漫画とかでよく見かける妖狐そのものだった。


「ふむ、申し遅れたの。妾の名は雪華ユキハナじゃ、宜しゅう」


 まるで心に染み入るように淡く響く自己紹介を聴きながら、わたしはただただ呆然と立ち尽くし、その人を眺める事しかできなかった。
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