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2章。バフ・マスター、Lv5覚醒

37話。バフ・マスター、家族と家路につく

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「シグルド……! そう、私を守ってくれたのね。さすがは私の騎士よ」

 尻もちをつくアンジェラ王女の前に、黒衣の騎士が仁王立ちしていた。
 その身は焼け焦げ、噴煙が上がっている。
 
 アンジェラがティファに攻撃された瞬間。黒衣の騎士は僕に背中を斬られるのも構わず、主の盾となるべく飛び出したのだ。

「くっ……シグルド様!」
 
 ティファが歯噛みしている。
 それで気がついた。

「ま、まさか、父上なのか?」

 黒衣の騎士の兜が壊れて、顔が覗いていた。
 闇で見えづらいとはいえ、その面貌を忘れるハズがない。
 僕の父シグルドだ。

 アンジェラ王女にアンデッドにされても、誰かを守るために戦うという騎士の本分に父上は忠実だった。
 
 神剣グラムに背中を斬られ、ティファの奥義を喰らって、さしもの父上も片膝をついた。

 だが、アンジェラを守り抜こうという気概だけは衰えることなく、その両目に宿っている。
 まさに僕が誇りとし、夢見てきた理想の騎士の姿そのものだ。

「あなたっ……! アベルのお父様に、私たちの英雄になんてことを!?」

「シグルドは、まだこの世に未練があって戦いたがっていたのよ。私はその背中を押してあげただけ」

 リディアの糾弾に、アンジェラは冷笑を返した。

「そうか……手加減されているように感じたのは父上だったからか」

「手加減ですって……?」

 アンジェラが目を剥いた。

「アンデッドになって、彼の自我は完全に消えたのよ。そんなことがあるハズが無いわ」

「気づかなったのか? 父上のスキルは魔法剣の攻撃力を3倍に上げる【魔法剣・極】。なのに一度も僕に、魔法剣を使わなかったぞ」

 そう告げると、アンジェラは押し黙った。

「そんなことがっ……」

「アンジェラ……お前には腹が立つが、同時に感謝もしている。父上に直接、剣を教えてもらえたんだからな」

 僕はバフをかけると、まともに動けなくなる外れスキルを得た。
 途方に暮れたが、僕はバフ・マスターを使いまくって進化させる道を選んだ。

 父上から、このスキルは、お前の大切な人を守るために女神様が与えてくれた力だと言われたからだ。

 騎士の戦いは、誰かを守るためのモノだ。それが叶うなら、必ずしも剣が強くなくても構わない。
 
『自分に与えられたスキルを否定するな』
 
 それが父上の教えだった。

 だけど、父上から剣の稽古をつけてもらえなかったことが、僕はずっと心残りだった。
 歪な形とはいえ、それが叶った。

「剣を教えてもらったですって……? 私の命令に逆らって、そんなことを……
 シグルドは、私の私だけの騎士になってくれたのに……っ!」
 
「アンジェラ。お前は父上の主君にはふさわしくないってことだ」

「……いいわ。まだシグルドの自我は残っていたということね。事実として認めるわ。
 だったら、私のネクロマンシーで完全に彼の自我を壊して縛ってやるわ。一度、私のモノになったら、永遠に私のモノよ」

 アンジェラは立ち上がって、ドレスの埃を払った。

「もう空が白み始めてきた。シグルド、退くわよ。これ程、最悪な気分で夜会を終えるのは初めてだわ」

 父上がアンジェラを片手で、抱きかかえる。

「逃げる気なの?」

「ええ。リディア王女、またお会いしましょう」
 
 その言葉と同時に、父上が踵を返して立ち去る。
 追いかけようとも思ったが、ふたりの姿は、幻のように闇に溶けてしまった。

「……はうっ」

 気が抜けたのか、ティファがその場にヘタリ込んだ。
 限界以上まで力を使って、荒い息を吐いている。

「ティファ、大丈夫か? ほら掴まれ」

「い、いえっ! ……だ、大丈夫ですぅ」

 僕が肩を貸そうとすると、ティファは顔を真っ赤にしてのけ反った。

「いいから無理をするなよ」

「で、でもリディア様の前で、そんなっ」

「リディアの前だと何か困るのか?」

 ティファが何を気にしているのか、まったく分からない。

「ああっ、もうニブチンねっ! 私としては浮気の心配が無くて良いけど……」

 リディアが何やら不機嫌な様子になっている。

「遠慮しなくて大丈夫よ、ティファ。あなたたちは家族なんでしょ? それくらい許してあげるわ」

「あっ、ああ。ありがとうございますっ」

 何かティファがリディアにお礼を言っている。よくわからないが、まあ、いいか。

 僕はティファに肩を貸して、僕のたちの家への道を急いだ。

 なぜかティファは僕と目を合わせようとせず、うつむいたまま顔を赤くしていた。
 やがて彼女は、意を決したように告げる。

「……アベル様。シグルド様を私たちの手で天に還して差し上げましょうね」

「ティファ、力を貸してくれるか? 多分、父上もそれを望んでいると思う」

 父上の本来の剣技は、あんな物ではない。
 次に戦う時は、父上はアンジェラにより強く支配され、手加減など期待できないと思う。

 その時までに少しでも腕を上げておかねばならない。
 それが父上への手向けとなるだろう。

「私も協力するんだからね。仲間外れは嫌よ」

 リディアが僕に寄り添いながら告げた。
 できればリディアを危険な目に合わせたくないんだが……
 アンジェラがリディアを狙ってくるなら、そうも言っていられないだろう。

 悩んでも仕方がない。
 今は無事にリディアとティファを守りきれたことを喜ぼう。

 僕の頭上で朝日が上り、夜の闇を溶かし始めていた。
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