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後日談
後日談① 僕の○○喪失事件
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「ねえ、あなた浮気してない?」
とあ12月の冬の日、僕は困っていた。正しくいえば、困り果てて土下座をしている。人生初の。額がブラジルに届かんとするほどに床にすりつけている。
「ふっ。いい感じに恥の多い生涯を生きているな」
マサイはいつも通りのウザさで僕を見下す
「おい、お前のせいってこと、忘れてない?」
そう、僕がアルティメット土下座をしているのはこいつのせいなのだ。こいつ、また僕の体をつかってやらかしやがった。
ちょっとことの発端を聞いてほしい。
ー…数時間前
「うおーい、鈴木ぃ。最近どうだよ?」
「まあまあっすね」
元上司の上さんと近況報告会をしている。実はあれからすでに3年ほど経ち、僕たちの会社はそれなりに安定してきた。
さらに、去年、僕は「月がきれいですね」で見事に滑った女性となんだかんだお付き合いしている。え?童貞を捨てたかって?まあ、焦るなお前ら。すぐにわかる。
「鈴木の彼女、りえちゃんだっけ?どうよ夜の方は?」
とてつもないゲス顔で聞いてくる。
もはや上さんはこういう話しかしない。僕たちの夜事情を飲むたびに聞いてくる。そういうときはだいたい奥さんに相手にされてないときだ。
「まあまあっすね(照)」
しかし、こういう話は僕も大好きだ。男はこれで絆を深める(自論)
「かー!アツアツで羨ましいねえ!ウチの嫁なんてよー、最近相手してくれねーんだわ!」
やはりな。まあ知ってた。メシがうまい。
「そんな鈴木くんに、お願いがあるんだけどさ」
上さんは急に声のトーンを下げ、タバコに火をつけ、真剣な表情になった。
くる…くるぞ。多分あかんやつが。
「これ、一緒いってくんない?」
そこには1枚のチケットが。そこには『マンネリ気味なあなたへ…放送禁止ワード気分が味わえる放送禁止だらけの放送禁止パーティ』的なことが書いてあった。まあ、端的にいえばハプニングが起きるバー的な場所で行われるパーリィだ。
「いや、あの、彼女にバレたら割とやばいんですけど?田中じゃダメなんですか?」
上司はタッハー!って顔をする。
「お前なー、あんなオタクつれていってみ?絶対盛り下がるだろが!」
そうだろうか?逆に石化する田中が見れるのでおもしろいと思うけど。または興奮によって人格が崩壊する田中。
「それにお前、最近アカ抜けた感じするしよ。ちょいエサとして協力してや」
「いや人をエサにしないでくださいよ…」
ー…そして現在に戻る
そう、僕は避けたのだ。後が怖かったから。だがしかし、マサイがやりやがったんだ。入れ替わりを。
入れ替わったマサイは、上さんと一緒に放送禁止パーリィをこれでもかというほど堪能。しかしその場に、彼女の知人がいて、彼女に通報。無事お縄になったのがつい先ほどの話。
「ねえ、なんであんなとこ行ってたの?付き合いだとしてもよくないと思うんだけど」
彼女はカンカンである。怖い。某海賊漫画で覇王色の覇気たるものがあるけれど、あれは実在すると僕は確信した。
「いや、あの、あれは僕であって僕はないといいますか…」
そう、これは事実だ。体は僕だが、中身が違う。それを僕と呼ぶべきか否か、明日までに考えといてください。
「ふむ。これはどう考えてもキミだろう?」
マサイは彼女のLINEに送られた状況証拠写真をみて、何食わぬ顔で追い討ちをかける。必死に笑いを堪えつつ。土下座している僕の顔は、般若のようになる。こいつあとでおぼえてろよ…
「いくら欲求不満だったからってあんまりじゃない?」
彼女は泣きそうな顔をしている。その横でマサイは「そうだそうだ」と同意している。本当こいつは一度火炙りの刑に処した方がいいかな?
なお、僕が欲求不満などということはまったくない。むしろ25年間の我慢が解放され、全力で清々しいのだ。欲求不満なのはそこのクズ文豪である。その太宰かは定かでない。
「僕じゃないんだけど、本当にすいません…」
僕の頭がアパートの階下に届くんじゃないかくらいにめり込む。いいさ、頭を下げるくらいの恥、今の僕には朝飯前さ。
「もういい。しばらく合わない。距離置くね」
ため息がちにそう言い、鍵を置いて彼女は僕の部屋を去る。
「…!!」
え、ちょ。待って、冤罪なんだって!とはいえず、言っても信じてもらえてないし。ただ彼女の背中を見送るしかなかった。ああ終わった。終わったよ。遅れてきた僕の青春が。
僕はどこかのジョーよろしく、椅子でうなだれ、まっしろな灰のようになった。
「ふむ。ちょっと遊びすぎたかな?」
マサイはすごく他人事のように言う。しかし僕は、全身の力が抜けてもはや処す力も気力もなくなっていた。
ふらふらと風呂に入り、ビールを喉に流し込み、ふて寝した。
翌朝、彼女におはようとLINEをした。けど、一切既読にならない。あれ、これブロックされてる?
「おい…マサイ。てめえ…どうしてくれる?どうしてほしい?」
体力と気力が回復した僕は、溜まりに溜まったヘイトを全力で解放する。ちなみにマサイは、今は僕と彼女のところを気分で行き来している。時にはマサイに、時にはマサイキリンにって感じだ。
「すまない。ちょっと用事を思い出した」
と言い、マサイから抜けていった。逃げたなあいつ…。覚えてろ…。
とりあえず、その日の仕事をしにオフィスへ行った。すでに田中がいた。
「ござるー。鈴木氏。」
「田中、ござるー」
僕たちのあいさつは「ござる」で統一している。おはようは「ござる⤴︎」で、お疲れは「ござる⤵︎」だ。ちなみに事務社員も使ってたりする。いつのまにかそうなっていた。
「あれ?鈴木氏、元気ないでござるな?どしたん?」
僕の朝のあいさつが「ござる⤵︎」だったので、田中が僕が元気ないことに気づく。
僕は昨晩あったことを洗いざらい話した。田中ならきっと元気付けてくれるはずだ。
「くっそwメシウマでござるww」
「…」
「鈴木氏ばかりズルイと思ってたんでござるよ!拙者なぞ、あと少しで魔法使い入りなのに!」
この世界に僕の味方はいないのか?上さんに相談してもいいけど、高確率でネタにされるしなあ。
不思議なもので、仕事は仕事と割り切れるみたいで、仕事中はモヤモヤも忘れられた。
その日は、解決策を考えるためにひとりで散歩しながら帰ることにした。冬の夜の空気の冷たさは、いい感じに疲れた頭を刺激してくれる。
さて、どうしようか。彼女をどうしたら誤解をといて、元に戻せるだろうか?マサイにはかせるのが1番いいけど、あいつ巻き込むともっと厄介になりそうだしなあ…。
そもそも、まず僕はそこまで彼女のことが好きなのか?をしっかり考えねばならない。
人生の中の、数年の思い出程度の存在なのか?それとも、一生の思い出にしたいのか?
正直、生きていれば今後もっと多くの女性と出会うし、お互いにもっと魅力的な異性に惹かれるかもしれない。どこかのブルゾンなちえみが言っていたが、世界には35億もの異性がいるのだから。お互いに今の相手が運命の相手的なものであるかはわからない。
もしかしたら、これで終わるという人生ゲームの通常イベントなだけかもしれない。
僕にとって、彼女ってどういう存在だろうか?僕は彼女と出会ってからの3年間を思い出す。
カフェでマサイ共々再会し、マサイ直伝の「月がきれいですね」で大滑りしたこと。でもなんだかんだ連絡先を交換できて、食事にいったり、映画みたり、水族館に行ったり。
クリスマスの日に告白をしたものの「す…ちゅきです!」と噛み、またも滑ったこと。バレンタインに母親以外から初めてチョコをもらって、食べるまでに1ヶ月かかったこと…。そしてちょいちょいマサイにちょっかいかけられたこと。
思いだすと、ニヤけてくる。どれも大した事ない、普通な男女交際(マサイの存在以外は)だけど、僕にとっては全てが初めての経験で、どれも強烈に思い出に残っている。
過去にしていいのだろうか?これで終わりでいいのだろうか?
僕の出した答えは、明確にNOだった。未来につづけたい。続いてほしい。
となると。やることは決まっている。僕は、彼女に再度連絡した。LINEではなく、電話で。明日の仕事終わりに会うことになった。僕は、人生で2度目の勝負に出ることにした。
翌日、仕事を終えた僕は、とある場所に向かう。待ち合わせ場所は、クリスマスに告白した、駅前の時計台広場だ。クリスマスではないけれど、すでにイルミネーションで彩られている。
待ち合わせ時間の夜7時になると、彼女も来た。なんか別に怒ってなさそうなところをみて、不思議に思いつつも、ちゃんときてくれたことを僕は素直に喜んだ。
「ほんっとうにごめん!!」
人目をはばからず、僕はしっかりと謝った。もうマサイがどうこうではなく、とにかく謝ることにした。僕にとってはマサイのやったことでも、彼女にとっては僕がやったと思ってるわけだから。
彼女は無言だった。でも、土下座の日のような覇王色のアレはもう感じなかった。
「あと、ずっと一緒にいてほしい!」
続けて、僕は思ったことを素直に言った。駅を行き交う人たちの視線をいつもより多く感じつつ。
「…」
彼女はまたもや無言だった。ねえちょっと、なんかしら反応して!無反応って1番どうしていいかわからんのだよ?知ってる?僕は顔に汗をかき始めた。脇汗はすでに大洪水である。
「それは…つまりどういうこと?」
やっと彼女が口を開いた。あれ?伝わってない??
「え、その、つまり…結婚してほしいってことなんだけど…。あ、僕じゃダメだよね。ごめん。汗」
かぁっと顔が赤くなる。そうだよな。そもそもまだ許してくれてないわけだし、空気読めてないよな…。またやってしまった。滑るどころではなく、呆れられてそうだ。下を向いていると、彼女が口を開いた。
「知ってたよ」
「は?」
「だから、知ってた。」
「え、なにを?」
そう表現していいのかわからんけど、プロポーズの返事がくると思っていた僕は、予想外の返事に動揺した。僕の脇から一滴の汗が流れる。
「え?だから、こないだのは鈴木くんがしたわけじゃないってことだよ」
「え?でもめっちゃ怒ってた…」
「やっと言ってくれたね」
「??」
え、待って。話を整理しようか僕。とりあえず会話に脈絡がなさすぎて困る。なんだこの謎の疎外感!!
「ふむ。私の考案した作戦がやっとうまくいったようだ」
マサイキリンになったマサイが急に会話に入ってきた。僕はなんのことかわからず、ポカンとしていた。
「ね!うまくいったね!」
彼女はうれしそうにしている。ねえ、待てって。僕を話に入れて?なにこのカップルと一緒に遊んでる独り身の気分!僕、キミの彼氏だよね??
それから、ふたりは僕に真実を教えてくれた。マサイは入れ替わったけど、放送禁止パーティでは上さんの様子をただただ観察してただけなこと(見なくてよかった)。彼女の知人はグルなこと。彼女もそれを知ってたこと。
つまり、上さん以外はみんなグルだったわけだ。
僕は拍子抜けして時計台のヘリに座り込んだ。というか崩れたが正解か。
「いやいや…じゃあこの数日間の苦悩はなんだったの…。なんでこんなことを…。」
僕は少しムカついてきた。なんでこんなことをしたんだ。悪戯にも限度がある。その様子を察知した彼女が言う。
「ごめんね。でも、こうしないと言ってくれなさそうで。」
「だからなにを?」
みんなでグルになって、僕を騙してなにをしたかったのか。
「ふっ。キミのその拙いプロポーズだよ。」
マサイが割り込んできた。
「…。」
プロポーズねえ。プロポーズかあ。そういえばさっきそんなこと言ったような気がするなあ。
「ん?え?つまり…あれか。これ言わせるために仕組んだってこと?」
「うん。こうでもしないと、たぶん言ってくれないでしょ?鈴木くんは」
彼女は、ちょっと悪戯そうに、でもどこか申し訳なさそうにしていた。
「うーん。まあ確かに…」
実際、好きなことは間違いなかったけど、結婚って考えはなかった。失うかもしれないと思って初めて、それを考え始めた。でも、彼女はじゃあ、結婚したかったってこと?
僕はそう思うと、なんともいえない高揚感を感じた。
「『怒涛に飛び込む思いで愛の言葉を叫ぶところに、愛の実体があるのだ。』だよ。キミ。」
マサイが急に話す。
「なに?」
「これは私の書いた『新ハムレット』という作品の一節だ。今のキミは、まさにこれだ。」
怒涛に飛び込む勢い…ねえ。まあ怒涛に飛び込む思いでしたよ。だって破局すると思ったし。それは嫌だったから、とっさに今の行動を取ろうと思ったんだ。
「キミの愛の実態は彼女に伝わっただろうか?」
マサイは彼女の方をチラッとみた。僕も心配だった。「月がきれいですね」のときみたいに滑らないだろうか…。というか今冷静にかんがえると、なんてムードのないプロポーズだよ僕!ドラマみたいに指輪とかあったほうがよかったのか?急に恥ずかしくなった僕の脇は、またもや大洪水になった。センスのなさを痛感する。
「こちらこそだよ。鈴木くん。末長くよろしくお願いします」
彼女は、幸せそうな笑顔でこちらを見て言った。これは、つまりそういうことか。
「おめでとう!」
マサイも祝福してくれた。一部始終を聞いていた近くにいた人からも、小さく拍手が起きる。そうだここは公共の場だった。どうしよう、すごい恥ずかしい。
「しかし私からキミにアドバイスするなれば、とりあえず愛人はやめときなさい。あとが怖いから」
小声で教えてくれるマサイ。経験者は語る…か。あざっすパイセン。とりあえず、お前の入れ替わりが1番怖いっす。ほんとやめてね今後は。
こうして、僕の勢いに任せたプロポーズはなんだかんだ成功し、僕は彼女と家族になることになった。
僕は、正直言って興奮もなければ緊張もなかった。プロポーズが成功して嬉しいという気持ちはあるけれど、家族になるという実感がまだ湧いてないからだ。
たぶん、きっと、そういうもんなのだろうと思う。知らんけど。
マサイが現れてから数年、横一本線の人生から、仕事を辞め、自分で仕事を作り、多くの人に頭をさげ、彼女ができ…。多くの恥をかいてきた。そして、とうとう家族を持つに至った。
今後も恥をたくさんかくのだろう。でも、そんな恥の多い生涯は、今の僕にはとてもいいものになっている。
3人で帰り道を歩きつつ、僕は気になったことをきいた。
「そういえばさ、さっきの話だと、りえも僕と結婚したいと思ってた感じだったけど、言ってくれればよかったのに」
いやほんと、なんであんな周りくどい真似をしたのだろうか?
「キミは本当にわかってないな。女性というものは、言われたいものなのだよ」
マサイが先輩ヅラで言う。そういうもんすか先輩。
彼女は「その通り」と言わんばかりに首を縦に振っている。そういうもんすか。まあいいんだけども。
あともうひとつ気になることが。
「お前はさ、今後僕たち2人が一緒に住んだりしたらどうするの?」
そう、マサイは僕ら2人と一緒に暮らすのだろうか?なんかそれって子供みたいでなんか違和感しかないんだけども…。実際子供ができたらマサイはペット扱いってことでいい?
「ふむ。恥の多そうな人センサーが新たに反応しない限りはいる予定だ。キミたちは居心地がいいからね」
だからそのセンサーは一体なんなの?
「まあ、それはいいんだけど余計な真似はするなよ?マジで。あと寝室には絶対にいれないからな!」
そう、こいつの場合『そういうこと』をしかねない。入れ替わりという謎スキルは悪用されると洒落にならないのだ。
「なにを心配しているのだ。キミたちに水をさすような真似はしない。(小声で)たぶん」
んー?なんか今小声で聞こえたような気がするなー?こいつほんとに大丈夫かなー?
僕たちがギャーギャー言っている様子を、彼女はそっと眺めていた。
とあ12月の冬の日、僕は困っていた。正しくいえば、困り果てて土下座をしている。人生初の。額がブラジルに届かんとするほどに床にすりつけている。
「ふっ。いい感じに恥の多い生涯を生きているな」
マサイはいつも通りのウザさで僕を見下す
「おい、お前のせいってこと、忘れてない?」
そう、僕がアルティメット土下座をしているのはこいつのせいなのだ。こいつ、また僕の体をつかってやらかしやがった。
ちょっとことの発端を聞いてほしい。
ー…数時間前
「うおーい、鈴木ぃ。最近どうだよ?」
「まあまあっすね」
元上司の上さんと近況報告会をしている。実はあれからすでに3年ほど経ち、僕たちの会社はそれなりに安定してきた。
さらに、去年、僕は「月がきれいですね」で見事に滑った女性となんだかんだお付き合いしている。え?童貞を捨てたかって?まあ、焦るなお前ら。すぐにわかる。
「鈴木の彼女、りえちゃんだっけ?どうよ夜の方は?」
とてつもないゲス顔で聞いてくる。
もはや上さんはこういう話しかしない。僕たちの夜事情を飲むたびに聞いてくる。そういうときはだいたい奥さんに相手にされてないときだ。
「まあまあっすね(照)」
しかし、こういう話は僕も大好きだ。男はこれで絆を深める(自論)
「かー!アツアツで羨ましいねえ!ウチの嫁なんてよー、最近相手してくれねーんだわ!」
やはりな。まあ知ってた。メシがうまい。
「そんな鈴木くんに、お願いがあるんだけどさ」
上さんは急に声のトーンを下げ、タバコに火をつけ、真剣な表情になった。
くる…くるぞ。多分あかんやつが。
「これ、一緒いってくんない?」
そこには1枚のチケットが。そこには『マンネリ気味なあなたへ…放送禁止ワード気分が味わえる放送禁止だらけの放送禁止パーティ』的なことが書いてあった。まあ、端的にいえばハプニングが起きるバー的な場所で行われるパーリィだ。
「いや、あの、彼女にバレたら割とやばいんですけど?田中じゃダメなんですか?」
上司はタッハー!って顔をする。
「お前なー、あんなオタクつれていってみ?絶対盛り下がるだろが!」
そうだろうか?逆に石化する田中が見れるのでおもしろいと思うけど。または興奮によって人格が崩壊する田中。
「それにお前、最近アカ抜けた感じするしよ。ちょいエサとして協力してや」
「いや人をエサにしないでくださいよ…」
ー…そして現在に戻る
そう、僕は避けたのだ。後が怖かったから。だがしかし、マサイがやりやがったんだ。入れ替わりを。
入れ替わったマサイは、上さんと一緒に放送禁止パーリィをこれでもかというほど堪能。しかしその場に、彼女の知人がいて、彼女に通報。無事お縄になったのがつい先ほどの話。
「ねえ、なんであんなとこ行ってたの?付き合いだとしてもよくないと思うんだけど」
彼女はカンカンである。怖い。某海賊漫画で覇王色の覇気たるものがあるけれど、あれは実在すると僕は確信した。
「いや、あの、あれは僕であって僕はないといいますか…」
そう、これは事実だ。体は僕だが、中身が違う。それを僕と呼ぶべきか否か、明日までに考えといてください。
「ふむ。これはどう考えてもキミだろう?」
マサイは彼女のLINEに送られた状況証拠写真をみて、何食わぬ顔で追い討ちをかける。必死に笑いを堪えつつ。土下座している僕の顔は、般若のようになる。こいつあとでおぼえてろよ…
「いくら欲求不満だったからってあんまりじゃない?」
彼女は泣きそうな顔をしている。その横でマサイは「そうだそうだ」と同意している。本当こいつは一度火炙りの刑に処した方がいいかな?
なお、僕が欲求不満などということはまったくない。むしろ25年間の我慢が解放され、全力で清々しいのだ。欲求不満なのはそこのクズ文豪である。その太宰かは定かでない。
「僕じゃないんだけど、本当にすいません…」
僕の頭がアパートの階下に届くんじゃないかくらいにめり込む。いいさ、頭を下げるくらいの恥、今の僕には朝飯前さ。
「もういい。しばらく合わない。距離置くね」
ため息がちにそう言い、鍵を置いて彼女は僕の部屋を去る。
「…!!」
え、ちょ。待って、冤罪なんだって!とはいえず、言っても信じてもらえてないし。ただ彼女の背中を見送るしかなかった。ああ終わった。終わったよ。遅れてきた僕の青春が。
僕はどこかのジョーよろしく、椅子でうなだれ、まっしろな灰のようになった。
「ふむ。ちょっと遊びすぎたかな?」
マサイはすごく他人事のように言う。しかし僕は、全身の力が抜けてもはや処す力も気力もなくなっていた。
ふらふらと風呂に入り、ビールを喉に流し込み、ふて寝した。
翌朝、彼女におはようとLINEをした。けど、一切既読にならない。あれ、これブロックされてる?
「おい…マサイ。てめえ…どうしてくれる?どうしてほしい?」
体力と気力が回復した僕は、溜まりに溜まったヘイトを全力で解放する。ちなみにマサイは、今は僕と彼女のところを気分で行き来している。時にはマサイに、時にはマサイキリンにって感じだ。
「すまない。ちょっと用事を思い出した」
と言い、マサイから抜けていった。逃げたなあいつ…。覚えてろ…。
とりあえず、その日の仕事をしにオフィスへ行った。すでに田中がいた。
「ござるー。鈴木氏。」
「田中、ござるー」
僕たちのあいさつは「ござる」で統一している。おはようは「ござる⤴︎」で、お疲れは「ござる⤵︎」だ。ちなみに事務社員も使ってたりする。いつのまにかそうなっていた。
「あれ?鈴木氏、元気ないでござるな?どしたん?」
僕の朝のあいさつが「ござる⤵︎」だったので、田中が僕が元気ないことに気づく。
僕は昨晩あったことを洗いざらい話した。田中ならきっと元気付けてくれるはずだ。
「くっそwメシウマでござるww」
「…」
「鈴木氏ばかりズルイと思ってたんでござるよ!拙者なぞ、あと少しで魔法使い入りなのに!」
この世界に僕の味方はいないのか?上さんに相談してもいいけど、高確率でネタにされるしなあ。
不思議なもので、仕事は仕事と割り切れるみたいで、仕事中はモヤモヤも忘れられた。
その日は、解決策を考えるためにひとりで散歩しながら帰ることにした。冬の夜の空気の冷たさは、いい感じに疲れた頭を刺激してくれる。
さて、どうしようか。彼女をどうしたら誤解をといて、元に戻せるだろうか?マサイにはかせるのが1番いいけど、あいつ巻き込むともっと厄介になりそうだしなあ…。
そもそも、まず僕はそこまで彼女のことが好きなのか?をしっかり考えねばならない。
人生の中の、数年の思い出程度の存在なのか?それとも、一生の思い出にしたいのか?
正直、生きていれば今後もっと多くの女性と出会うし、お互いにもっと魅力的な異性に惹かれるかもしれない。どこかのブルゾンなちえみが言っていたが、世界には35億もの異性がいるのだから。お互いに今の相手が運命の相手的なものであるかはわからない。
もしかしたら、これで終わるという人生ゲームの通常イベントなだけかもしれない。
僕にとって、彼女ってどういう存在だろうか?僕は彼女と出会ってからの3年間を思い出す。
カフェでマサイ共々再会し、マサイ直伝の「月がきれいですね」で大滑りしたこと。でもなんだかんだ連絡先を交換できて、食事にいったり、映画みたり、水族館に行ったり。
クリスマスの日に告白をしたものの「す…ちゅきです!」と噛み、またも滑ったこと。バレンタインに母親以外から初めてチョコをもらって、食べるまでに1ヶ月かかったこと…。そしてちょいちょいマサイにちょっかいかけられたこと。
思いだすと、ニヤけてくる。どれも大した事ない、普通な男女交際(マサイの存在以外は)だけど、僕にとっては全てが初めての経験で、どれも強烈に思い出に残っている。
過去にしていいのだろうか?これで終わりでいいのだろうか?
僕の出した答えは、明確にNOだった。未来につづけたい。続いてほしい。
となると。やることは決まっている。僕は、彼女に再度連絡した。LINEではなく、電話で。明日の仕事終わりに会うことになった。僕は、人生で2度目の勝負に出ることにした。
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「ほんっとうにごめん!!」
人目をはばからず、僕はしっかりと謝った。もうマサイがどうこうではなく、とにかく謝ることにした。僕にとってはマサイのやったことでも、彼女にとっては僕がやったと思ってるわけだから。
彼女は無言だった。でも、土下座の日のような覇王色のアレはもう感じなかった。
「あと、ずっと一緒にいてほしい!」
続けて、僕は思ったことを素直に言った。駅を行き交う人たちの視線をいつもより多く感じつつ。
「…」
彼女はまたもや無言だった。ねえちょっと、なんかしら反応して!無反応って1番どうしていいかわからんのだよ?知ってる?僕は顔に汗をかき始めた。脇汗はすでに大洪水である。
「それは…つまりどういうこと?」
やっと彼女が口を開いた。あれ?伝わってない??
「え、その、つまり…結婚してほしいってことなんだけど…。あ、僕じゃダメだよね。ごめん。汗」
かぁっと顔が赤くなる。そうだよな。そもそもまだ許してくれてないわけだし、空気読めてないよな…。またやってしまった。滑るどころではなく、呆れられてそうだ。下を向いていると、彼女が口を開いた。
「知ってたよ」
「は?」
「だから、知ってた。」
「え、なにを?」
そう表現していいのかわからんけど、プロポーズの返事がくると思っていた僕は、予想外の返事に動揺した。僕の脇から一滴の汗が流れる。
「え?だから、こないだのは鈴木くんがしたわけじゃないってことだよ」
「え?でもめっちゃ怒ってた…」
「やっと言ってくれたね」
「??」
え、待って。話を整理しようか僕。とりあえず会話に脈絡がなさすぎて困る。なんだこの謎の疎外感!!
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「ね!うまくいったね!」
彼女はうれしそうにしている。ねえ、待てって。僕を話に入れて?なにこのカップルと一緒に遊んでる独り身の気分!僕、キミの彼氏だよね??
それから、ふたりは僕に真実を教えてくれた。マサイは入れ替わったけど、放送禁止パーティでは上さんの様子をただただ観察してただけなこと(見なくてよかった)。彼女の知人はグルなこと。彼女もそれを知ってたこと。
つまり、上さん以外はみんなグルだったわけだ。
僕は拍子抜けして時計台のヘリに座り込んだ。というか崩れたが正解か。
「いやいや…じゃあこの数日間の苦悩はなんだったの…。なんでこんなことを…。」
僕は少しムカついてきた。なんでこんなことをしたんだ。悪戯にも限度がある。その様子を察知した彼女が言う。
「ごめんね。でも、こうしないと言ってくれなさそうで。」
「だからなにを?」
みんなでグルになって、僕を騙してなにをしたかったのか。
「ふっ。キミのその拙いプロポーズだよ。」
マサイが割り込んできた。
「…。」
プロポーズねえ。プロポーズかあ。そういえばさっきそんなこと言ったような気がするなあ。
「ん?え?つまり…あれか。これ言わせるために仕組んだってこと?」
「うん。こうでもしないと、たぶん言ってくれないでしょ?鈴木くんは」
彼女は、ちょっと悪戯そうに、でもどこか申し訳なさそうにしていた。
「うーん。まあ確かに…」
実際、好きなことは間違いなかったけど、結婚って考えはなかった。失うかもしれないと思って初めて、それを考え始めた。でも、彼女はじゃあ、結婚したかったってこと?
僕はそう思うと、なんともいえない高揚感を感じた。
「『怒涛に飛び込む思いで愛の言葉を叫ぶところに、愛の実体があるのだ。』だよ。キミ。」
マサイが急に話す。
「なに?」
「これは私の書いた『新ハムレット』という作品の一節だ。今のキミは、まさにこれだ。」
怒涛に飛び込む勢い…ねえ。まあ怒涛に飛び込む思いでしたよ。だって破局すると思ったし。それは嫌だったから、とっさに今の行動を取ろうと思ったんだ。
「キミの愛の実態は彼女に伝わっただろうか?」
マサイは彼女の方をチラッとみた。僕も心配だった。「月がきれいですね」のときみたいに滑らないだろうか…。というか今冷静にかんがえると、なんてムードのないプロポーズだよ僕!ドラマみたいに指輪とかあったほうがよかったのか?急に恥ずかしくなった僕の脇は、またもや大洪水になった。センスのなさを痛感する。
「こちらこそだよ。鈴木くん。末長くよろしくお願いします」
彼女は、幸せそうな笑顔でこちらを見て言った。これは、つまりそういうことか。
「おめでとう!」
マサイも祝福してくれた。一部始終を聞いていた近くにいた人からも、小さく拍手が起きる。そうだここは公共の場だった。どうしよう、すごい恥ずかしい。
「しかし私からキミにアドバイスするなれば、とりあえず愛人はやめときなさい。あとが怖いから」
小声で教えてくれるマサイ。経験者は語る…か。あざっすパイセン。とりあえず、お前の入れ替わりが1番怖いっす。ほんとやめてね今後は。
こうして、僕の勢いに任せたプロポーズはなんだかんだ成功し、僕は彼女と家族になることになった。
僕は、正直言って興奮もなければ緊張もなかった。プロポーズが成功して嬉しいという気持ちはあるけれど、家族になるという実感がまだ湧いてないからだ。
たぶん、きっと、そういうもんなのだろうと思う。知らんけど。
マサイが現れてから数年、横一本線の人生から、仕事を辞め、自分で仕事を作り、多くの人に頭をさげ、彼女ができ…。多くの恥をかいてきた。そして、とうとう家族を持つに至った。
今後も恥をたくさんかくのだろう。でも、そんな恥の多い生涯は、今の僕にはとてもいいものになっている。
3人で帰り道を歩きつつ、僕は気になったことをきいた。
「そういえばさ、さっきの話だと、りえも僕と結婚したいと思ってた感じだったけど、言ってくれればよかったのに」
いやほんと、なんであんな周りくどい真似をしたのだろうか?
「キミは本当にわかってないな。女性というものは、言われたいものなのだよ」
マサイが先輩ヅラで言う。そういうもんすか先輩。
彼女は「その通り」と言わんばかりに首を縦に振っている。そういうもんすか。まあいいんだけども。
あともうひとつ気になることが。
「お前はさ、今後僕たち2人が一緒に住んだりしたらどうするの?」
そう、マサイは僕ら2人と一緒に暮らすのだろうか?なんかそれって子供みたいでなんか違和感しかないんだけども…。実際子供ができたらマサイはペット扱いってことでいい?
「ふむ。恥の多そうな人センサーが新たに反応しない限りはいる予定だ。キミたちは居心地がいいからね」
だからそのセンサーは一体なんなの?
「まあ、それはいいんだけど余計な真似はするなよ?マジで。あと寝室には絶対にいれないからな!」
そう、こいつの場合『そういうこと』をしかねない。入れ替わりという謎スキルは悪用されると洒落にならないのだ。
「なにを心配しているのだ。キミたちに水をさすような真似はしない。(小声で)たぶん」
んー?なんか今小声で聞こえたような気がするなー?こいつほんとに大丈夫かなー?
僕たちがギャーギャー言っている様子を、彼女はそっと眺めていた。
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瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
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