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 エボニーに乗っての旅は、快適だった。
 この世界に来る前の乗り物を思えば、馬車でさえ振動が大きく体への負担は大きい。なんなら、竜の背中がそういう意味では一番体への負担は少ない気さえする。
 ただ、しっかりと抱えてもらっている安心感と、雨に降られそうだとかそう言った理由でヴィクターが走らせても背中で感じる振動などはあまり変わらないエボニーの安定感は見事としか言いようがなかった。


「エボニー、わたし、あなたなら一人でも乗れる気がしてきた」

 投宿を決めた宿で、エボニーの水をヴィクターが汲みに行っている間に話しかける。
 こちらを見る穏やかな目が笑っているような気がする。
 それは乗れたとしても、自分でエボニーを乗りこなしているわけではない。エボニーが賢いから、こちらを乗せて運んでくれているだけの「乗れる」だけれど。
 きっと、そういう意味で言っていることまで伝わっているんだろうな、と思える顔をしている。

「乗れるだろうな」

 不意に背後から声をかけられて、驚いて振り返る。
 思った以上に早く戻ったヴィクターが水桶を持ってすぐ近くまで来ていた。

「何かあったときは、トワを乗せて離れるんだぞ」

 小さく短く鼻でないて頷く様子は、完全に、意思疎通をして会話をしているようだ。
 もしかしたら、ヴィクターはフォスと同じようにエボニーとも会話しているのかもしれない。





 山の麓の村は小さな集落で、宿といってもそれを生業としているのではなく、人を泊める余裕がある家が受け入れているようだった。
 少しいくと深い森があり、日中はその向こうに切り立つ山々が見えた。中腹より下から白く雪に覆われて、頂の方は雲に隠れて見えない。ここに来るまでも標高を上げてきていたようで、かなり気温は下がっている。

 人里離れているからこそ、この小さな村では今まで以上に黒であることで受け入れてもらえないかと思ったけれど、そんなことはなかった。
 黒を見慣れず、話だけに聞く黒を恐れて村に入れてもらえない可能性も考えたし、ヴィクターも想定しているような口ぶりだった。

 けれど実際は、今までのどこよりもすんなりと受け入れられた。
 この先の森に囲まれた山地はどこの国にも属さない土地らしく、その理由は、そもそもそこに立ち入ることがほぼできないからだ、という。
 迷いの森、と呼ばれる森は足を踏み入れても気づくと森の外に出ていて中に入って行けず、逆に中に入ることができた場合には外にはいないような動物や種族、場合によっては魔族に遭遇して危険が伴う。
 というのは、入ることができて何とか生きて出てくることができた強者から伝えられているが、帰ってくることができないものがどれだけいるかもわからない。さらに山地にまで辿り着ければそこは竜が棲むと言われているのだと。
 言われている、というのは、確認ができていないからだ。ヴィクターたちのように共存をしているわけではなく、ここに棲む竜は騎竜になることもない。
 この未知の土地を踏破しようとする命知らずは多く、その難易度の高さから黒持ちも多く訪れるのだという。
 この村以外にもこの山地を囲む場所にいくつか小さな集落があるらしいが、どれもそんな命知らずが挑戦する足がかりにするために住み着いたのが始まりで、その子孫が集落を形成するに至っているのだという。
 森も奥に入ろうとしなければ薪を集めたり多少の木の実やきのこ類などの恵みもあり、川もあり、畑から収穫を得られる程度の気候なので困りはしないのだという。

「だから、安心してその馬も預けていっていいからね」

 気のいいその宿の女性はご飯を出しながらそう言う。
 エボニーはここから先は連れて行けないとヴィクターも言っていた。
 初めてくる場所だがどこの国にも伝わってくる有名な秘境で、騎獣は連れていくなとされているらしい。
 道に迷いやすく、危険も多い場所で、そもそも「道」と言えるようなものもない場所は自ら望むのでなければそれは死なせるために連れていくようなものだ、と。
 自分で行くのは命知らずだが、従わせて動物を連れていくのは、違う、と。


 知らずにここに連れてこられて捨てられたら緩やかな処刑のようなものだと思ったが、口にはしなかったのにヴィクターが察したかのように苦笑いをする。

「周辺国ではここに罪人を放逐する死罪に近い流罪の罰があったところも昔はあるが、そもそもそこまで罪人を連れていくことができず途絶えたくらいだ」



 そんなところに、と奥から青年が顔を出してヴィクターを見やる。
 先ほどの女性の息子だという彼は大きな体をしていて、太い腕を組んでヴィクターを睨んだ。

「こんな華奢な女の子を連れて入るなんて。馬と一緒に預かるぞ」

 どうも、だいぶ幼く見られている気がする。
 ヴィクターもそれは感じ取ったようで揶揄うような目をこちらに向けてきた。自分だって、こちらが年齢を言ってもずっと馴染まなかったくせに。



 その問題の土地。森を超えた山地の深いところに、訪ねていく「代替わりし損ねた」神龍がいるとノルが話していた。
 し損ねているから、神龍でさえ森から入って苦労して辿り着かなければならないと言っていた。
 簡単に入り込むことができる場所であれば、どういう状態かは分からないけれどきっと、その神龍にとって危険ということなのだろう。
 話に聞く命知らずな冒険者たちに見つかれば、竜族が多くそうであるように狩られてその全身を貴重な素材として扱われかねない。


「わたしがここに行きたいとお願いしたんです」


 久しぶりの、黒でも気にする様子のない人たちを相手に、温かい食事をもらいながら伝えると、そろって目を見開き、何かを言おうとする。
 けれど、その前に重ねて言った。


「行かないといけないんです」


「彼女に色々な場所を見せてやるための旅でもある。心配はありがたいが、俺の黒ははったりじゃない。申し訳ないが、戻るまでエボニーを頼む」


 言いながら、ヴィクターが革の鞄を一つ渡す。これも魔道具で、どれだけ詰め込んできたのか、エボニーのご飯はいつもここから出てきていた。
 食糧は渡して、その他の預り賃は戻ってから渡すというような話をしている。




 食事を終えると、ゆっくり入るといいと風呂まで提供してくれた。
 そもそもがあの場所に入ろうとしていたような人たちの子孫なので、概ね魔法の扱いにも長けているし魔道具にも馴染みがあるらしい。
 風呂というのも貴族や富裕層のものと思っていたけれど、色々な経験をする冒険者にとっても馴染みのあるものらしい。
 思いがけず快適に過ごして、当たり前のように、お風呂の後はヴィクターから治癒魔法を流される。

 いつの間にか同じ寝台で眠ることにも慣れてしまい、久しぶりのお風呂でくつろいだ結果、治癒魔法を流してもらう心地よさでそのままその夜は寝落ちていた。




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