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 よろけて倒れ込んだ聖女を慌てて王太子が助け起こすのを眺めて同情する。咄嗟に支えなかったことに腹を立てているのだろうなと見ていると、視線を感じてそちらを見上げた。
 ヴィクターの金の目が気遣わしげに向けられている。
 ずっと、こちらに来てから聖女とは碌なことがない。居合わせるだけでも嫌な思いをするのではと心配している様子は、本当に過保護で思わず口元に笑みが浮かぶ。

 それが良くなかった。
 聖女を笑ったわけではないが、そうとられた。
 しまったと思っても遅い。

「自分が婚約して、勝ったつもり?」

「…聖女様?」


 助け起こしたまま腕を貸している王太子た驚いた顔を聖女の方に向ける。愛らしい顔しか見てこなかったのだろう。
 その様子をアメリアはなんの感情も浮かんでいない顔で眺めている。
 アメリアと婚約破棄した一番の原因は、聖女と王太子が結ばれることで聖女の力を確実に国の利になるようにしようとしたことだった。
 そもそも、その思惑がある人たちの中に聖女の魅了の魔法が向けられたのだから、抵抗する気すらなかっただろう。
 そのような考えを王太子自身が持っていたのか、どう思っていたのかはもう定かではない。どちらにせよ、魅了で完全に聖女を信奉した王太子が婚約破棄に迷うことはなかった。

 その婚約破棄からだいぶ経ち、忙しい合間にもどうやら王弟殿下はアメリアとの婚約にこぎつけた様子なのに、すでに後釜を見据えていたはずの王太子の方は話が進んでいる様子もない。


「あんたが予定通りの役割を放棄するから、あんたみたいな異分子が紛れ込んだから、こんなことになってるんだ」


 荒い声と言葉を吐き出して、聖女はアメリアとわたしを睨み据えている。
 胸がざわざわして気持ち悪い。怖い、という気持ちは湧いてこない。それは昔からだ。
 確かに彼女は周りを味方につける。味方という強みをより感じられるように、誰かを弾き出して。そのことは悔しいし感じるところはたくさんあったけれど、今は違う。

 味方がいる。

「わたしをばかにしに来たの?」

「そんなはずありません」

 落ち着いていられるのは、ヴィクターたちのおかげだ。過保護なくらいにしっかりと張り付いたヴィクターが絶対にそばにいてくれると信じられる安心感。


「わたしたちは陛下に報告に伺っただけです。ここで聖女様にお会いしたのは偶然こちらにお越しになったからです」


 あんたが勝手に来たんだ、とはあえて言わない。
 どうせ言わなくても、そう聞き取るだろうから。

 案の定、カッとなったような顔で睨まれる。見覚えのない可愛らしい絶世の美女の顔立ちで睨まれた表情は、見覚えのある顔と重なる。


 不意に背後で気配がして、身をかがめたヴィクターが耳元で苦笑まじりに囁く。

「トワ、お前も挑発するな。ああいう手合いは後まで厄介だぞ」

 聞こえてたらそれも、挑発ですよ、と思いながら反射的に片手で囁かれた耳を押さえる。低いいい声にぞわっと鳥肌が立つ。
 反応が期待通りだったのか、満足げなヴィクターにしっかりと腰を引き寄せられた。


「陛下、聖女様もお疲れのご様子。陛下も謁見を終えてまでお付き合いいただいては休息時間がなくなります。これで退席いたします」

「何をいう。披露目の場を設けるぞ」

 聖女に関しては一切触れず、国王陛下がまるでヴィクターの親戚のおじさんのように喜んだ様子でいうと、ヴィクターの方は迷惑そうに顔を顰める。

「殿下とアメリアの方はお任せします。我々は、必要ありませんよ」

 慌てて大きく頷く。そういう場所は場違いすぎていたたまれない。しかも、遠巻きに噂されることは想像できるし、直接的に言われるのも続けばダメージは蓄積される。
 あの、辺境伯家の息子をたぶらかした、竜騎士隊長を射止めた、令嬢たちからは羨む目で見られるのだろうか。


 何を考えているかを察した様子でアメリアが含み笑いをする。


「トワ、大丈夫よ。お兄様は特段令嬢たちから人気が高いわけではないわ。黒持ちの伴侶になれる器の人間がそもそもまずいないのよ」


 ヴィクターの魔力を受け止めきれずに魔力酔を起こして大変なのだと。互いの利害関係は一致していてちょうど良かったというけれど、そんな風に敬遠されるのも寂しい。

 勝手なことを思っていると、ヴィクターがさっさと話を進める。

「トワを少し連れ歩いていろんな場所を見せるつもりです」

 これは、神龍を探すための口実。でも実際、そうやっていろんな場所に行けるのは楽しみだ。竜騎士という肩書きがなくなっても竜に騎乗していれば相手を警戒させるから、他国に足を伸ばす旅はフォスを連れていけないといっていたけれど。


「アメリアは一度連れ帰ります。殿下、また必要なことは両親とアメリアと決めてください」

「承知している。しかし、アメリア嬢まで連れ帰ってしまうのなら、ゆっくりしていけと引き留めたいところだな」

「できませんね」

 きっぱりと言ったヴィクターの目ははっきりと聖女に向けられている。
 蚊帳の外で続いていく会話に口を挟む余地もなく顔色を悪くしている聖女は、その視線に睨むような目をこちらに向ける。
 この状況でも、その顔をヴィクターに向けないのはさすがだなと感心してしまう。ただ、見られているから結果は同じだろうけれど。むしろ、ヴィクターに向けた方が心証は悪くないかもしれない。自分で言うのもだが、わたしに向けられた悪意にヴィクターは手厳しい。



「王太子殿下、殿下とのご縁はありませんでしたが、辺境伯家と王家の縁は繋がることができました。殿下も、お役目を果たされますよう」


 この人でも嫌味を言うんだな、と思ったけれど、顔を見上げて思い直した。嫌味ではない。ただ本当に、シンプルにそう思っているだけで悪意はないのだ。

 そのままヴィクターにエスコートされて退席する形になりそうな気配を察し、慌てて礼をとる。
 来い、と促されたアメリアは、ふわりと優雅に挨拶をしてヴィクターに並んだ。

 背後から陛下の声がかかる。


「旅から戻って婚礼をあげるときにまた寄りなさい」


 柔らかい口調と表情にホッとする。この方が国王で采配をとっている限り、この国は大丈夫だと思える。




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