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しおりを挟む国王の執務室は機能的で驚くほどに簡素だった。
「こんな部屋ですまぬな。応接用の部屋もあるがこちらの方が落ち着く」
言いながら、仕事の話はしやすそうな大きな机の周りに複数の椅子が並べられたうちの一つにさっさと腰を下ろす様子は、本当に疲れた様子だ。
わたしたちで謁見は最後だと話していたのだから、それまでにもいくつもの謁見対応をしていたのだろう。
部屋の隅にお茶を淹れられるよう道具が一式揃っているのを見つけ、ヴィクターを見上げる。
すぐに察した様子で頷かれ、そちらに向かおうとすると、当たり前のようにぴたりとヴィクターがついてくる。
王城の中は安全とは言えないから離れるな、と言われていたがまさかここまで、と思っていると似たようなことを思ったのか一緒に来ていた王弟殿下が苦笑いで嗜める。彼もすでにアメリアを促して一緒に腰を下ろしていた。
「ヴィクター、いくらなんでも過保護だろう。この部屋は大丈夫だ。もらった葉をそこに生けてある」
生ける?と怪訝に思って示された方を見ると、確かに見覚えのある葉が小さな鉢植えに生けられている。根を下ろすんだろうか、と首を傾げている間に、不服そうな面持ちでヴィクターが離れていった。
タイちゃんの精霊の特質のおかげで、わたしが作った食事や淹れたお茶は回復効果が高い。
そう思って淹れてはみたものの、お出ししようとしてふと気づく。相手は一国の王だ。素性もわからない人間が淹れたものを口にするわけにもいかないだろう。
それでも、少しでも疲れを癒したいと思うほどに国王は疲れた様子なのだ。一式、ここに揃っていたものを使ったのだから多少は許されないだろうかと思いながら、とりあえずはお出ししてみる。
そもそも人払いをしてここに通されたのか、この中には国王陛下と王弟殿下以外はわたしたちしかいない。
「ああ、気を遣わせたな」
そっと前に置くと、穏やかに声をかけてくれる。先に声をかけられたことで、言葉を返すことができる。身分が上の方に、特に王族に許しなく先に言葉を発してはいけないと教わった。
「わたしが先に口をつければ、陛下も召し上がることができますか?だいぶお疲れの様子で…」
いくらなんでも不躾だとは思うが、ついそう言うと、陛下は気にする様子もなくさっさと目の前のカップに口をつけてしまう。
「えっ」
「この部屋にあったものを使ったのに疑う必要もない。何よりそなたは魔法を扱うこともできないと聞いている」
疑う余地もない、と言うのはありがたいなと思いながら他の方たちにもお茶を出し、ヴィクターに示された空いた椅子に腰を下ろした。
一息ついて本題、と陛下が口火を切る。
とても単刀直入に。
「そなたにひとつ聞きたい。辺境伯領からニルスが持ち帰った話だ。事実そうだった場合、それをそなたはどう考える」
聖女は、瘴気を浄化するのではなく、取り込んでいる。
それは一つの仮説だった。だから、聖女の近くでは瘴気を発する魔素だまりに近づいたような体の不調が出る、と。
それについてどう思うかは、誰とも話したことがなかった。聞かれもしない。
良いも悪いもない。
きっと、それを論じるような話ではないとみんな思っている。それを陛下は問いかけた。
「それが、聖女様の心身に悪影響をもたらさないのであれば、さして問題視することではないと思います」
感じるままに答えると、さすがに驚いたようにヴィクターたちがこちらを振り返る。
瘴気を取り込む、など考えられる沙汰ではないのだろう。
「わたしがこの世界の魔素に耐性がなく、魔力変換もままならないように、この世界の方には悪影響を与える瘴気も別の世界から来た聖女様には影響がないことも可能性としては考えられると思います」
そう、これはあくまでも、可能性の話。だが、状況を考え、そして実際取り込んでいるとすれば、影響はない、または少ない可能性は比較的高いだろう。
「浄化の方法を教わっても、必要とされるだけの瘴気の浄化を進めることができない状況で、例えば偶然にでも瘴気が体内に入ったものの大丈夫だったとなれば、浄化より効率が良いとお考えの可能性もあります。この世界の方が魔素を自身の魔力に変換するように、瘴気でも魔力に変換して活用することができるとすれば、そのこと自体に問題があるとは思いません」
「なるほど。しかしそうであれば、その事実を伝える必要があると思うが?」
「必要はあると思います。ですが、感情的に難しいと思います。わたしはこの世界に来て、瘴気が体内に入れば死に至るか魔物化すると教わりました。それを取り込んでいるなどと言えば、聖女と言われていたはずが真逆の扱いを受けかねないと恐れるのではないでしょうか。この国が、必要だからと召喚した聖女様です。求められる結果を出すためにご自身で対処方法を見つけたのであれば、それがご本人に悪影響がないのであればそれを支えて差し上げるのが道理だと思います」
ただし、と言って、さすがに少し躊躇った。
だがおそらく、彼女はそれを行なっている。
「取り込んだ瘴気を自身の魔力として活用することで浄化と同じ結果を導き出すのではなく、それをご自身の都合で瘴気のまま誰かに向けているようなことがあるとすれば、それは許されることではないと思います。この世界の方達にとってそれは、毒になるのですから」
竜舎で彼女は、それを行なった可能性が高い。聖女は二度とこの国の竜騎士にも竜にも近づくことができないだろうとヴィクターは言っていたけれど。
それでも辺境伯領に来た時に一度は足を踏み入れることを許したのは、そうしなければいつまでも繰り返され、竜たちが暴走する懸念すらあったからなのだと後から聞いた。
竜に国境は関係ない。近づけないのはこの国に限ったことではない可能性の方が高いとも言っていた。
「害意があってのことではなく、対処法として見つけたものであるなら良しとするか。なるほど」
深く頷く様子に、陛下もそれは考えたのだろうと思う。すんなりとこちらの言い分を飲み込む様子がそう感じさせた。
「そなたが魔素耐性がないと聞き、冷静になって同じような可能性は考えた。聖女である以上、浄化の力がないわけではないだろう。だが、その力の強さは個人差がある。それは仕方のないことだが、召喚した以上は、結果を求めるのだろうな。勝手な話だが」
そう言うけれど、今回の召喚は国王陛下が承知しての話ではなかった。それでも、国で起きたことだと責任ある身として考えているのだ。
ようやく言葉を交わしたこの国の王の姿に、ひどく安堵していると、部屋の外、離れた場所の騒ぎが伝わってくる。
何事か、と様子を見にヴィクターが立ち上がるのと同時位で、扉が叩かれた。
陛下が応じると、入ってきたのは王太子だ。
「なんの騒ぎだ」
それが、と一瞬伝え方に迷う様子を見せた王太子の姿に、誰もが察する。
「聖女様が、同席を希望されています」
父親、ではなく、国王に対して、結局事実だけを伝えた王太子は、そのような行動を制御できなかったことを責められると感じているように視線を下げる。
同席を希望、と言うだけではなさそうだ。
あの日以降、聖女は王城の中でも行動できる範囲を限定されていると聞く。そこに自由に通されたことが気に入らないのだろう。
顔色を変える様子もなく、陛下も短く応じた。
「聖女様はこの部屋が好きではなかっただろう。謁見の控えの間でお待ちいただきなさい」
全てを拒絶すれば聖女の面目が立たず厄介になると考えたのだろうか。それでも全てを受け入れはしない。
ほっとした様子で下がる王太子に、なんとなく同情した。
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