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しおりを挟む正装に身を包んだヴィクターを、思わず言葉を失って見つめてしまった。
騎士服や、騎士団の正装とは違い、今回は貴族としての正装で初めて見る姿は本当に物語から出てきたかのようで食い入るように見惚れてしまった。
とはいえ、目が合うとなんとなく気恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
王に謁見するような服はないと思っていたけれど、いつの間にか、しかもヴィクターと揃いで数着用意されていた。好みのものを選ばせようとしても固辞するだろうと見越したアメリアが、他の普段着と一緒に手配していたらしい。
こういう場になるととてもありがたいけれど、やはり申し訳なさが先に立つ。
返すあてがないのだから。
ただ、ヴィクターはヴィクターで、違うところで不満そうだ。
「アメリア、一声かけるものではないか?」
「あら、お兄様。トワの身の回りのことはわたくしに任せるとおっしゃったでしょう?」
ふふ、と優雅に微笑んでアメリアは身支度を整えられたわたしの姿を点検するように上から下まであらためて見ている。
反射的に背筋が伸びる。こちらでの生活に困らないようにとアメリアが教えてくれた様々なことの中にはマナーもあり、立ち居振る舞いも教えられた。あれはきっと、庶民の生活ではなく貴族の生活に困らないことたち。
立ち姿ひとつ、歩き方ひとつとっても、これまで自分がどれだけ何も気を遣わないでいたのか思い知らされた。
「ご自分が最初にトワにドレスを贈りたかったのでしょうが、そういったことに気が回るような生活をしないできた結果ですよ」
アメリアにサクッとヴィクターがやり込められている姿はだいぶ微笑ましい。仲の良い兄妹だなと。
肌触りの良い濃紺の生地に品の良い金糸の刺繍が繊細に施されている。
ただ、何せこのような装いはあの夜会以来で、それ以前には経験もない。裾を引くようなドレスも高いヒールも慣れてはおらず、付け焼き刃の立ち姿も歩き方も転んで台無しにしそうだ。
濃紺は、フォスの目の色、金糸はヴィクターの目の色。
2人の髪色の衣装もあったが、あまりに暗いとこれをアメリアが選んだ。
「トワ、今度は俺が用意する。気が回らなくてすまない」
「いえ、そんな…というか、もう十分ですよ?」
「無骨な服ばかり見ていたお兄様では怪しいですわよ、トワ。竜騎士であることを理由に夜会も全くと言っていいほど出ていない方だもの」
そんなやりとりは、王都の辺境伯邸での身支度で。
案の定、歩く足元が怪しいわたしは、エスコートという名の介助をされているようなものだ。傍目にはきっと、優雅にヴィクターが差し出した腕に手を添えているように見えるだろうけれど、ほぼほぼ頼り切っている。
こちらを見下ろす金色の目が楽しげに細められるのを、少し恨めしい思いで見上げる。ヒールを低くすれば裾を必要以上に引きずってしまうしと、どうにも1人立ちできなかっただけなのだ。
王宮に着くと、そのまま謁見の間へ案内される。謁見の時間は王宮で執務にあたる一定以上の位階の人たちは謁見の間に居並んでいて、その間を通っていくようになる。
なおさら緊張すると、手に力が入ったようでヴィクターの腕に添えた(実際はつかまった)手にそっと、反対側のヴィクターの手が添えられる。大丈夫だ、とでもいうような仕草にもう一度お腹に力を込め直して、一緒に歩を進めた。
教わったとおりの礼をとると、思いの外すぐに声がかかる。
「2人とも、顔を上げて楽に」
穏やかだが力強い声に顔をあげる。
一度だけ、あの地下室で一瞬顔を合わせた人。
あの時よりもさらに疲労を思わせる顔をしていたが、その目は力強くこちらに向けられている。
「ヴィクター、やっと良い報告が聞けるようだな?」
楽しげな声色に、ヴィクターがしっかりと礼をとって応じる。
「この度婚約の報告にあがりました。陛下からはご許可と祝福を賜りたく存じます」
「竜騎士の婚姻に否と言える者などいない。先ほどそなたの妹とわたしの弟の婚約も決まったところだ」
正式な発表がされていなかったのか、周囲が一際ざわつく。
ヴィクターについては、わたしを伴って入場したことで要件の察しはついていたのだろう。あらかじめこの場には伝えられていた可能性もある。
ただ、王弟殿下の婚約は、爆弾発言だったようだ。
愉快そうにしている国王陛下に、今度はヴィクターが爆弾を落とす。
「はい。つきましては、竜騎士隊を除隊したいと考えております。当家と縁続きになることで王弟殿下は竜騎士隊に復帰することも可能となるでしょう。であれば、竜騎士隊長の席は殿下にお返ししたいと考えております」
「待て、それは初耳だぞ」
そもそも、王弟殿下が竜騎士隊に戻る話すら出ていない様子だ。
素知らぬ顔のヴィクターは気に留める様子もなく続ける。
「殿下が戻られないとしても、わたしはこの機に除隊し、彼女との時間を優先させていただきます」
事情は、言わずともわかるだろうと聞こえそうだ。
魔力に耐性がなく、自分で魔素から変換することもできない婚約者。体に馴染んだ魔力の持ち主と極力一緒にいた方が安心なのだ。
実際それもあるだろう。それ以上に、今後神龍の元を訪れるのに、一国の竜騎士隊長が他国に好き勝手に出入りするのは支障があるのだろう。どちらにせよ、わたしのため、だ。
「……まったく。話は聞こう。今日の謁見はお前たちで最後だ。2人とも、このままついてこい」
言うなり、国王は立ち上がって颯爽と歩き出す。引き締まった大きな体は、この国を背負ってなお、安定しているように見える。
言い分は聴こう、という以外に、公の場での話は済んだから、公でできない話をしたいという意図がある。
王弟殿下が辺境伯領から持ち帰った仮説。
王宮で魔素だまりが、瘴気が発生している話。
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