上 下
74 / 83

65

しおりを挟む
 
 
 
 正装に身を包んだヴィクターを、思わず言葉を失って見つめてしまった。
 騎士服や、騎士団の正装とは違い、今回は貴族としての正装で初めて見る姿は本当に物語から出てきたかのようで食い入るように見惚れてしまった。
 とはいえ、目が合うとなんとなく気恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
 王に謁見するような服はないと思っていたけれど、いつの間にか、しかもヴィクターと揃いで数着用意されていた。好みのものを選ばせようとしても固辞するだろうと見越したアメリアが、他の普段着と一緒に手配していたらしい。
 こういう場になるととてもありがたいけれど、やはり申し訳なさが先に立つ。
 返すあてがないのだから。


 ただ、ヴィクターはヴィクターで、違うところで不満そうだ。

「アメリア、一声かけるものではないか?」

「あら、お兄様。トワの身の回りのことはわたくしに任せるとおっしゃったでしょう?」

 ふふ、と優雅に微笑んでアメリアは身支度を整えられたわたしの姿を点検するように上から下まであらためて見ている。
 反射的に背筋が伸びる。こちらでの生活に困らないようにとアメリアが教えてくれた様々なことの中にはマナーもあり、立ち居振る舞いも教えられた。あれはきっと、庶民の生活ではなく貴族の生活に困らないことたち。
 立ち姿ひとつ、歩き方ひとつとっても、これまで自分がどれだけ何も気を遣わないでいたのか思い知らされた。

「ご自分が最初にトワにドレスを贈りたかったのでしょうが、そういったことに気が回るような生活をしないできた結果ですよ」


 アメリアにサクッとヴィクターがやり込められている姿はだいぶ微笑ましい。仲の良い兄妹だなと。


 肌触りの良い濃紺の生地に品の良い金糸の刺繍が繊細に施されている。
 ただ、何せこのような装いは夜会以来で、それ以前には経験もない。裾を引くようなドレスも高いヒールも慣れてはおらず、付け焼き刃の立ち姿も歩き方も転んで台無しにしそうだ。
 濃紺は、フォスの目の色、金糸はヴィクターの目の色。
 2人の髪色の衣装もあったが、あまりに暗いとこれをアメリアが選んだ。

「トワ、今度は俺が用意する。気が回らなくてすまない」
「いえ、そんな…というか、もう十分ですよ?」


「無骨な服ばかり見ていたお兄様では怪しいですわよ、トワ。竜騎士であることを理由に夜会も全くと言っていいほど出ていない方だもの」







 そんなやりとりは、王都の辺境伯邸での身支度で。
 案の定、歩く足元が怪しいわたしは、エスコートという名の介助をされているようなものだ。傍目にはきっと、優雅にヴィクターが差し出した腕に手を添えているように見えるだろうけれど、ほぼほぼ頼り切っている。
 こちらを見下ろす金色の目が楽しげに細められるのを、少し恨めしい思いで見上げる。ヒールを低くすれば裾を必要以上に引きずってしまうしと、どうにも1人立ちできなかっただけなのだ。

 王宮に着くと、そのまま謁見の間へ案内される。謁見の時間は王宮で執務にあたる一定以上の位階の人たちは謁見の間に居並んでいて、その間を通っていくようになる。
 なおさら緊張すると、手に力が入ったようでヴィクターの腕に添えた(実際はつかまった)手にそっと、反対側のヴィクターの手が添えられる。大丈夫だ、とでもいうような仕草にもう一度お腹に力を込め直して、一緒に歩を進めた。



 教わったとおりの礼をとると、思いの外すぐに声がかかる。

「2人とも、顔を上げて楽に」

 穏やかだが力強い声に顔をあげる。
 一度だけ、あの地下室で一瞬顔を合わせた人。

 あの時よりもさらに疲労を思わせる顔をしていたが、その目は力強くこちらに向けられている。



「ヴィクター、やっと良い報告が聞けるようだな?」

 楽しげな声色に、ヴィクターがしっかりと礼をとって応じる。

「この度婚約の報告にあがりました。陛下からはご許可と祝福を賜りたく存じます」

「竜騎士の婚姻に否と言える者などいない。先ほどそなたの妹とわたしの弟の婚約も決まったところだ」


 正式な発表がされていなかったのか、周囲が一際ざわつく。
 ヴィクターについては、わたしを伴って入場したことで要件の察しはついていたのだろう。あらかじめこの場には伝えられていた可能性もある。
 ただ、王弟殿下の婚約は、爆弾発言だったようだ。
 愉快そうにしている国王陛下に、今度はヴィクターが爆弾を落とす。


「はい。つきましては、竜騎士隊を除隊したいと考えております。当家と縁続きになることで王弟殿下は竜騎士隊に復帰することも可能となるでしょう。であれば、竜騎士隊長の席は殿下にお返ししたいと考えております」

「待て、それは初耳だぞ」

 そもそも、王弟殿下が竜騎士隊に戻る話すら出ていない様子だ。

 素知らぬ顔のヴィクターは気に留める様子もなく続ける。

「殿下が戻られないとしても、わたしはこの機に除隊し、彼女との時間を優先させていただきます」


 事情は、言わずともわかるだろうと聞こえそうだ。
 魔力に耐性がなく、自分で魔素から変換することもできない婚約者。体に馴染んだ魔力の持ち主と極力一緒にいた方が安心なのだ。
 実際それもあるだろう。それ以上に、今後神龍の元を訪れるのに、一国の竜騎士隊長が他国に好き勝手に出入りするのは支障があるのだろう。どちらにせよ、わたしのため、だ。



「……まったく。話は聞こう。今日の謁見はお前たちで最後だ。2人とも、このままついてこい」


 言うなり、国王は立ち上がって颯爽と歩き出す。引き締まった大きな体は、この国を背負ってなお、安定しているように見える。

 言い分は聴こう、という以外に、公の場での話は済んだから、公でできない話をしたいという意図がある。



 王弟殿下が辺境伯領から持ち帰った仮説。
 王宮で魔素だまりが、瘴気が発生している話。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移~治癒師の日常

コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が… こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18) すいません少し並びを変えております。(2017/12/25) カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15) エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)

形成級メイクで異世界転生してしまった〜まじか最高!〜

ななこ
ファンタジー
ぱっちり二重、艶やかな唇、薄く色付いた頬、乳白色の肌、細身すぎないプロポーション。 全部努力の賜物だけどほんとの姿じゃない。 神様は勘違いしていたらしい。 形成級ナチュラルメイクのこの顔面が、素の顔だと!! ……ラッキーサイコー!!!  すっぴんが地味系女子だった主人公OL(二十代後半)が、全身形成級の姿が素の姿となった美少女冒険者(16歳)になり異世界を謳歌する話。

オタクな母娘が異世界転生しちゃいました

yanako
ファンタジー
中学生のオタクな娘とアラフィフオタク母が異世界転生しちゃいました。 二人合わせて読んだ異世界転生小説は一体何冊なのか!転生しちゃった世界は一体どの話なのか! ごく普通の一般日本人が転生したら、どうなる?どうする?

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

器用貧乏の底辺冒険者~俺だけ使える『ステータスボード』で最強になる!~

夢・風魔
ファンタジー
*タイトル少し変更しました。 全ての能力が平均的で、これと言って突出したところもない主人公。 適正職も見つからず、未だに見習いから職業を決められずにいる。 パーティーでは荷物持ち兼、交代要員。 全ての見習い職業の「初期スキル」を使えるがそれだけ。 ある日、新しく発見されたダンジョンにパーティーメンバーと潜るとモンスターハウスに遭遇してパーティー決壊の危機に。 パーティーリーダーの裏切りによって囮にされたロイドは、仲間たちにも見捨てられひとりダンジョン内を必死に逃げ惑う。 突然地面が陥没し、そこでロイドは『ステータスボード』を手に入れた。 ロイドのステータスはオール25。 彼にはユニークスキルが備わっていた。 ステータスが強制的に平均化される、ユニークスキルが……。 ステータスボードを手に入れてからロイドの人生は一変する。 LVUPで付与されるポイントを使ってステータスUP、スキル獲得。 不器用大富豪と蔑まれてきたロイドは、ひとりで前衛後衛支援の全てをこなす 最強の冒険者として称えられるようになる・・・かも? 【過度なざまぁはありませんが、結果的にはそうなる・・みたいな?】

転生幼女が魔法無双で素材を集めて物作り&ほのぼの天気予報ライフ 「あたし『お天気キャスター』になるの! 願ったのは『大魔術師』じゃないの!」

なつきコイン
ファンタジー
転生者の幼女レイニィは、女神から現代知識を異世界に広めることの引き換えに、なりたかった『お天気キャスター』になるため、加護と仮職(プレジョブ)を授かった。 授かった加護は、前世の記憶(異世界)、魔力無限、自己再生 そして、仮職(プレジョブ)は『大魔術師(仮)』 仮職が『お天気キャスター』でなかったことにショックを受けるが、まだ仮職だ。『お天気キャスター』の職を得るため、努力を重ねることにした。 魔術の勉強や試練の達成、同時に気象観測もしようとしたが、この世界、肝心の観測器具が温度計すらなかった。なければどうする。作るしかないでしょう。 常識外れの魔法を駆使し、蟻の化け物やスライムを狩り、素材を集めて観測器具を作っていく。 ほのぼの家族と周りのみんなに助けられ、レイニィは『お天気キャスター』目指して、今日も頑張る。時々は頑張り過ぎちゃうけど、それはご愛敬だ。 カクヨム、小説家になろう、ノベルアップ+、Novelism、ノベルバ、アルファポリス、に公開中 タイトルを 「転生したって、あたし『お天気キャスター』になるの! そう女神様にお願いしたのに、なぜ『大魔術師(仮)』?!」 から変更しました。

処理中です...