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「代替わりし損ねた…?」

 ついおうむ返しのようにセージ先生が聞き返した。
 ヒトと違い、エルフ族や獣人族にとっては神龍も竜脈も承知の話で、だからこそ神龍に関しては不可侵だし守るべきものなのだ、という。守る、と言っても神龍自体が遥かに力を持っているから実際に何かということは滅多にあることではないらしいが。
 お構いなしなのは、瘴気を糧とする魔族くらいのものだと。


 動けないでいる間に聞いたそんな話を思い返しながら、セージ先生の取り繕えない厳しい顔を見る。普段、穏やかな様子しか見ないからそれが事態の深刻さを伝えてくる。


 けれど、ノルの方はそんなことは気にしない様子でヴィクターに目を向けたまま、不思議そうにその表情をわずかに変えた。


「こちらも一つ聞くが。なぜ番にならない」




 言われている意味がわからず、ヴィクターの様子を伺ったが、ヴィクターにしてもさっぱり分からないようだ。何を言っているのか、という様子で眉間に皺を寄せている。

「番、とは獣人族に色濃くあるとは教えてもらいましたが…」

 ブレイクが話していた。同じ種族同士とは限らないもので、ブレイクの番はレイ殿下だった。おかげでレイ殿下は魔力飽和の不調の心配がなくなったと言っていた。竜騎士が騎竜と魔力を交わすことでヴィクターのように魔力飽和を緩和しているのだから、番でそばにいれば緩和されるのだろうと思っていたが。
 どうしてその話がここで出てくるのかも分からない。

 獣人族ほどの強制力はないもののエルフ族にもあるという。フォスに番竜がいることからも、竜族にもあるのだということはわかる。



「…誰も教えていないのか?」


 ノルの方が、舌打ちしそうな様子で言う。

 反応したのはタイちゃんだった。


「神龍の器の番の話は、神龍がすべき話だ。蒼の神龍の力を受け取り、ようやく動けるようになったトワに無理を強いたのはお前だ」

 いつもの可愛い雰囲気はない。なるほど、精霊の威厳もあるのだなと変な感心をしてしまう。
 が、そんなやり取りにヴィクターが割って入った。


「誰が話すべきかはどうでもいい。そもそも谷の神龍では話が聞けない。今話せ。ヒトにも番になることができるのか。そのことに意味があるのか」


 それには呆れたようにブレイクが先に答える。

「レイは俺の番だ。獣人にとって番を失うことは生きることそのものに苦痛を伴うようになる。別種族が番になれば寿命の長い種族の寿命に合うようになる。これは獣人族に限ったことではない」

 ヒトが番の一方になれる以上、ヒトにも番があるに決まっているだろうという言い振りにヴィクターは返す言葉に詰まっている。
 竜騎士の家系でもその話は知られていないのかとブレイクはブレイクで驚いた様子だ。
 それぞれに生きる道をわけてしまった種族同士、知らないことは多いということだ。原因の多くはヒトにあるようだけれど。その結果、番がヒトだったブレイクのような人は苦労をしているということなんだろう。巡り会うことも難しく、巡り会えても理解を得ることすらできないこともあると言っていた。ヒトは番の認識が希薄だから恐れて村総出で殺されたり、恐怖で自害をしてしまい、結果番を失った獣人も耐え難い末路を辿ったりと確執は深い。


「番であれば互いの魔力不調の緩和は格段にしやすくなる。逆にそれほどにお前の魔力に慣らした体で、お前が寿命で先に逝ってしまえば誰からも魔力不調の緩和の助けを得られなくなるぞ」

 それは実際、ヴィクターが心配していたことだった。
 神龍の器になったことで、次代の神龍に受け継ぐまでは在り続けるらしいわたしの寿命は未知数だ。ヒトであるヴィクターは魔力が高いことで多少長命にはなるとされているらしいけれど、竜に及ぶはずもない。自分がいる間に自力で魔力を感じ取って流せるようにならなければ、死ぬことはないからだで想像を絶する不調を抱え続けることになるのではないか、と。
 心配性で過保護なヴィクターは、想像にたやすい未来を心配していた。


「どうすればいい」

 迷う様子もなく問いかけるヴィクターに驚く。
 話を聞くに、番は結婚よりも強い繋がりだ。辺境伯家の跡取りではないとはいえ、貴族で大国の竜騎士隊長。そんなに簡単に決めていい話とは思えない。家の都合もあるだろう。
 番と結婚が別の話だというのなら分かるけれど、これまで聞いていた限りとてもそうとは思えない。

「ヴィクター様?」

「いやか?」

「いやとかそういうことではないです。そんなに簡単に…。しかも今の話では、ヴィクター様はいつ終わるか分からない時間を生きる羽目になるかもしれないんですよ?」


 何を言ってる、とヴィクターは揶揄うように笑った。

「竜の血だ、なんだと。不老不死を求める者もいつの時代もいるんだぞ」

「ヴィクター様はそういう者ではないではないですか」

 そういうことじゃない、と大きな手が伸びてきて頬に当てられる。金色の目に真っ直ぐ見下ろされて動けなくなった。

「俺も、その方法を探していた。どうしたら、お前を残さずに済むかと。それに、番になれば竜脈に干渉しているお前から離れる必要もなくなりそうだ」



 誰も、アメリアさえも止める気配がない。
 こうして助けてくれる人たちが周りに誰もいなくなる未来を想像せずに済むのは、実はとても救われる思いだけれど。ブレイクやセージ先生さえもいなくなったらどうしようとさえ、思ったこともあった。
 タイちゃんだけは残るだろうか、と。
 そんな弱気を見透かされていたようで俯きたくなるが、ヴィクターが許してくれない。


「俺では不満か」

 そんなはずはない。
 でも、誰でも番になれるわけではないだろう。ブレイクにとってのレイ殿下のように、決まった相手ではないのか。



「ヒトは番を認識できないから不便だな」

 そんな弱気を見透かしたようにノルが言った。



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