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 そこからは眠り続けることはなかったけれど、満足に動けるようになるまでに3日かかった。
 ようやく自分のできることを見つけた、と思った料理当番はほとんどできておらず、与えられた役割も果たせているのか怪しい状況だ。
 ヒソクは、いるだけで良いと言っていたけれど。


 ノルは、ほとんどの時間をヒソクの木の下で過ごしているようだった。
 ヴィクターやみんなに気を遣ったのかと思ったけれど、アメリアにそういうと違う、とあっさりと首を横に振られた。

「中にいるように言ったのよ。お兄様も」


 じゃあなぜ、と疑問を浮かべる前に、アメリアがため息混じりに続けていた。



「誰かと一緒にいることが、落ち着かないのね」





 孤独の中にいた漆黒の神龍。
 他者の気配が側にあることも、誰かが暮らす気配を感じることも、声が聞こえることも。
 何もかもが経験がなく、どう受け止めて良いのかすら分からないのだろう、と。



 レイ殿下が言っていたのだという。
 竜騎士であった頃はまだ良かった。竜と絆を結び、黒持ちである魔力飽和を解消し、竜騎士としての役割を果たすことで居場所もあった。けれど、王家と竜の関係が断絶し、それ以外の道を歩むしかなくなると人から敬遠されるようになった。レイが誰なのかも知らない、旅先ですれ違う人たちは遠巻きにし、宿を見つけることすら難しかった。
 黒持ちは、魔力量が多いとされるだけだ。実際どうかなど、誰もきちんと調べたこともない。
 魔力量の多さは他者よりもまずは自分の身に影響する。生きるだけで、大変なのだ。性質が乱暴なわけでも残虐なわけでもなく、その魔力を他者に向けるわけでもない。どうするかは、その個々の性質だ。色は関係ない。
 なのに、遠ざけられる。
 溢れた魔力の暴走が恐ろしいというが、そんな事件が起きた記録がどれだけあるというのか。
 魔力の多さを求め、強者を目指しながら、明らかで圧倒的な強者を排斥する。


「トワの言うのを聞いたら、何も言えなかった」


 そう、レイ殿下は苦笑いをしていたのだと。





 動けるようになって、申し訳ないけれどまずはお風呂に入らせてもらった。
 もともと毎日入って当たり前の国で生きていたのだ。1週間以上寝込んだ後のお風呂は、何物にも変え難い。
 エリンが手伝うとなかなか譲ってくれなかったが、こちらも譲れない。寛いで入りたいのだ。入浴を手伝ってもらうような習慣はない。以前はなんとか納得してもらっていたが、病み上がりということでなかなかの押し問答になってしまった。

 髪の毛から全部、全身を二度洗いして、広い湯船に足を伸ばす。熱めにしてもらったお湯も気持ち良い。何せ水も出せなければお湯も沸かせないからその辺りはお願いするしかない。シャワーは出せないけれど、お湯を溜めて貰えば汲みながら流せば良い。
 これが果たして「湯船」という表現で良いのかは疑問だけれど、まあいい。大型船だと思えばいいんだろう。

 さっぱりして、そうするとお腹が空く。
 ただ、なんだかんだ、ヒソクの時から寝込んだり起き上がったりを繰り返すことになった結果、著しく体力が落ちているらしい。お風呂に入っただけで疲れ、料理をするのに長い時間立っていられる気がしない。
 台所をのぞいて、高めの椅子に腰掛けて簡単で時間のかからないサンドイッチを作る。
 たまごサンドと野菜とハム、からしマヨネーズ…

 そんなことをやっていると、痺れを切らしたヴィクターが覗きにきて、呆れ顔をされる。

「元気そうで何よりだ」

「えへ」

 誤魔化すように笑ってみたが、無視して有無を言わせずに抱え上げられ、出来上がった分のサンドイッチを手早く皿にのせてそれも持ってヴィクターが台所を出る。

「え、まだ終わってないし、片付けも」

「気にするな」


 いや、気にします。

 が、抵抗の余地もなく部屋に連れ戻され、膝に抱えられたままソファに座られる。
 魔力飽和は解消されたものの、まだ万全ではないらしくそこへきて急に動き回ったから体内の魔力の流れがおかしくなっていると言われた。入浴でも料理でも使い続けた手先にばかり集まり、頭や足の方が欠乏状態になっている。だから立っているのも辛いしフラフラする気がしたらしい。
 当たり前のようにヴィクターがそれを治してくれる。貧血に似た感覚があったらしく、そうやってもらうと頭の方の温度が少し上がるような感覚があった。あのまま無自覚に行くと、貧血と同じなら倒れていたところなのだろう。
 過保護、と思っていても口には出せないのは、そうせざるを得ないくらいに手がかかる自覚はあるからだ。



 そんなことをしている間に、部屋にみんなが集まって来て、ノルもタイちゃんと並んで入ってきた。
 テーブルのサンドイッチを見て、みんなあまり疑問に思わない様子で手を伸ばす。こうなると思ったからたくさん作るつもりだったのだけど。
 本当に軽食程度の量になったけれど、ノルにも、食べてもらう。ほぼ無理やり。



「黒の神龍、トワが動けるようになったところで聞いておきたいことがある」

 とりあえず膝からおろしてはくれたヴィクターが口火を切った。わたしも聞きたいことはたくさんあるけれど、ヴィクターにしてみれば聞きたいことも言いたいこともたくさんあるのだろう。

 視線を向けたノルに、神龍と対しているとは思えないほどいつも通りにヴィクターは続ける。

「谷の神龍とは直接言葉が交わせない。人型とはちょうど良かった。一体、トワが引き受けなけれなならない代替わりを控えた竜が何体いるんだ」




 質問の内容からして、答えないのでは、と思った。
 答えないのだろうというくらい間が開いて、静かな声が答えた。



「時が迫っているのは、スオウ。他は100年以上は問題ないはず」


 あと一体ということか、と少し安堵した。確かに、一度に代替わりを迎えるのがそんなにたくさんいては、竜脈が守り切れないだろう。こちらは体は一つしかない。移動することはできても、一度に何箇所もは、無理だ。




 だが、と言葉が続いた。



「代替わりし損ねたのが、他に一体いる」



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