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 息苦しく感じるくらいの沈黙の後、深いため息が聞こえた。
 過保護な竜騎士隊長が大きな手で顔を覆って考え込んでしまっている。


 魔力を使うこともできない、こうしてヴィクターに依存していなければ生きていることも危うい上に、この世界に大事な神龍の力だけは受け取ってしまった。
 こんなアンバランスな人間を、はいそうですか、と、好きにさせるわけにはいかないことくらい、分かってはいる。
 ただ、いつまでもについて回られるのは、正直いい加減嫌気がさしているのだ。

 こちらは、関わる気なんてない。だから放っておいてくれるだけでいいのに。
 きっと、何かが気に食わないのだ。彼女の中の「シナリオ」と違うのだろう。



「トワの言いたいことは、分かった。…分かったが」


 あの聖女は、躊躇いなく、ヴィクターの目の前でアメリアに、彼の妹に攻撃をした。それを妨げたわたしを、王太子を使って長期間幽閉した。いや、あれは、幽閉という言葉では生やさしいものだった。ただ、おかげでレイ殿下やブレイクに会えて、一緒に彼らもあそこから連れ出すことができたと思っているけれど。
 助けが来るなんて、想像もしていなかったからあのようなことができたのだ。外に知られてはならないものに関わる人間を増やすようなことが。



 ヴィクターが警戒しているのは分かるのだ。この国の、この世界の人が考えないことをやりそうな怖さがある。自らを助けていた精霊を躊躇いなく攻撃に差し向け、消滅させようとしたことが何よりも雄弁にそれを物語っている。


 不意に長い腕が伸びてきて、自然な動きでヴィクターの方に顔を向けられた。見上げた顔は、気難しく眉間に皺が寄っている。この人を何も知らずにこの顔を向けられたら怖いだろうな、と漠然と思う。大きな鍛え抜かれた体躯を持ち、驚くほどに整った顔をしている。


「会うことは構わない。お前は頑固だから、そうしなければ納得できないことがあるんだろう」


 諦め切ったような言い方に思わず苦笑いになる。
 納得しないと動かない。
 それは昔から折に触れて指摘され、嫌がられることも多かった。あからさまに、逆らうこともしばしばだったから。それをこんなふうに、仕方ないな、と認める言い方でこの人に言われたことが、妙にくすぐったい。


「だが、この領内ではだめだ。ここは竜の領分でもある。あの声が聞こえるだろう。立ち入ることを彼らが許さない」

「…はい」


 それは、分かる。
 項垂れそうになるのを遮るように、ヴィクターの大きな手に頭を撫でられ、同時にヴィクターが指示を出すのが聞こえた。

「アメリア、王弟殿下に手紙を出せ。王家の直轄地の邸を借りて面会する。こちらからは俺とアメリア、先方は誰か良識ある人間を同席させるように伝えるんだ。ラウルはすぐにあの騒ぎのところに行ってその旨を伝えろ。王弟殿下の許可が出次第、邸に向かうのでそこまで戻って待つように伝えるんだ。それができないのであれば、面会はなしだ」

「「承知しました」」

 2つの声が綺麗に揃い、2人がすぐに動き出す。

「トワ、その間に神龍に言われたことをやってしまおう。レイ殿下たちが下見に行っている場所に向かう。そこで良ければ、先に龍脈を流す段取りをするんだ。面倒な足止めを食らう可能性もある」

「はい」




 手際よく、ヴィクターに仕事を割り振られ、それぞれに動き始める。
 と言っても、何せ過保護な人たちはあまりまだわたしを自由に動かしてはくれない。そもそも、レイとブレイクが行った場所がわたしの足ではどれだけかかるか分からない。
 下見、と言いながらも、実際に観に行くほどの場所だ。彼らは事前にいろいろなことを調べているから余程のことがない限り問題ないと判断されるんだろう。後は、そもそもわたしが気にいるかどうか。



 フォスに乗せられ、ヴィクターと一緒にそこに向かう頃には、竜の咆哮は聞こえなくなっていた。
「あの声を聞いて、領内の人たちは怖がらないのですか?」
「この領の竜は外敵にしか攻撃的にならない。領内の人間を害する場合は、その人間が竜を害そうとしたときだけだ」
 そういう信頼関係で成り立っているから、共存できているんだろう。
「だから領民は自分に向けて攻撃的になっているとは感じない。大丈夫だ」
 安心させるように穏やかな声で言われ、ほっと胸を撫で下ろす。こんなどうしようもないことに、自分がここで守ってもらっていることで巻き込んでしまう申し訳なさがある。穏やかな生活を邪魔しているようなものだ。
「ラウルに言われて引き下がったようだな。あれだけ威嚇されても粘っていたとは」
 自分に向けられたものと自覚していれば、恐ろしいはずなのに。
 竜が自分を襲うことはないという確信でもあるのだろうか。聖女であれば、大丈夫、と?
「聖女様があのように竜に追い返されるようになって、大丈夫なのでしょうか?」
 辺境伯家に迷惑がかかることはないと聞かされていても心配になる。あるいは、その場にいた竜たちが危害を加えられていないか気がかりでもある。
「小型の竜であってもそう簡単に人が手を出せるものではない。何よりこのアンフィス辺境伯領の竜にこちらへの通達なく危害を加えることは王家でもできない。竜が先に手を出したのであれば別だが、彼らは吠えていただけだ」
 あれを「だけ」というのもすごいな、と思う。
「この国の王家は、今は竜族に拒絶されている。そこから来たからだと言えば通用するだろうから問題ない」
 聖女が威嚇されたこともさらりと問題ないこととしてヴィクターはそれ以上気にかけるつもりもない様子だ。ただただ、迷惑でしかないのだろうな、とその顔を見上げて思う。




 フォスが降り立った場所を、吟味する材料がなかった。
 いいと思うけど、どうかとブレイクに言われても、いいも悪いもない。ただ、フォスに乗った時間を考えれば辺境伯邸からはそれなりの距離があり、深い森の中で静かな場所で。


 いいも悪いもない。



 ヒソクに言われたことを思い出しながら、持ってきた小枝を土にさし、汲んで来た水をかける。



 すぐには何も起こらないようだった。
 ヴィクターを見上げると、気にする様子もなく、ブレイクに声をかけている。

「ここが庭先になるように」



 庭先ありき、で家を建てることになってしまった。




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