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しおりを挟む帰還した竜騎士は、ヴィクター1人ではなかった。
耳の良い種族のセージ先生やブレイクはわかるとしても、他の人たちも、ヴィクターだけではないことは察していたようだった。
本邸の前の竜の囲いに次々に降りてくる竜たちは大きさも色も様々だ。
ヴィクターが駆るフォスが一際大きく、美しい白竜であることは誰に言われなくても分かった。王都にいるときに、他の竜に会うこともなかったけれど、なるほど、同じ竜騎士隊にあって、他の竜がこの美しい竜を従えられるとは思えなかった。
真っ先に降り立ったフォスからヴィクターが降りてきて、それを出迎えている間に空にいくつもの影が見え、みるみる大きくなった。
それらが全て竜騎士だとわかる頃には風を切る音が聞こえ、次々に竜の囲いに降りてきた。空を駆ける速さも、フォスが並外れているのだな、と眺めている間に、辺境伯への挨拶もそこそこに大股でヴィクターが歩み寄ってきた。
慌てて、アメリアに教わったマナーを思い出しながら膝を折って出迎えようとすると、それを遮るようにヴィクターに肩を引き寄せられた。
「ヴィクター様……?」
おかえりなさいませ、というべきか、お疲れ様でしたというべきか。それともご無事でと喜ぶべきか。迷っている間に顔を覗き込まれ、その目が細められる。
肩に触れた手から読み取っていたのか、何かを測る様子だったヴィクターの空気が不意に和らいだ。
「大丈夫のようだな」
「過保護も行き過ぎると見苦しいぞ」
苦笑いの辺境伯の言葉に、過保護、の時点ですでに行き過ぎているのでは、と内心で揚げ足を取りたくなる。
いけないいけない、と思いとどまっている間に、話は進んでいっている。
一言余計、とはよく言われていたけれど、この世界に来て文化も何もかもが違いすぎて、口にする前に頭を通すようになっている。そうすれば余計なことも言わずにいられたんだな、と分かっていてもできなかったことを思い浮かべる。
つまりは、ここでも慣れてくるとやりかねない、ということだ。それまでに頭を通してから発言する癖がついていればいいけれど。
「おかえりなさいませ、ヴィクター様」
「ああ、帰った」
仕切り直しで無難なところを口にすれば、穏やかな声が返ってくる。
遠征と、こちらの方が心配をするような場に行っていたはずなのに、どう見てもこちらが心配をされている。不本意ではあるけれど、その遠征中に呼び戻す羽目になっていたのだから、反省しかない。
大丈夫とは、と聞き返す前に、セージ先生が隣に立つ。
「だいぶ、トワに悪影響のない方法がわかりましたよ。ヴィクターが離れている間にまた倒れるような心配もないでしょう」
「……」
なぜか憮然としている顔を見上げて首を傾げると、辺境伯たち、ヴィクターの家族は意味ありげに笑っている。
いや、夫人に至っては、涙ぐんでいる。笑いすぎての涙ではない。のが異様だ。
「あの子にもあんな、執着心があったのね」
「お母様…機嫌を損ねますわよ?」
アメリアに嗜められているけれど、アメリアのその言い回しも、どうかと思う。
事実、ヴィクターの顔に浮かぶ不機嫌さが増した。
ただ、不機嫌は今日は長続きしないようで、気を取り直したように肩に当てられたままだった手に力が込められ、くるり、と向きを変えられた。
「大丈夫ではあるようだが、念のため循環させよう。同じ魔力が体内にあり続けるのも凝って良くない」
「???」
「意地でも、自分がいなくても大丈夫にはさせないつもりですわね、お兄様」
アメリアにちくり、と言われているが聞こえていないはずはないのに、一瞥もくれずに、それはそれは自然に足を離れの方に向けて歩き始める。肩を抱かれているからもちろん、わたしも一緒にだ。
「えっと、あの?」
戸惑っている間に、ヴィクターは思い出したように一瞬足を止めて順に竜から降りてきている竜騎士の中の1人に声をかける。
「後で本邸で合流する。皆、騎竜の世話をしたら自分達も本邸で休んでいてくれ。風呂や飲食の用意もできているはずだ」
口々に応じる声が返ってくるのを聞きながら、もう背を向けて歩いているヴィクターの顔を見上げる。
「あの、ヴィクター様は休まないんですか?フォスは?」
「フォスもお前のことを先にやれと言っている」
「わたしは、なんともありませんよ?」
「お前のなんともない、や大丈夫、はあてにならない」
完全に、信用を失ったことが窺える言葉を即座に返されて言葉に詰まる。
日頃の行いがこんなところに出てくるとは。
それでも、さっきセージ先生が言ってくれたのは、第三者から見ても大丈夫だということだったはずなのに。そう思っていると、それに、とヴィクターの声が続く。
「落ち着いてからトワに話さないといけないこともある」
「話、ですか?」
少し気遣わしげな金色の目に見下ろされて、どんな顔をすれば良いかわからない。
そんな顔をされたら、悪い話をされる予感しか湧いてこない。そう心配するな、と大きな手が軽く肩を叩くけれど、心配をさせているのはあなたですよ、と言い返したい。
流れるようなエスコートでそのまま離れに着き、わたしが寝室にあてがわれていた部屋にヴィクターがいる。
体格の良いこの人がいるだけで、部屋が狭くはないかと頭をよぎるのだから、なかなかに存在感がある。
長椅子に腰掛けたヴィクターは、そのまま片方の膝にわたしを座らせた。慌てて立ちあがろうとするけれど、力でかなうはずもない。
「あの、子供ではないので膝の上は…」
「今さら何を言っているんだ」
ごもっともですが。落ち着かないでいるのは無視されて、あの、魔力を流される温かい感覚が体の芯から広がっていく。説明を求める前に、こちらの言動の法則性には慣れた様子で、その作業をしたままヴィクターが口を開く。
「トワは魔力を取り込むことも外に出すことも、体内を自分で循環させることもできない。魔力が一定の場所にとどまり続けると、それが凝ることがある。そうすると今度はその凝りが、循環させるときの妨げになり、詰まりを起こす」
本当に、血管みたいな話だな。血の循環が悪くなって固まってしまうとそこで血が止まってしまったり、破裂したり……
と置き換えてみれば、何が良くないのかは想像しやすかった。
大人しくなったのを感じ取ったのか、強制的に膝の上に乗せるような力の入れ方だった手が緩められ、腰を引き寄せられ、もう一方の手が首筋に当てられて、頭を肩にもたせかけられた。
そして、わたしの方にもヴィクターの額が乗せられる。
「お前にこうして魔力を流していると、帰ってきた実感が湧くな」
ご面倒をおかけして、と思わず拗ねたような言葉が口をついて出そうになったけれど、それだけこの人にずっと気にかけてもらって、助けてもらっているということだ。
わたしの方こそ、この世界に来てずっと、この大きな安心できる腕の中で守られている。
「先ほども言いましたけれど…ヴィクター様、おかえりなさい。ご無事で本当に、よかったです」
「……ああ」
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