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しおりを挟むアメリアの婚約破棄が決まった時、セージ先生が楽しそうに笑いながら「策士ですね」と、呟いていた。
その時はすぐにその意味がわからなかったけれど、それを聞いたレイやブレイクはまったくだな、と苦笑いをしていて。
そしてレイは、策士はヴィクターだけではないけどな、と笑っていたのだが。
その理由は割とすぐに、わたしにも分かった。
いや。
報せを受けて、ああ、そういうことかと思い至った。確かにわたしも、策士だ、と思ったけれど、わたしがそう感じた理由なんて可愛いものだった。
遠征隊に帰還命令が降ったのは、それからすぐだったのだ。
近衛や、何よりも竜騎士隊が王都を離れている間の国王陛下を守るために王弟殿下は城を離れられない。
アメリアに王弟殿下が接触するには、帰還させるしかなかったのだ。
つくづく、表面的なことしか見えていないと反省もするけれど、そこまで見越しての行動ができる人なのか、と失礼な話だが少し意外でもあった。
確かに竜騎士隊長となれば作戦の指揮もとるのだろうし、無策でできるものではないのは、わかる。ただなんとなく、口数の少ない雰囲気と、竜という圧倒的に力のあるものを操るところから、あまり頭脳派な印象はなかったのだ。
ばかにしているわけではない。頭の良い人なのだろうとは思っていたが、あまり搦め手から攻めていくような印象はなかった。
だが、王都の邸にしろ、書庫の充実ぶりや、探究心の旺盛なセージ先生を身近においていることを考え合わせれば納得はいく。何より、貴族社会という有象無象の中で生きてきている人なのだ。
そして、レイの言っていたヴィクターだけではない策士とは陛下のことだった。
「僕は別に、陛下に疎まれていたわけではないからね。あのようなことをして弟がそのままの立場にあるのをトワはどう思った?」
違和感は、ものすごくあった。
レイも、陛下の息子なのだ。その息子を、もう1人の息子が監禁し、拷問した。言葉を選んだところで、他に言いようがないくらいにはっきりとした事実だ。
それなのに、王太子には明確な罰は与えられていない。お叱りはあったようだけれど。
そして、アメリアという王家として蔑ろにしてはならない婚約者を冷遇し、聖女の遠征に同行している。王太子という立場のまま、だ。
決して暗愚な王だという印象はなかった。だから違和感があった。
「この国の国王は人望も篤く良い統率者だ。ただ、瘴気が発生したとなれば自ら赴いて解決にあたっていたから国を開ける時間もあった」
ブレイクがなんとなくわたしが察し始めたことを肯定するように説明してくれる。
「あの地下室は異常だった。王太子も、王妃もだ。だが、それを容認していた者もいる。何の準備もなく廃嫡すれば、国が荒れる可能性もある。どこまで王妃の意を汲むものが入り込んでいるか、把握しきれていなかった」
「…炙り出すための、猶予を作るための遠征?」
そういうことだ、と頷いてレイは笑っている。
「もうできただろうと、ヴィクターに挑発されたようなものだ。遠征隊が帰還すれば、王宮の中が一掃されるだろうな」
「でも、主力は遠征隊に…」
「そもそも陛下の隊は残っている。遠征隊に入っているのは王太子づきの近衛隊だ。陛下の隊は実践を重ねているから精鋭だけど、王太子の方は貴族子弟の取り巻きのようなものだから」
それでは遠征隊で何の役にも立たないのではないかとつい、口をついて出そうになったのを飲み込む。
そもそも、誰も目的が果たされるなんて最初から期待もしていなかったということだ。本来の目的が別のところにあることを承知の上で遠征隊に加わったり王都に残ったり、療養という名の避難をしていたということか。
「腹の探り合いとか、言葉の裏を読むとか、苦手なんです」
「いいよ、それで」
レイに即答されて少し複雑な気分になる。
が、レイは目を細めて笑っているのだ。
「そんなもの、得意になる必要も慣れる必要もない。わかる人間が気づいて動けばいい話だ。トワがそういうものが必要ないところから来て、そういう性格だから、僕らも君を疑わずに気楽にいられる」
つい、ばかにして、と反論しそうになって、すぐに違う、と気づいて飲み込んだ。
心底、そう感じているのだ。
言葉を飲み込んでどんな顔をしたものか困っていると、不意に足元でタイが鼻をすり寄せてきた。
「帰ってきた」
教えてくれた声からだいぶ遅れて、風を切る音が近づいてくる。
「帰還命令は、本来帰還報告するもののはずなんですけどね」
セージ先生がやれやれ、と真っ先に動き出した。
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