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 全て丸く収めると。

 安心しているといいと。

 王太子はそう言ったのに。



 丸くはおさまらなかった。おさまらなかったどころじゃない。
 
「真に聖女であれば、龍の花嫁となり龍脈を回復させよ」



 硬い声で告げられた王命。帰還した国王の耳に一部始終が入ってしまった。聖女が召喚されたと聞いた時にもその怒りを買ったらしいが、瘴気の発生に悩まされている現実は目の前にあり、その対応として必要だと言われればそれを否定することは国王もしなかった。
 だが、それも話が変わったようだ。あの厳しい国王の頭の中では。
 辺境伯家の竜騎士が直言して庇護している娘、音羽の返還を求めた。その際に、王太子の婚約者を精霊で傷つけようとしたことが耳に入り、さらにその後精霊が消えたらしい、ということが伝えられた。あの毛玉はある程度以上の魔力がある人にしか見えていなかった。ただ、その面々が口を揃えて聖女の周囲に見当たらないと証言したのだ。
 確かに、消えていいと思ってぶつけた。そのくらいのつもりでやらなければ、あの澄ました悪役令嬢には何の影響も与えられないだろうと思ったのだ。そして、苛立っていたのもある。
 主役を蔑ろにする人たち。こんなところまでくっついてきて邪魔をするあの女の味方をする攻略対象と悪役令嬢。
 結果的にあの女に傷を負わせたけれど、それで良かった。むしろその方が良かった。傷つけたのは、あくまでのあいつが自分の意思で邪魔に入ったから。つまりは事故、だ。自業自得だ。それであいつが痛い目を見たのなら、もうけもの。


 そう思っていたのに。
 知っている世界と、少しずつ違う。その少しが重なっていって、違うところの間違いばかりを引き当てているような、そんな嫌な感覚に襲われる。


「龍の花嫁なんて……生贄になれというのですかっ」


 思わず、口をついて出た言葉。
 ゲームの中で存在のはっきりしなかった「龍」。竜騎士、が攻略対象ではあったから、竜が存在する世界なのだという認識はあった。けれど、その姿がきちんと描かれる場面は少なかった。竜騎士と竜に乗ってのデートや、遠征に向かう竜騎士隊の編成を見上げる様子。そんな「絵になる」場面ばかり。
 けれど、花嫁になれ、なんて、生贄を言い換えているだけだろう。
 その思いが口をついて出た。

 国王が目を見開き、睥睨するように、その場に居並ぶ王太子以下の臣下に向けられた。誰を咎めれば良いのか分からない以上、全員に向けられたその視線は鋭く、思わず目を伏せた。
 王太子の影に隠れるように身じろぎすると、少し視線を向けた王太子が、そっと微笑んで間に体を割り込ませてくれる。その動きが、国王の目に留まった。
「聖女に対し、正しい情報を与え聖女としての振る舞いを教育していないのか。瘴気を浄化できるからと確かにその任務で手が回らず、本来の龍の花嫁の勤めを果たすことができた聖女の記録は初期の頃まで遡らねばない。だが」
 言葉を切った国王の言葉に身がすくむ。
 聖女たちは、瘴気の浄化で存在を証明しながら、この世界で身分ある立場を得て生活してきたのではないのか。
 その役目で働き詰めだったとでもいうのか。
「瘴気の浄化ができないのであれば、その本来の役目たる龍の花嫁として弱った龍を癒すのが務め。聖女であれば浄化の力と同じく癒しの力も備えているであろう」
 そんな設定、知らない。
 第一、本当に弱った龍がいるというのなら。そしてそんなに長い間龍の花嫁が存在しなかったのなら、そんな龍、もうこの世にいないんじゃないのか。



「聖女は、神龍を呼ぶ力がある。とはいえ、弱った神龍は龍脈を守るために遠く離れることはできないという。お前の望み通り、竜騎士隊に同行を命じた。神龍を呼ぶ儀式を行う場所の護衛をしてもらう。聖女の護衛で竜騎士隊長が不在の間は、巻き込んでしまった、と聖女が気に病んでいるらしい娘は辺境伯家で過ごすことになった。この都は何かと厄介ごとも多い。一緒に幽閉されていた者たちも同行して養生することになったというから、お前たちの懸念は払ってやったぞ」



 全ての真実を知りながらのその言葉は、嫌味でしかない。
 そう思っても、そんなこと口にできるわけもない。


 あいつは、安全な場所でのんびり過ごすというのに。
 シナリオにないイベント起こされて、ずっと、聖女の訓練だとあれこれ言われ、今度は危ない場所に放り出される。
 確かに、竜騎士隊長の登城はずっと希望していた。それは、この城の中で知っているあの世界観のように過ごそうとしただけだ。



「陛下、竜騎士隊は今回の件で聖女様との関係に問題があります。なぜ彼らを」

「竜騎士隊以外に、護衛は務まらんのはわかっているだろう。むざむざ儀式の場に着くこともできず命を落とすのを眺めているというのなら構わん」

 助け舟を出してくれた王太子が言い返す言葉を失って黙り込む。
「殿下…」
 上目遣いに見上げれば、思いの外強い眼差しが返ってきた。そうだ。この人も、「聖女様」を信じているのだ。できていた浄化ができなくなっているのも、一連のショックのせいだと気遣うこの人は、本当に幸せに育ったのだろう。ただ、あの自分の兄にした仕打ちを思うと、同じ人物とは思えないけれど。よほどの確執があるのか、そのように母君に育てられたのか。

「せめて、私や近衛を同行させてください」
「好きにしろ。聖女は竜には乗れん」




 竜の怒りをかった聖女なんて聞いたことがない。



 そうさわさわと囁き合う声が耳に入る。

 あの日以来、何度も聞く言葉。

 
 
 
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