知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

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「トワ」

 大きな手が額に当てられる。うっすらと目を開けると、金色の目が覗き込んでいる。気遣わしげに寄せられた眉根に思わず手を伸ばした。

「そんな顔、しないでください。大丈夫ですよ」

 そんなところまで、よく見える。見えるようになったのだ、とホッとした。どういう人なのかは分からないけれど、ブレイクに感謝しないといけない。
 最後に聞いたあの悲鳴のような呻き声は、ブレイクだった。どうしているのかが気になる。


「ヴィクター様、ブレイクは?」

「…この期に及んで人の心配か…」

 ぎし、と音がして、ふと周囲に目を向ける。見慣れた…見覚えのある部屋。ヴィクターの部屋だ。
 大きな寝台に寝かされている。寝台に腰掛けてこちらを覗き込んでいたヴィクターが身を屈めた。心の準備も間に合わないまま、覆い被さるように抱きしめられた。
 元いた世界では周りにいなかったような逞しい体躯に包まれる感覚は、慣れない。いや。そもそも人と触れ合うことに慣れない。恋人、と呼べる存在もいなくなってから何年か数えるのもうんざりするくらい経っていたのだ。


「他人の心配は後にしろ。まずはお前だ」

「?」

「言っただろう、魔力欠乏になりかけている。精霊と契約を交わしたようだが、任せられない」

 色々説明が足りないと思う。そう思うけれど、伝える前にヴィクターの硬い手のひらが頬に添えられた。

「お前にとっては、治療行為として受け取れ。深く考えるな」

 そのまま、唇が重ねられた。


 驚いて、体が反射的に逃げようとする。けれど、覆い被さるヴィクターの体で動けない。

 嫌ではない、のが困った。ただ、驚いた。

 治療行為、なのだろう。ヴィクターにとってそれでしかない行為を、治療行為の意味もわからないわたしが「嫌ではない」と感じている。

 それが意味するところを考えて、やりきれなくなる。


 刷り込み、なのか。

 こんなに親切にされて、大事にされて。面倒を見てくれて。しかも慣れないスキンシップ、過剰なほどのそれを与えられて。しかもものすごく好みのタイプのイケメンで。ええもう、認めましょう。そこは。
 それでなんとも思わずにいられるほど、男性に慣れていない。いや、人付き合いに慣れていない。
 抵抗しながら、照れながら、それでも喜んでいた自分も認めましょう。


 だから、虚しい。


 苦しくなって無意識に逃れようとする口の隙間から、ぬるり、と舌が割って入る。
 竜が怒るから、人と接することはなかなかできないと。女性との関わりも身内しかないと言っていたが。
 だとしたら、なんだこの気持ちいいキスは。
 いやキスじゃない。治療行為。
 ぐるぐるする。

 ただ、本当に、そこに治療行為が含まれているのだとわかる。普段の魔力を使う練習、で触れ合って流される魔力とは比較にならない濃度で魔力が流れ込んでくる。
 靄がかかっていた頭が晴れてくる。ヴィクターが助けに来て、抱き上げられた時からずっと流されていてだるさが軽くなってはいたけれど、それもずっと、「応急処置」をしてくれていたんだろうと、同時に察する。


「粘膜の接触の方で魔力譲渡ができる。普段の流すだけではお前にはもう効果がないところまで減っていた」

 流すのと、譲渡する、のではやはり違うのだろう。

「交わった方がいいんだがな」

「んん!?」

 思わず声が出ると、複雑そうな顔で苦笑いをしているヴィクターが見下ろしている。一度離れた唇がまた合わさり、深く、まるで食べられそうなほどに舌を絡められる。


「!!!」


 わたしが暴れないようにか、重ねられた体でヴィクターの体の変化に気づいてしまった。
 それに気づいたヴィクターが、一瞬気まずそうにしたけれど、バレたからには、とでも言うのか、隠す気もないのか。
 むしろしっかりと当てられて体が密着する。


「今回は見逃してやる」

 唇が触れたまま、少し掠れた低い声が囁く。
 違う意味で頭がぼんやりする。濃厚すぎる。いろんなことが。

「治療でなんぞ、お前を手に入れる気はない」

「?」




 口移しでは時間がかかる、としばらく無言で「魔力譲渡」が行われた。
 ただ、そもそも使えない魔力だ。生命維持に必要だと言うのなら、その最低限があれば良いのだけれど。
 隙を見てようやくそれを伝えると、ものすごく微妙な顔をされる。

「お前は使えないだけで、おそらく魔力に対する器のようなものは大きい。俺の魔力をあれだけ流して、それでいて外に出すことはできなくても何も支障をきたさなかった。そうならないように気をつけてはいたが、魔力飽和を起こす様子は全くなかった」

 魔力欠乏、と魔力飽和。
 どうやらどっちも体には良くないらしい。


「…まあ、危ないところは超えたか」

 呟くのを聞いて、どうやら命に関わる事態だったらしいことを察する。

 腕枕をされ、体を横にして向き合うように、腕の中に抱き込まれた。

「あの部屋は、中にいる人間の魔力を使って様々なことを行なっていた。ただ、それだけで魔力欠乏になるほど、トワの中の魔力は少なくなかったはずなんだが」
 考える様子を眺めて、あそこでの生活を思い起こす。
「出される食事を、口に入れる前に精霊たちに浄化してもらっていましたが、それは精霊の力ですか?」
「契約を済ませていたのか?」
「いえ」
「…では、お前の魔力を通して精霊は力を使っていた可能性が高い。だがそれにしても…」
 考える様子だが、そんな合間にも「魔力譲渡」をされる。どうやらもう、この心配性の騎士様は与えないと気が気ではないらしい。
「あの、流石に恥ずかしいんですが」
「死ぬよりマシだ」
 あ、この人、開き直った。
 そう感じたのは、言った後でニヤリ、と笑ったから。こんな顔で、笑うのね。むず痒く思う前に、まだ魔力譲渡をされる。
 複雑な思いを抱くのも馬鹿馬鹿しいほどに与えられる魔力に、だんだん体がぽかぽかして、そして、安心できる場所にいることを実感し始めたせいか、だんだん眠くなってくる。


 唇に落とされていたヴィクターの唇が、触れるだけになり、鼻先、瞼、額に触れてホッと、息をついた。


「少し休め。目が覚めたら、きちんと話してやろう。お前は色々気になっているんだろう?」

 はい、という返事が声になったのか。
 ただ、ぼんやりと頷きを添える。

 頭頂部に唇が触れるのを感じる。

 一度胸に抱き込まれたけれど、苦しくないようにか、ヴィクターが移動して、背中から抱え込まれた。
 どうやら、1人で眠らせるわけではないらしいが、もう、それを気にかける余裕もないくらい睡魔が襲ってくる。






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