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 その日は、朝から…朝なのかは外も見えないから分からない。まあ、目は見えないけど。食事のタイミングと、眠るタイミングで1日を計るしかない。その辺りも計算づくで狂わされていたらどうにもならない。
 ただ、ブレイクがそうだと言うから、きっと合っているんだろう。
 
 
 
 とにかく、朝からぼんやりしていた。もともと、こっちに来る前からぼーっとしていると言われることは多かったけれど、そう言うことじゃなくて。頭に靄がかかったみたいにぼんやりしていた。
 ここに閉じ込められて10日くらいか。レイとブレイクがどのくらいこうしているのかはきちんと聞いたことがないけれど、2人のことを考えればまだまだ、我慢はこれからだ。
 最初のうちの方が、辛いだろうと言ってくれるけれど。長くなると慣れとか、諦めとか、いろんなものでやり過ごせてしまうんだと。
 そんなはずはない。レイに施されている屈辱的な仕打ちなんて、なれるものでも諦めるものでもない。もしそうなら、レイ自身も叱ってやりたいくらいだ。



 ただ、媚薬の効果が切れて、禁断症状もほとんど落ち着いたレイは、最初に比べてずっと話してくれるようになっていた。人間不信もあっただろうけれど、そもそもあの状態ではまともに話すこともできなかったのだと、許せ、と言ってくれた。
「トワの手を通すだけで、こんなことになっているとは弟たちも気づいていないだろう」
 少し、愉快そうに言う。のんきだね、と思わずムッとして言ってしまうと、柔らかい笑い声まで聞こえた。
「そう思えるのもお前のおかげだ。恨む気持ちも、怒りも通り越して、情けなさや屈辱感、そう言うものしか無くなっていた」
「トワ、お前も変わったぞ」
 ブレイクに言われて、ぼんやりとしていた頭をかしげる。
「緊張していたのが、俺たちにだいぶ慣れた。辺境伯家よりここの方が滞在期間が長いんじゃないか?」
「そんなこと」
 ない、と答えようと思ったけれど、言葉に詰まる。
 辺境伯家にいた時間の方が長い。けれど、そんなに大きくは変わらなくなってきている。
 短い期間に、随分と濃い日々を過ごしているな、と、のんきにそんなふうに捉えることもできない。
 ほんの少し面倒を見ただけの人間を、しかも、主筋である王家に囚われた人間を助ける義理はない。むしろ、助けようと奔走するとしたらその方が不自然だ。
 最初は、なんの根拠もなくすぐに助け出してもらえると思っていた。
 冷静になると、なぜそんな傲慢なことが思えたんだろうと恥ずかしくなる。
「トワ?」
「いえ…しっかりとお礼もできないまま、むしろわたしがこうなったことでヴィクター様たちにご迷惑をかけているのではないかと気になって」
「…ブレイク、お前が余計なことを言うからだぞ」
「いや、そんなつもりは」
 しどろもどろな気配を出しているブレイクが口をつぐんだのがわかる。レイに睨まれたのか。この2人の力関係は、対等だけれどレイの方が強いように思える。
「あの竜騎士隊長はそもそも人の面倒なんて見ない。まあ、竜の反応もあるから竜騎士の場合は仕方ないが、あれは、本人の性格的にもそうだ。それが面倒を見ていたんだろう。お前が何をしても迷惑だと感じることはないだろう」


 まるで、その声に呼応するように、複数の足音が近づいてくる。ここに人が近づいてくるのは、初めてだ。わたしが放り込まれる時以来。
 言い争う声。
 目が見えないことで耳が良くなったのか。ここが静かだからか。よく聞こえる。

 息を呑む気配と、小さな声。
「父上」
 それは、恐れを孕んでいた。レイの声。
 ここに閉じ込めたのは、血のつながらない母と、母違いの弟。父の耳にはきっと入っていないのだろう。その父に今の姿を見られることを畏れているのが伝わってくる。
 その気配に呑まれそうになった時、場の空気が変わった気がした。
 ヴィクターに魔力を流されている時の感じに近い。それが周囲を覆うような感覚。


「ぐっあぁあ」



 うめき声と、レイの慌てた声がする。


「トワ!名付けを!」



 何が起きているのか分からない。ただ、考えていた名を口にする。白と黒の調和した精霊。


「太極天、助けて!」



『トワ、まかせて』





 耳に直接響く声。





 思わず、目を覆っていた布をとった。

 ずっと、覆われていた目はぼやけて世界を捉える。



 レイの方を、そして、何よりもブレイクの様子を確認したかったけれど、焦点が合わない。そしてばたばたと入ってきた人たちの背中に隠されていく。

 視界を、漆黒の騎士服が塞ぐ。
 痛いくらいに、抱きしめられた。



「ヴィクター様?」


 腕が緩み、覗き込まれる。やっと焦点があってきて、金色の目が気遣わしげに覗き込んでいるのと合う。



「また、ご迷惑をおかけしました」


「こんなものは、迷惑とは言わない!」

 苛立つ声と裏腹に、しっかりと抱え上げるその手は優しい。
 抱え上げられた肩越しに、壁際の様子が見える。鎖から解き放つために手を延べているのは、濃い金色の髪の後ろ姿。


 その後ろ姿に、ヴィクターが声をかける。

「陛下、お力添え感謝します。御前ですがこのまま連れ帰ります」
「え」
 本当に、すぐに立ち去ろうとする気配を感じてヴィクターの服を掴む。
 その動きで視線をよこしたヴィクターは、完全に怒っている。怒りの矛先が向かうのは、多分ここに入ってきていないけれど先ほどまで足止めをしようともつれていた足音の人たち。
「ヴィクター様、あの2人も一緒にお願いします。置いて行けません。2人のおかげで、わたしはここでこうして目も治り、正気でもいられました」
「……1人は王子だ。王宮から連れ出せと?王家の者は竜に近づけられない」
「お願いします!」
 わがままなのはわかる。
 でも、レイとブレイクがいう通り、助けに来てくれた。自分がヴィクターにとって「身内」として扱ってもらえていることを感じる。
「ヴィクター、わたしからも頼む。この家がこの息子にした仕打ちを思えば、ここは安心できる場所ではない」
「…陛下、ニルス殿下を必ずおそばに置いてください」

 言うなり、ヴィクターにしっかりと胸に抱き込まれた。


 バチンッ!!!


 と、弾ける音がして、体がどこかに放り出されそうな力を感じる。それから守るようにヴィクターの腕がしっかりと抱えているけれど。



 後で聞いた。
 あの部屋は、強固な魔法防護がかけられていて、特定の魔力以外を無効にしていた、と。
 ただ、黒持ちのヴィクターが本気を出せば壊せるものだったらしく、怒りに任せて破壊して転移魔法を使ったんだそうだ。レイは、同じ黒持ちでも魔力封じの枷を何重にもかけられていた上に薬漬けにされていた。


「タイちゃん、ありがとう」
 わたし以外の、手荒に同行させたレイとブレイクの側に、見慣れない獣がいる。でもそれが、太極天、と名付けた精霊だとすぐにわかった。どんな状態だったのかは分からずじまいだけれど、ブレイクがちゃんとそこにいることで、助けてくれたのだと言うことはわかる。
「名付けたのか」
 なんだか、呆れ顔のヴィクターに言われる。

 頷きながら、だんだん恥ずかしくなってきた。朝からぼんやりしていた頭が、少しはっきりしてきているような気もする。
「あの、おろしてくれませんか?」
「だめだ」
 後頭部に大きな手が添えられ、厚みのある肩にひたいを寄せるように引き寄せられた。首筋から、強く脈打っているのを感じる。
「放っておくと何をするか分からない。第一お前、魔力欠乏になりかけているぞ」

 
 
 
 魔力欠乏?




 使えないのに?



 そう思いながら、ただ、流し込まれるヴィクターの魔力に身を任せてしまう。
 心地よく、だんだん意識が遠のいた。





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