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しおりを挟む人のざわめきと、それを突き抜ける竜の咆哮が一層激しくなった。
悲鳴を塗って、ギリギリと腕を掴まれる。視界は真っ暗なまま。
舌打ちが聞こえる。余計な真似を、と小さな声。
金切り声の向こうで、ヴィクターの低い声が響いていた。
「離せ、トワに触れるな」
「誰にものを言っている」
耳元の声が答える。王太子の声。
「精霊に傷を負わされた。精霊に疎まれた忌むべき存在よ!」
精霊。確かに、視界が暗くなる前、見えた。ふわふわとした光るもの。
光を発して消えてしまいそうで、弾き返すことも拒むこともできなかった。
「わたしを守って、わたしの精霊が消えてしまった!」
あなたが、精霊にアメリアを傷つけさせようとしたんじゃない。
この世界の決まりは分からない。でも、精霊を使役して傷つけたのだとしても、傷つけられた方が、攻撃された方が悪いというのか。
きっと彼女は、この世界のいろいろなことを知っている。世界観も、常識も、理も。だから、躊躇いもなくあのように叫ぶことができる。
でも、ここはゲーム感覚で好き勝手をしていい場所じゃない。この人たちは、ここで生きている。
「愚かな…精霊を使役して、脅威を与えてもいない相手を傷つけようとするとは。しかも、その行為で精霊を消滅させた。聖女とはいえ、その罪は問われますよ」
「……え??」
誰の声だろう。けれど、声が遠くなっていく。虚をつかれた聖女の声も聞こえたけれど。
引きずられるように、移動させられている。ヴィクターとアメリアの声が背を追おうとする気配があるけれど、腕を掴む人が抑えるよう命じる声がする。
がちゃん、と重い金具の音がする。
ずっと、王太子が引きずっている。誰も連れずに。人知れず処分されるのだろうか。
もたつく動きが煩わしかったのか、強く引っ張られる。上背はあったけれど、鍛錬をそこまでしているわけではないのだろう。女とはいえ、背も高いわたしを担ぎ上げる膂力はないんだろう。
床の素材が変わったような感じがして、階段を上り下りして、そうして突き飛ばされた後の、金具の音。
奥に、気配がある。
「アメリアの小賢しさで聖女様が煽られてあのようなことになったが。お前が間に入ったおかげで、王太子の婚約者を傷つけたということは避けられた。だが、お前が辺境伯家にいることが聖女様を気鬱にさせている。王城で騒ぎを起こした咎は、精霊を消滅させた聖女様の問題が解決するまで一旦保留とする。処遇が決まるまでここでそいつの世話をしていろ」
そいつ?
強すぎる光を直視したせいか、視力が回復しない。痛みもある。
何のことを言っているのか分からないけれど、奥にある気配のことだろう。
「聖女様の力で視力がないのであれば、ちょうどいい」
見てはいけないもの、ということか。
けれどそれで、何をどう世話をしろというのか。
上の様子も気になるけれど、竜の咆哮も途中から聞こえなくなっていた。
立ち去る足音を聞きながら、動くこともできない。ここがどういう場所なのかも、どういう人がいるのかも分からない。少し動いた先がどうなっているかも分からないのだ。
視界が閉ざされているからこそ、なおさら長く感じる静寂の後、奥に感じていた気配とは違う方向から声が聞こえ、反射的にびくり、と体が揺れた。
よく響く低い声。唸り声のようにも聞こえる。
「お前、何をしてここに連れてこられた」
「……」
「本当に見えていないのか」
声を出そうとして、喉が引き攣っていることに気づいた。
何度も生唾を飲んで、浅くなる呼吸を抑えて。何度も声を出し直して、やっと、音が出た。
「あ」
ヴィクターの屋敷で目を覚ました時よりも恐ろしく感じている。思えばあの時、自分の置かれた状況もいる場所も何もかもわからなかったけれど、狼狽はしていても恐怖心は少なかった。ベッドに寝かせられ、明るい部屋で、気遣わしげに見守る人たちがいたからだと、今さら気づく。
好き勝手に、のびのびと過ごせていたのは、あの人たちの気遣いのおかげだった。
「何をしてしまったのか、わかりません。精霊の光を浴びて、視界は真っ暗で見えていません」
精霊に傷をつけられた、か。
呟くように言うけれど、咎めたり蔑んだりするような気配はない。何かを考えるような間がある。
「なるほど」
何が、だろう。
「精霊が精霊の意思で行ったことではないようだ。痛みがあるか」
「え、はい」
「この空間で、動くことができるのはお前だけだ。お前が動く指図はしてやろう。しばらく目を使うな。治療をしてやりたいが、今は俺にもそれはできない」
「…わたしが面倒を見るように言われたのは、あなたですか?」
「俺じゃない」
であれば、やはり奥に感じた気配。
けれどそちらは、全く物音がしない。いや、不意に、ガチャリ、と金具の音がして、荒い息遣いがする。何かを堪えるような湿った息遣いの合間から苦しそうな声が漏れてくる。
「…見えていなくてよかった。ここには俺とあの方とお前がいるだけだ。物もない。食事は、今まではろくな与えられ方をしなかったが、お前がいれば人並みの食事ができるかもしれん」
動けない2人に、食事を与える。ろくな与えられ方をしないという言い方に、言いようもない嫌な感じが背中をざわつかせる。
「目を使わないで済むように、お前のドレスのリボンを一つ使って目を塞ぐといい。それができたら、立ち上がって俺の指示に従って歩いてみろ」
そういうと、先ほどから声だけが聞こえる人は、歩数を数えるように指示をして、部屋の広さや障害物の位置、2人の位置を覚えられるように誘導をしてくれた。
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