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 龍の花嫁。
 そう言うのであれば。竜は竜騎士に近づく人間ですら選別するような繊細な種族だ。聖女を花嫁にする龍以外の存在が聖女に近づくことを許すはずもない。

 そんな簡単なことも、と思っていると、違う声が聞こえてきた。わたしの視界は相変わらず、ヴィクターの背中だけだ。それはつまり、わたしの姿をヴィクターが隠しているということ。

「叔父上、何をされているのです。国の聖女ですよ」
 叔父上、という呼びかけに、その声が王太子なのだろうと察する。アメリアの婚約者。
「であれば尚更、この国の守りの要である竜騎士隊への接し方は聖女様も弁えてもらう必要があるだろう」
「彼女はずっと、護衛のための登城を希望していたはずですが」
「お前も何を言っているんだ。竜騎士が個人の護衛にあたることはない」
「そのような決まりはない、ただの慣習でしょう」

 なんだろう、この、噛み合わない会話は。
 違う次元の意識で話しているようにしか聞こえない。
 この声は、この国の王太子のはずなのに。全て聖女を中心に回っているかのような物言い。
「彼女は瘴気を浄化することもできるようになってきている。瘴気を浄化しにいく場合には叔父上の仰るとおり、国の守りの要たる竜騎士ほどの精鋭をつける必要もあります」
 物は言い様ね。と、呆れまじりの感心をしていたけれど、多分、それどころではない。
 この距離が、竜には、いや、きっとフォスが許せない距離なのだろう。咆哮がおさまる気配はなく、集まっている貴族たちが騒然としている。
「それに、彼女がこの国のことを知らないと責めるのはお門違いというものでしょう。わたしはアメリア嬢に彼女の身の回りのことやこの国で困ることないよう、お願いをしてありました。その役目を怠り、このような場で衆目監視の中一方的に責められるとは…」
 言外に、何か思惑があって聖女を陥れているのではないかと責めているような調子にかっと頭に血が昇る感覚があった。
 反射的にヴィクターの背中を押して前に出ようとしたけれど、この逞しい人にかなうはずもなかった。一瞬、こちらに向けられた金色の目が鋭く光っているように見えた。兄であるこの人の方が、よほど腹が立っているだろう。
 視界の端に捉えられるアメリアの表情はわからないけれど、まるで動じた様子もない。言いがかり、とも言えるこの状況をなんとも思っていないはずはないのに。
「わたしの婚約者が聖女を侮辱するようでは困るね、アメリア嬢」
「そのようなつもりはありませんわ、殿下。身を賭して瘴気を浄化し、国を守ろうとしてくださる聖女様敬意しかございませんもの。わたくしよりもよほど聖女様にお仕えするに相応しい先生方が王城にはいらっしゃいますので、身の程を弁えさせていただいたまでですわ」
 にっこり、と美しく笑う表情まで見えるようだった。
 手をたたきそうになったけれど、無駄な動きは全て、ヴィクターに封じられている。
 アメリアは毅然と応じているけれど、ニルス殿下は気が抜けないようでまだ間に入って思うようにアメリアのエスコートができないでいるようだ。
 ふ、とヴィクターが息を吐き出すのがわかった。

「殿下、騒がせて申し訳ありません。わたしがいると竜が落ち着かないようでせっかくの王家主催の舞踏会に水を差してしまいます。ご招待いただいた陛下にご挨拶だけしてすぐに退席させていただきます」
「…陛下は今日はいらっしゃらない」
「?」
 王家主催なのに、という疑問はわたしだけではなかったようだ。
 声が聞こえる範囲にいた人がざわつく。

「比較的、王都に近い街道沿いに魔素だまりが発生し、瘴気を発していると報告が入り、陛下はその対応に入っている。聖女の披露目はわたしと王妃殿下で任されている」


 それこそ。
 そういう時のためにこそ、聖女は呼ばれたのではないのかと、思うのだけれど。
 誰もそうは思わないのだろうか。
 そこに向かったこの国の国王の心配もせず、任せきりでこのような華美な催しにかまけて、くだらないことで竜を騒がせて。瘴気の浄化に同行せよというのなら、今竜騎士隊はそちらに行っていなければならなかったのではないのか。
 危険だと聞く場所に、ヴィクターにも行って欲しくはないけれど。
 ただ、きっと、わたしの疑問は異世界から来た異邦人の物知らずの感想ではない。
 そう思えるのは、ヴィクターの背中がはっきりと、怒りをはらんだから。
 ヴィクターはきっと、陛下のことは信頼している。貴族、という立場だけではなく、竜騎士隊長という立場だけではなく人として仕えているのだろう。
 だから、陛下主催だと思うから、陛下からの招待だから応じたし、アメリアも連れてきた。
 何かを飲み込むような間を置いて、ヴィクターがいつになく低い声で告げる。


「それでは殿下、主催である殿下にこの場でご挨拶をして、退席させていただきます。お騒がせをして申し訳ありませんでした」
「そんなっ」
 状況も読めないのか、わざとなのか。
 愛くるしい声だけれど、状況に合わない明るい声が傷ついたように潤む。
 けれど、聞こえないようにヴィクターは言葉を繋いだ。
「わたしが去れば竜舎の竜は騎士に宥められてすぐに落ち着くでしょう。エルム殿下、せっかく妹のエスコートをしていただきましたが、主催である殿下と聖女様の不興を買ってしまいましたので、連れ帰りますがよろしいか」
「…エスコートを申し出たのにこんなことになり申し訳ない、アメリア嬢。せめて屋敷まで送らせてください」
「なっ」
 ざわ、と空気が冷えた気がした。


 引き攣った声は、聖女のものだったのだろう。
 自分の披露目という舞台で、見せたい相手であろう2人が退席しようとしていることにカッとなったのか。

 それでも、アメリアは辺境伯家の娘で、王太子の婚約者だ。
 そして、聖女であってもそれだけ。身分があるものでもなく、そしてまだ


 ヴィクターに近づこうとして騒ぎにはなったけれど。アメリアであれば隙をつけると思ったのか、ただ感情のままに動いたのかは知らない。
 アメリアの方に、ざわり、と何かが向かう気配がして。


 どうやったのか分からない。


 ヴィクターの背中から抜け出した。


 ヴィクターがそうしてくれていたように、背中にアメリアを庇った。
 視界に、聖女が見えるはずだった。


 そう、はずだった。



 視界は、真っ白だった。


 眩しい。


 痛いほどに、眩しくて、眩しくて。



 真っ暗になった。







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