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しおりを挟む本題はそこか、と腑に落ちた。ただ、ヴィクターの様子からするに、この場に同席させているヴィクターの意図はそこではないようだけれど。
「面識…そうですね。あの日、わたしは周囲の様子を把握する時間もありませんでした。もう1人誰かがいたことはわかります。そんな会話が耳に入って、周囲が騒然としていましたから」
ただ、と、続ける。
「自分が聖女だと言った声に聞き覚えはあります。わたしは、本来より随分若い頃の姿になっていますが、聖女様はどのような見た目なのですか?」
「そうだな」
殿下はにっこりと笑う。
「年は君と変わらない。召喚の間では明るい茶色の髪の小柄な少女に見えたが、今は少し違う。蜜色の金髪の少女だ」
「ああ…加護が髪や目の色に出るんでしたね。その関係ですか?」
「異世界から来た以上、こちらで加護を受けて変わったと言うのは、なるほど。納得のいく考え方だね。彼らはあの色なら聖女に間違いないと思っているようだけれど」
まあ、鶏が先か卵が先か、みたいな話だ。そこはいい。
「見た目では判断できそうもありませんが、聞き覚えがあると感じた声の主であれば、面識があります。こちらにくる直前も近くにいましたし」
「友人かい?」
「…少し、違うと思います」
この世界に来る直前のやり取りを思い出して、一気に気分が沈んだ。彼女が関わると、嫌な気分になることが多い。それもまた、わたしのわがままだと、彼女は言う。思い通りにいかないから人のせいにするんだ、と。
そうなのかもしれない。
不意に、大きな手が背中に軽く当てられた。顔を上げるとヴィクターがこちらを見ている。
目が合うと、ヴィクターがその目をニルス殿下に向けた。
「どうでもいいことを聞くな。トワに関係のない話だ」
「そう思っていないから、目を離したくないんだろうに」
やれやれと言った様子で応じてから、ふっとニルス殿下の表情が真剣なものに変わる。
「あの一瞬で、聖女の判断ができるはずもない。それが不思議なほど、誰も疑いを挟まずに一方を除外した。聖女の持つ力とは違う、良くないものを感じるんだよ」
「なおさら、関わりたくも関わらせたくもない」
アメリアが早々に城下りをしたのは正解だったと言わんばかりだが。お茶会に呼ばれほんの短時間一緒だっただけであの有様だ。その気持ちはものすごくわかる。
そこへアメリアがちょうど入ってくる。屋敷の中で着ているワンピースはアメリアによく似合っている。
ヴィクターの隣を譲って立っていようとすると、揃って制止されてアメリアは空いているニルス殿下の隣にエスコートされる。流れるような所作に、ほう、とため息が漏れる。幼い頃からこの所作が自然に身につくような躾を受けてきたのだろう。彼女たちにとってはそれが当たり前なのだろうけれど、厳しいものだったろうと大したマナーは躾けられない国で育った立場としては感じてしまう。
「さて。今日の詫びの席とやらは、おそらく披露目の舞踏会になる」
「それは詫びなのか?招待状を出さないでもらいたいんだが」
「再三再四、ヴィクターには護衛のための登城を求めてきているだろう。貴族としても竜騎士隊長としても断れない王室舞踏会の招待という機会を逃すはずがない」
さらりと言われて、ヴィクターがうんざりした顔になる。
「誰も聖女に教えないのか。竜騎士が誰かの護衛になることはない。竜の機嫌を損ねて大変なことになると」
「竜に気に入られれば良いのでしょう、とおっしゃっていた」
慇懃無礼な調子にクス、と笑ってしまった。横目にこちらを軽く睨むヴィクターに、殿下は続ける。
「この国でも他国でも、今までの聖女とはだいぶ毛色が違うようだが。まあ、召喚したこの国の状況も本来あるべきものではないからな」
「まったくだ」
憤然と頷くヴィクターの顔が暗く翳る。
アメリアが気遣わしげに口を挟んだ。
「あの噂は、やはり?」
「今のこの国の状況からも、聖女の様子からも、瘴気を浄化しながら龍を癒すような本来あるべき姿を考えているとは思えない」
それなら、何を?
それは、なんとなく聞けない。
聞いてもきっとそれは、彼らも言葉にはしないだろう。暗に匂わせている会話は、言葉にすることで現実を呼び寄せてしまうことを恐れているようにも思える。
「アメリア、舞踏会、おそらくお前の婚約者はお前のエスコートは頭から抜け落ちているだろう」
覚えている方が不思議ですわね、と肩をすくめるアメリアの仕草が可愛らしくて、兄妹の会話の内容との差がすごい。
「婚約者が同伴できない場合は参加を見合わせることもできますが、直接招待されてしまえばそうもいきませんし。身内がエスコートするのが慣わしですが、竜騎士に限ってはそうはいきませんね」
「わたしではだめかな?」
その話をしようと思っていたんだけどね、とニルス殿下は続けて笑う。
「まあ、甥がきちんとアメリア嬢のエスコートができれば良いけれど。それを失念するようであればわたしが代わると先に陛下には伝えておこう。そうすれば波風も立たないだろうし、あえて立てる人間がいてもアメリア嬢を守れる」
「そちらの身内の不始末だ」
当然、と言うようにヴィクターが応じるのを思わず呆れて見てしまう。
竜騎士隊長としても先輩だと言っていたはずなのに。なんだろう、この人のこの偉そうな態度。
「…トワ、無言で責めるな。なんだ、目上の人間に無礼だと言いたいのか?」
「いえ…身分も年も、竜騎士隊でも下の人間のこの態度を許す殿下は、懐が深い方だなぁと感心してました」
「言いたいことを言ってくれる人間は、わたしのような立場の人間にはとても貴重なんだよ」
それは理解できる。
と、思っていると、ヴィクターの方に顔を向けさせられる。ちょっと、ほっぺたが痛い。
むすっとした顔と目が合う。
「招待状が来ない限り、お前は屋敷において行く。護衛にセージがいれば大丈夫なはずだ。顔だけ出して義理を果たしてすぐに戻る。だが、招待状が来てしまったら、俺が同伴する。絶対に、離れるな」
過保護になるのもわかるけど、そんな威圧するもんじゃないよ、と殿下が嗜める声も無視して、わかったなと念押しされる。
「問答無用で追い出した人間をわざわざ呼び寄せますかね?」
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