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しおりを挟むセージ・グレイベアードという先生がついた。
マナーや貴族の家の嗜みなどなどと言ったことはアメリアが教えてくれるが、そのほか全般的に、教えてくれるとヴィクターが引き合わせてくれた。尖った耳と目を疑うほどの整った容姿はファンタジーの代名詞とも言えるあの種族を連想させる。
聞けば、実際エルフ族だというが、この世界でエルフ族が人前に出ていることは珍しいのだという。森に見つけられない里を持ち、人とは交流を絶って久しいと話していた。
人と関わりを持つ竜に興味を持ち出てきたこのひとは、かなりの変わり者、ということらしい。
「トワ、まずは何が知りたいですか?そこからどんどん広げていきましょう」
そう促されたから、ありがたく質問をする。渾々と沸き続けるセージの知識の泉にどんどん流されていくように、この国、この世界のことを教えられた。
竜が保護した異世界人の面倒を見るために登城を控える。
そんな理由が罷り通る、竜のこの世界での立ち位置は?
それが最初の質問だった。
この国では竜騎士隊が存在し、竜騎士隊を束ねるのがアンフィス辺境伯家になっている。辺境の守りとして、そして王都の守護として。
竜騎士はなろうと思ってなれるわけではない。竜騎士を目指すものは、竜に選ばれなければならない。竜が選んでくれなければ、竜に乗ることはできない。
そして、竜は選んだ相手に強いこだわりを見せる。他人の匂いを嫌悪する。だから、竜騎士は配偶者を選ぶにも竜に伺いをたてなければなりません、とセージは少しおどけた様子で教えてくれたが。本人たちにしてみれば笑い事ではない気がする。
ただ、竜騎士が選んだ相手が本当にその竜騎士を思ってくれる相手なのかを嗅ぎ分けているかのように竜は反応を示すから、その竜との顔合わせはとても大事な儀式なのだとか。
竜は色や大きさ、種類は様々だが、竜騎士たちは辺境伯領にある竜の谷で自分を乗せてくれる竜を探す。
ただ、辺境伯家には稀に竜の方から会いにくる子が生まれる。ヴィクターがそうだったのだとか。
出会った時、不思議な反応をされたのは、ヴィクターの色のせいだと教えられた。
髪は黒に近づくほど魔力の大きさを示し、漆黒はほとんどいない。そして黒は魔族に堕ちるほどの魔力を吸収した色に通じるため、忌避される。そして金色の目は魔眼とも言われ、目を背ける人も多いのだという。
綺麗だと思ったし、黒がだめならわたしはどうなるのか、と言うと、セージはくすくすと笑った。
「エルフ族はどちらかと言えば色素が薄いですが、人よりよほど魔力は強い。黒を持った人であれば、対等なのでしょうか。競ったことはありませんけど」
「競わなくていいです」
というか、と、首を傾げた。
「魔族に堕ちるほどの魔力を吸収って?」
いい質問です、というように頷くのをみて、思わず笑いそうになる。
面倒な仕事を押し付けられたのかな、と思っていたけれど、人に教えることは性分に合っている人らしい。
「この世界は、魔素が流れています。人も動物も植物も、全てその影響を受けます。また、魔素を自分の中に入れられる器の大きさはその個体それぞれです」
また、その魔素を使って魔法を使うが、使いこなせる魔法も、その人の器の大きさや、出力できる耐久力、魔法の種類の適性が絡んで来る。
そもそも魔素を多く持つ生き物を魔獣などと呼ぶのだが、生来のものではなく魔素を多く体内に取り込むことがある。流れている魔素であれば器を超えて吸収することはないものの、それが澱んだ魔素溜まりが発生することがある。その影響を受けると器に関係なく強制的に魔素が流れ込み続け、器から溢れて壊れると、魔物になってしまうのだという。
いや、そう言われている、と。
話を戻しますが、とセージは少し息を吐き出した。
これは人の間では言い伝えのようになっている話です。エルフの知識を人に与えることはしませんので、わたしが話すことは人の知識の範囲内であると承知してください。
竜の中には、神龍、と呼ばれる竜が1体あるいは複数いると言われています。
魔素の流れる道を龍脈、と呼び、その重要な場所ごとに守り流れが淀まぬように世界の理の歯車となっている竜です。
聖女とは、と不思議な顔で、微笑まれた。
「竜の花嫁、です」
「え?」
だって、王太子といい感じだから、アメリアは呼ばれないだろうとそういう話の展開なんだろうと勝手に想像していたのに
顔に出たのだろうか。それとも読心術でもできるんだろうか。
「まあ、形は、です。そのような竜に人が会えたとは聞きませんし、せっかくの聖女を差し出すはずもありません。聖女は、魔素だまりを浄化し、正常な流れに戻す力を持つとされています。事実、力量に差こそあれ、歴代の聖女は呼ばれた国にそのような形で貢献し、その国の王家や貴族と縁付いてきました。魔素だまりは神龍の力が弱まると発生が増えると言われ、花嫁を得ることで回復すると言われますが」
「ますが?」
「人は、少なくとも今回聖女を喚んだこの国は、本当に弱った神龍を見つければ、花嫁と番わせるのではなく、その命を奪うでしょう」
「え?」
「竜の体は高級な素材の宝庫です。強い竜であればあるほど。弱った竜を見逃すほど、人は『お伽話』を信じなくなっているんですよ」
セージの話に、なんだか記憶の何かが引っかかるのを時折感じながら、それよりも恐ろしさにどんな反応をして良いかわからなくなった。
魔法も、竜も、魔物も、ファンタジーの世界。
でも、お伽話を信じなくなった今の時代の人、は現実味を持って感じられる。
それは全員じゃない。聖女を喚んだ人たちのことを言っているのだろう。竜を大事にするこの家の人たちにとっては、むしろ受け入れ難い話のはずで。
ああ、だから。
竜を助けるために喚んだのではないとわかるから、あんな反応をするのか。
「竜はこの世界を守る存在、のはずです。竜騎士にこの国も守られている。だから、竜騎士隊の竜の機嫌を損ねるようなことは避けたいのです。特に、今の王家は」
「含みを感じますが?」
「昔は、王家からも竜騎士が出ていました。いえ、王位を継がない王子は竜騎士になるものとされていました。ですが、竜に選ばれないのです」
「思うところは、複雑でしょうね」
恐ろしいから、利点があるから、尊重するのだとすれば。
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