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第1章
野心
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シロが跳んだ場所は、王城の敷地内だった。
見回して、ヴァルトが呟く。
「西宮か」
今は、幾人かの遠方の貴族が滞在している。爵位を継いだ挨拶に訪れていた辺境伯への祝いに訪れたものたち、というのは表向きで、若くして思いがけず辺境伯となった優良物件に婚約者が定まっていないことを幸いと、縁付きたい貴族が送り込んできた令嬢たちだ。
「直接、跳べないのか」
焦燥の混じるグレンの声に、シロは一瞥をくれる。
「ルナがいる場所と繋ぐことはできるが、跳ぶことはできない」
繋ぐことすら、かなりの荒技だ。それにしても、どうしてあんなやつが関わっているのか。そう思いながらシロは跳んだすぐ先の扉の前に立つ。
躊躇うことなく、その扉をグレンが少し乱暴に叩いた。警戒されないためにも、と、気をつけたつもりだったが、焦りが前に出た。
静かに開いた扉から姿を表したのは、ここに滞在する令嬢の家の家令だろうか。壮年の男は目を見開き、そして、嫌な目をした。
「これは…まさか陛下自らお越しくださるとは。お呼びくだされば離宮に参りましたものを」
「何を言っている。しかも直言を許してはいない。無礼だぞ」
あまりに礼を失した行いに、グレンの目に怒りが篭る。だが、家令は、口では恐縮しながら、その態度は全く改められていない。
「こちらのご令嬢はこのような時間に供もつけずに先ほど王宮にいらしたようですが?」
「そのようなはずはございません」
シルヴィの言葉に、平然と家令は返す。
「貴族の令嬢がそのような真似、いたしませんよ。下賤のものや、マナーを身につけていないようなものではないのですから」
どの口がっ、と、罵りそうになるのを飲み込みながら、ヴァルトは前に出た。その手は、力づくでレオボルトを抑えている。離せば、勢いのままに乗り込みかねない。このような時間に令嬢の部屋に率先して踏み込むなど、ありもしない既成事実を触れ回られる原因になりかねない。
「本来あり得ないことだが、王城に侵入者があり、魔法が使われた。行方不明者も出ている。その痕跡を追ったところ、この宮につながっていた。こちらに滞在されているご令嬢方に注意を促すためと、念のため、安全確認のために各部屋の中を確認している。入らせてもらうぞ」
嫌味なほどに目を細め、ただ口角を上げるだけの笑みを浮かべ、恭しく中へと促した。
よほど、自信があるのだろうな、と見下ろす。つまりは、家ぐるみの企み。
そして、奥へ続く扉の前に、シロが立つ。
額を扉に当て、そこを繋いだ。
それまでなかった声が、扉の向こうから不意に聞こえる。
とっさに扉を開けようとして、その手が止まった。レオボルトが思わず耳を澄まし、それにつられて他のものも耳を傾ける。
少し、苦しそうなルナの声。誰と話しているのか、切れ切れになる声が語る内容に、痛ましくなる。
「まだ、社交界に出るような歳ではなかったけれど、子どもが集まるような、場所にも、わたしが行くことはなかった。行けば、気味悪がられるから。それに、姿を、知られない方が、良いから。あの姿を、当たり前に、受け入れてくれていた人たちを、陥れようとした。陛下を、弑しようと、した」
「!!」
息を飲むのは、シルヴィだけ。
少し離れている家令には、聞こえてもいない。この扉の向こうが、彼の思う場所ではないと知らないのだ。油断して近づいてくることもない。
「それなのに、面白がって陛下はわたしを側に置いたんです。脅してまで。わたしが、少しでも気が軽くなるように、せっかく身につけた技術を、役立てろ、と」
不意に、苦しげな呼吸になる。はあ、と、聞こえてくるほどに息を吐き、ルナが唸る。
レオボルトたちには聞き覚えのない、シロには、先程久々に聞いた声が、短く聞こえた。
「まだ、苦しいか」
「ん…どうしても、逃せな……!!!」
不意に、扉の向こうの気配が乱れた。
「ぅ、ああぁぁああ!」
不意に、ルナが悲鳴を上げ、家令が弾かれたように顔を上げた。
そして、その叫びに重なるように、耳を塞ぎたくなるような言葉が聞こえる。
「まだ、やっていないの、お前」
「この姿の方が、屈辱は深かろう」
「さすがに、いい趣味してるものね。でも、まだ、よね?十分時間はあったでしょうに」
「うぅ」
くぐもったルナの呻きが混じる。
もはや我慢もできぬし、開けばそこは、現場を抑えられる状況。そう踏んで、ヴァルトは扉を開け、目を見開いた。
誰かを、止めると頭は回らなかった。いや、自分自身さえ、抑えがきかなかった。
寝台に横たえられ、拘束されたルナの下肢を踏みつけにしていたらしき令嬢、いや、女が、力任せに、その鋭い靴のかかとで、ルナの両下肢の間を、
蹴り上げた。
見回して、ヴァルトが呟く。
「西宮か」
今は、幾人かの遠方の貴族が滞在している。爵位を継いだ挨拶に訪れていた辺境伯への祝いに訪れたものたち、というのは表向きで、若くして思いがけず辺境伯となった優良物件に婚約者が定まっていないことを幸いと、縁付きたい貴族が送り込んできた令嬢たちだ。
「直接、跳べないのか」
焦燥の混じるグレンの声に、シロは一瞥をくれる。
「ルナがいる場所と繋ぐことはできるが、跳ぶことはできない」
繋ぐことすら、かなりの荒技だ。それにしても、どうしてあんなやつが関わっているのか。そう思いながらシロは跳んだすぐ先の扉の前に立つ。
躊躇うことなく、その扉をグレンが少し乱暴に叩いた。警戒されないためにも、と、気をつけたつもりだったが、焦りが前に出た。
静かに開いた扉から姿を表したのは、ここに滞在する令嬢の家の家令だろうか。壮年の男は目を見開き、そして、嫌な目をした。
「これは…まさか陛下自らお越しくださるとは。お呼びくだされば離宮に参りましたものを」
「何を言っている。しかも直言を許してはいない。無礼だぞ」
あまりに礼を失した行いに、グレンの目に怒りが篭る。だが、家令は、口では恐縮しながら、その態度は全く改められていない。
「こちらのご令嬢はこのような時間に供もつけずに先ほど王宮にいらしたようですが?」
「そのようなはずはございません」
シルヴィの言葉に、平然と家令は返す。
「貴族の令嬢がそのような真似、いたしませんよ。下賤のものや、マナーを身につけていないようなものではないのですから」
どの口がっ、と、罵りそうになるのを飲み込みながら、ヴァルトは前に出た。その手は、力づくでレオボルトを抑えている。離せば、勢いのままに乗り込みかねない。このような時間に令嬢の部屋に率先して踏み込むなど、ありもしない既成事実を触れ回られる原因になりかねない。
「本来あり得ないことだが、王城に侵入者があり、魔法が使われた。行方不明者も出ている。その痕跡を追ったところ、この宮につながっていた。こちらに滞在されているご令嬢方に注意を促すためと、念のため、安全確認のために各部屋の中を確認している。入らせてもらうぞ」
嫌味なほどに目を細め、ただ口角を上げるだけの笑みを浮かべ、恭しく中へと促した。
よほど、自信があるのだろうな、と見下ろす。つまりは、家ぐるみの企み。
そして、奥へ続く扉の前に、シロが立つ。
額を扉に当て、そこを繋いだ。
それまでなかった声が、扉の向こうから不意に聞こえる。
とっさに扉を開けようとして、その手が止まった。レオボルトが思わず耳を澄まし、それにつられて他のものも耳を傾ける。
少し、苦しそうなルナの声。誰と話しているのか、切れ切れになる声が語る内容に、痛ましくなる。
「まだ、社交界に出るような歳ではなかったけれど、子どもが集まるような、場所にも、わたしが行くことはなかった。行けば、気味悪がられるから。それに、姿を、知られない方が、良いから。あの姿を、当たり前に、受け入れてくれていた人たちを、陥れようとした。陛下を、弑しようと、した」
「!!」
息を飲むのは、シルヴィだけ。
少し離れている家令には、聞こえてもいない。この扉の向こうが、彼の思う場所ではないと知らないのだ。油断して近づいてくることもない。
「それなのに、面白がって陛下はわたしを側に置いたんです。脅してまで。わたしが、少しでも気が軽くなるように、せっかく身につけた技術を、役立てろ、と」
不意に、苦しげな呼吸になる。はあ、と、聞こえてくるほどに息を吐き、ルナが唸る。
レオボルトたちには聞き覚えのない、シロには、先程久々に聞いた声が、短く聞こえた。
「まだ、苦しいか」
「ん…どうしても、逃せな……!!!」
不意に、扉の向こうの気配が乱れた。
「ぅ、ああぁぁああ!」
不意に、ルナが悲鳴を上げ、家令が弾かれたように顔を上げた。
そして、その叫びに重なるように、耳を塞ぎたくなるような言葉が聞こえる。
「まだ、やっていないの、お前」
「この姿の方が、屈辱は深かろう」
「さすがに、いい趣味してるものね。でも、まだ、よね?十分時間はあったでしょうに」
「うぅ」
くぐもったルナの呻きが混じる。
もはや我慢もできぬし、開けばそこは、現場を抑えられる状況。そう踏んで、ヴァルトは扉を開け、目を見開いた。
誰かを、止めると頭は回らなかった。いや、自分自身さえ、抑えがきかなかった。
寝台に横たえられ、拘束されたルナの下肢を踏みつけにしていたらしき令嬢、いや、女が、力任せに、その鋭い靴のかかとで、ルナの両下肢の間を、
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