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第1章
落ち着け、俺
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(故意に凶器にするような神経のご令嬢がいると思わなかった…)
声も出ず、ルナは丸まりそうになるが、首が締められてそれもままならない。
膝で腹を圧迫され、そのまま体重をかけられるかと腹に力は入れていたものの、ただ、ルナはそれほど鍛えても筋肉が発達しない質のようで、あまり防御にはならない。魔法で防護を巡らせて普段は凌いでいたのだけれど。
圧迫されるかと思ったその動きで、あろうことか美しい少女は足を上げ、踵の高い靴の、細いその踵で思い切り、ルナの腹を踏みつけた。
アレに踏まれたら、痛いだろうな、と、かつて社交の場で見た時に思っていたけれど。うっかり踏む、とかではなく故意にそれで相手を害そうとするとは。
(尖った刃物よりも、刃が丸い方が痛いというけど、確かに)
ああ、こんな感想抱いている時点で、だいぶキテるな、とは思うけれど、もうどうしようもない。
遠のく意識をなんとか堪えながら、目の前の人を見上げようとすれば、婉然と弧を描く唇が見えた。
「陛下は妃を娶ろうとされず、宰相閣下も妻帯しようとされない。では伽をと勧められもそれを穢らわしいものでも見るように耳にも入れない。あなたが、じゃまなのよ」
離宮に、若い娘が1人だけいる。
それが邪推を生んだ。アレがいなければ伽は受け入れるだろう。だって、男なのだから。
失礼な話を、と思いながら、ルナは歯を食いしばる。貴族にとって、よりよい縁付きは当然求めるもので、そのような家に生まれた子息子女にとっては義務にも近い。その最たるものである国王が、まったくそこに興味を示さない。必要としない。
何かに原因を求めたくもなるのだろうが。
「伽とは…貴族のご令嬢でしょう。そのようなことをすれば貴女に傷がつきますよ」
「あら、だからこそよ?責任をお取りいただく、きっかけになりますから」
「自ら伽を名乗り出て、責任を取らせると?」
「このような時、非力な女性は、優位に立ちますのよ?」
非力な女性は、こんなことするか?と思いかけて、非力だから、非情になるのか、と、ふと思った。
意識が混濁しそうになる。多分、腹は負傷している。熱くて、感覚がない。
「貴女も、あそこに戻れないようにしてあげましょう。すぐに、ここに人を寄越しますわ」
言いながら、彼女はルナの口に何かを入れようとする。歯を食いしばり抵抗するルナの、首輪につながった綱を、躊躇いなく引いた。喉をそらせたルナは、自然と口が開いてしまう。
何かが入れられ、水を流し込まれる。
そして、今度は先ほど踏まれたと同じ場所を、今度こそ膝で、力の限りに圧迫され意識が遠のいた。
少し時間を戻り、離宮ではすぐに騒ぎになっていた。
突然、シロが低く唸ったと思うと、どこかに向かおうとし、しかし、そのまま立ち竦んだ。
その異様な様子に、レオボルトが顔を顰める。
「どうした」
「ルナが消えた」
「なにっ!?」
シロとルナを遮断するほどの魔力の持ち主が存在するわけがない。それなのに、ルナを追うことができない。
そのことに混乱し、シロはありとあらゆる方向へ意識を向けてルナの魔力を探すのに、見つけられない。
その側で、レオボルトはすぐにヴァルトを呼びつけた。
話を聞いたヴァルトも蒼白になり、揃ってシルヴィの部屋に向かう。そこへ案内させたのが、最後だったのだから。もしかしたら、シルヴィの身にも何かあったのかと、そう思って部屋の扉を叩けば、先ほどと変わらぬ、思案に暮れた様子のシルヴィが顔を出す。
「ルナはどこへ?」
「わたしからの手紙を持って、わたしの従者のところに行きましたが…そういえば遅い」
言いかけて、シルヴィは様子がおかしいことに気づく。そもそも、国王が自らここに足を運んでいることがおかしい。
「離宮から出たのか!」
苦々しく吐き出すレオボルトに、ヴァルトは頷く。
「だがそうでなければ、説明はつかん」
シルヴィの従者であるセインに聞くためにシルヴィも合流して離宮を出ようとしたところで、シロが足を止めた。
それに気づいて、レオボルトがその目を向ける。
「どうした」
言ってから、レオボルトも気づいた。おかしな魔力の流れの残滓が、扉の向こうに漂っている。
シロが尻尾を振り合図をするのを確認して、ヴァルトが扉を開けた。そこには、いつもどおりグレンが立っている。
「ここを、ルナは通ったか?」
「いえ?…何かあったんですね?」
途端に険しくなる声に、だが、頷くしかできない。
グレンの目が、自然とシロに向いた。
「わからないのか?」
問いかけに、シロの方が苛立つ様子を見てとり、グレンは無言で目の前に立つ3人を見据えた。大の男が3人も揃って、と。護衛という立場にあるのは確かにルナの方であり、それがお門違いの言いがかりであるというのは分かっているが、それでも許し難い。
静かな怒りを向けてくるグレンを見返しながら、レオボルトは大きく息を吸い込む。
先ほどから、頭が回っていない。こんな時こそ、落ち着かなければいけないのに。
(落ち着け、落ち着いて考えないと)
「なぜルナを狙ったのかがわからない。ここにいるルナが邪魔だったというなら、刺客を寄越すなりなんなり、今後動きがあるはずだ」
「それを待つ間に、ルナに何かあったらどうする」
考えをまとめようとするレオボルトの言葉に、吐き捨てるようなグレンの言葉が重なる。
その関係を知らないシルヴィは、ただ呆然と眺めるしかない。
ルナがいないから、刺客を寄越す?なぜあの騎士は、あれほど怒っている?
それぞれに焦燥と混乱を抱えるその場に、不意に足音と衣擦れの音が割って入る。
その顔に、シルヴィは見覚えがあった。催された茶会に出席していた、なんとかいう伯爵家の娘。遠方の家なのか、そのまま王宮に滞在していたらしく、このような夜更に1人歩き回る令嬢とは思えぬ様子に、4人がその目を向けた。
声も出ず、ルナは丸まりそうになるが、首が締められてそれもままならない。
膝で腹を圧迫され、そのまま体重をかけられるかと腹に力は入れていたものの、ただ、ルナはそれほど鍛えても筋肉が発達しない質のようで、あまり防御にはならない。魔法で防護を巡らせて普段は凌いでいたのだけれど。
圧迫されるかと思ったその動きで、あろうことか美しい少女は足を上げ、踵の高い靴の、細いその踵で思い切り、ルナの腹を踏みつけた。
アレに踏まれたら、痛いだろうな、と、かつて社交の場で見た時に思っていたけれど。うっかり踏む、とかではなく故意にそれで相手を害そうとするとは。
(尖った刃物よりも、刃が丸い方が痛いというけど、確かに)
ああ、こんな感想抱いている時点で、だいぶキテるな、とは思うけれど、もうどうしようもない。
遠のく意識をなんとか堪えながら、目の前の人を見上げようとすれば、婉然と弧を描く唇が見えた。
「陛下は妃を娶ろうとされず、宰相閣下も妻帯しようとされない。では伽をと勧められもそれを穢らわしいものでも見るように耳にも入れない。あなたが、じゃまなのよ」
離宮に、若い娘が1人だけいる。
それが邪推を生んだ。アレがいなければ伽は受け入れるだろう。だって、男なのだから。
失礼な話を、と思いながら、ルナは歯を食いしばる。貴族にとって、よりよい縁付きは当然求めるもので、そのような家に生まれた子息子女にとっては義務にも近い。その最たるものである国王が、まったくそこに興味を示さない。必要としない。
何かに原因を求めたくもなるのだろうが。
「伽とは…貴族のご令嬢でしょう。そのようなことをすれば貴女に傷がつきますよ」
「あら、だからこそよ?責任をお取りいただく、きっかけになりますから」
「自ら伽を名乗り出て、責任を取らせると?」
「このような時、非力な女性は、優位に立ちますのよ?」
非力な女性は、こんなことするか?と思いかけて、非力だから、非情になるのか、と、ふと思った。
意識が混濁しそうになる。多分、腹は負傷している。熱くて、感覚がない。
「貴女も、あそこに戻れないようにしてあげましょう。すぐに、ここに人を寄越しますわ」
言いながら、彼女はルナの口に何かを入れようとする。歯を食いしばり抵抗するルナの、首輪につながった綱を、躊躇いなく引いた。喉をそらせたルナは、自然と口が開いてしまう。
何かが入れられ、水を流し込まれる。
そして、今度は先ほど踏まれたと同じ場所を、今度こそ膝で、力の限りに圧迫され意識が遠のいた。
少し時間を戻り、離宮ではすぐに騒ぎになっていた。
突然、シロが低く唸ったと思うと、どこかに向かおうとし、しかし、そのまま立ち竦んだ。
その異様な様子に、レオボルトが顔を顰める。
「どうした」
「ルナが消えた」
「なにっ!?」
シロとルナを遮断するほどの魔力の持ち主が存在するわけがない。それなのに、ルナを追うことができない。
そのことに混乱し、シロはありとあらゆる方向へ意識を向けてルナの魔力を探すのに、見つけられない。
その側で、レオボルトはすぐにヴァルトを呼びつけた。
話を聞いたヴァルトも蒼白になり、揃ってシルヴィの部屋に向かう。そこへ案内させたのが、最後だったのだから。もしかしたら、シルヴィの身にも何かあったのかと、そう思って部屋の扉を叩けば、先ほどと変わらぬ、思案に暮れた様子のシルヴィが顔を出す。
「ルナはどこへ?」
「わたしからの手紙を持って、わたしの従者のところに行きましたが…そういえば遅い」
言いかけて、シルヴィは様子がおかしいことに気づく。そもそも、国王が自らここに足を運んでいることがおかしい。
「離宮から出たのか!」
苦々しく吐き出すレオボルトに、ヴァルトは頷く。
「だがそうでなければ、説明はつかん」
シルヴィの従者であるセインに聞くためにシルヴィも合流して離宮を出ようとしたところで、シロが足を止めた。
それに気づいて、レオボルトがその目を向ける。
「どうした」
言ってから、レオボルトも気づいた。おかしな魔力の流れの残滓が、扉の向こうに漂っている。
シロが尻尾を振り合図をするのを確認して、ヴァルトが扉を開けた。そこには、いつもどおりグレンが立っている。
「ここを、ルナは通ったか?」
「いえ?…何かあったんですね?」
途端に険しくなる声に、だが、頷くしかできない。
グレンの目が、自然とシロに向いた。
「わからないのか?」
問いかけに、シロの方が苛立つ様子を見てとり、グレンは無言で目の前に立つ3人を見据えた。大の男が3人も揃って、と。護衛という立場にあるのは確かにルナの方であり、それがお門違いの言いがかりであるというのは分かっているが、それでも許し難い。
静かな怒りを向けてくるグレンを見返しながら、レオボルトは大きく息を吸い込む。
先ほどから、頭が回っていない。こんな時こそ、落ち着かなければいけないのに。
(落ち着け、落ち着いて考えないと)
「なぜルナを狙ったのかがわからない。ここにいるルナが邪魔だったというなら、刺客を寄越すなりなんなり、今後動きがあるはずだ」
「それを待つ間に、ルナに何かあったらどうする」
考えをまとめようとするレオボルトの言葉に、吐き捨てるようなグレンの言葉が重なる。
その関係を知らないシルヴィは、ただ呆然と眺めるしかない。
ルナがいないから、刺客を寄越す?なぜあの騎士は、あれほど怒っている?
それぞれに焦燥と混乱を抱えるその場に、不意に足音と衣擦れの音が割って入る。
その顔に、シルヴィは見覚えがあった。催された茶会に出席していた、なんとかいう伯爵家の娘。遠方の家なのか、そのまま王宮に滞在していたらしく、このような夜更に1人歩き回る令嬢とは思えぬ様子に、4人がその目を向けた。
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