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5 氷の獣人公爵
お披露目の前夜祭
しおりを挟む「ふむ…自分で言うのもだが、我は当てにしない方が良いな」
耳に入ってきたノインの声に振り返って栞里は首を傾げる。いつの間に帰ってきたのか。何にせよ、明日の披露目の夜会には伴侶揃って出席らしいからいるのだろうな、とは思う。
「我は治すわけではない。お前が望む結果にするには忘却か意識の切断か。何にせよ、疲労や痛覚を忘れ、感じなくなると言うことだ。その場はいいが、万が一にも取り返しのつかないことになりかねない」
言われたラウドの顔を見やり、栞里は何の話をしているんだろうと首を傾げる。ノインとラウド、それにサライまで一緒になって。少し離れた場所でやりとりに耳を傾けている様子のヴィルが、こちらに気づいて立ち上がったが、それも気にする様子もなく彼らは話を続けている。
「わたしも似たようなものです。催眠にかけるようなものだ」
「たち悪りぃなあ、揃いも揃って」
「お前の上官が一番たち悪いだろう」
呆れたサライの声がヴィルの背中に向けられるが、その頃にはヴィルは長い足で大股に栞里に歩み寄り、苦しいくらいに胸の中に収めている。正直、この数日、夜会のための教育期間と引き離され、完全に栞里が足りずにおかしくなりそうなのだ。
「おいこら、ヴィル、待て」
「栞里、あれは放っておいていくぞ」
「は、へ?」
問答無用で抱き上げて連れ去ろうとするヴィルの肩を、無謀にもラウドは掴んで引き戻す。背筋に怖気が走るほどの睨みを向けられたが、息をのんでざわざわしたものを飲み下した。
「シオリ、とりあえずできることは全部やった。よくやった。明日、返答に困る会話があれば、誰かに任せればいい。学んだ中で判断できる範囲で会話をしろ」
「はい」
「マナーやダンスは付け焼き刃だが、及第点だ」
「はい」
教育係は揃いも揃って、容赦なかった。受験も詰め込みスタイルではなかった栞里にとっては、詰め込みじゃあ身につかない、とげっそりする気分だ。これはこの後きちんと身につけていかないと都度、こう言う目に遭うということだ。
「で、最後に一番大事なことだ」
「?」
抱え上げられたままきょとんと首を傾げる栞里に、思わずラウドは同情の目を向ける。
「…まあ、鼻が効かないから人族には関係ないんだが。お前が誰のものかわかるようにしてもらえ」
「?わかってるでしょ?」
「強制的に剥がしてたからな。まあ、消えることは絶対にないが、薄れている。薄れているのは、情が離れていると取られかねないんだ」
「なんの…」
話?と聞く前に、ヴィルが栞里の抱き方を変えて、ラウドと顔を見合わせて離せないように完全に抱え込んでしまう。
自分にまでそんなに牽制して来なくてもと呆れながら、ひらひらと手を振って降参の意を示す。
「ヴィルに、しっかり今夜は匂いつけしてもらえ」
「…はっ!?」
頭に言葉が入ってきて、びくりと体を震わせて抗議をしたいのに、ヴィルのやんわりと、しかし抗えないように抱える腕はぴくりともしない。
「お前は加減をしろ。夜会で動けないのは、許さん。聞いていただろう?ノイン殿もサライ殿もできないのなら、ルシエール殿に頼むようになるからな」
不機嫌に顔を染めるヴィルを眺めながら、ラウドは呆れるしかない。こんな心配までしないといけないのは、獣人の性を承知しているからではあるが、それとは無縁だと思えた従兄弟にこんな苦言を呈す日が来るとは。
これからナニをするのか承知の上で見送られるって、なんの拷問なのか辱めなのかと抱えられたまま、叫び出したいような気配すら消して隠れたいようなどうにもならない衝動に悶えていた栞里は、ふんわりと大きな寝台に下されてはっと顔を上げようとした。
だが、抱えていたヴィルは栞里を置くのではなく、自分ごと、一緒に寝台に沈んだ。そうして、少しだけ体の位置をずらし、腰に腕をしっかりと回して胸の下あたりに額を埋め、呼吸が腹のあたりに当たって暖かい。なんだかしがみつかれているようで、栞里はだんだん混乱から浮上してきて困った顔でその頭を見下ろす。
やれやれ、と手を動かして、手触りの良いヴィルの髪を梳くように撫でた。気持ちいいのか、鼻先をすり寄せられてお腹がくすぐったい。
「栞里、疲れたか?」
「んー。まあ慣れないことやってるからそれなりに?」
くぐもった声が栞里の手に促されるように言葉を紡ぐ。先ほどまでとは違う柔らかいのに、なんだか不安げな声音に栞里は首を傾げた。
「こっちに来てくれてからお前と全然、一緒にいられない。お前にはなれないことばかりさせる」
「…まあ、ヴィルはずっといなかったんだし、やることたまってるだろうし」
なんとなく、ヴィルの悶々としたものを感じ取って、栞里は少し上半身を動く範囲で起こしてなんとか身をかがめ、ギリギリ届いたヴィルの頭頂部に軽く唇を当てた。そのまま、腹筋が辛くて倒れ込むように寝台に身を沈め直す。背中に回されたヴィルの手がやんわりと支えてくれていたが、その手が、栞里の唇を頭頂部に感じた瞬間にびくりと強張ったのをしっかりと感じ取る。
「わたしついてきたの、迷惑だった?ヴィルの面倒ごと、増やした?」
「何をばかなっ」
「て言うなら、ヴィルもばかなこと言わないで。そもそもわたしがヴィルを向こうで拾ったんだから。拾った動物は、最後まで面倒見ないといけないのよ?」
「…」
「まあ、見てもらってるけど。それと、嫌なことならやらないよ。ヴィルと一緒にいるために必要なことを覚えるのは楽しいし、それはやりたいことだからいいの」
「栞里…」
やっとあげられた顔。目があって、栞里は一瞬後悔するくらいに怯えて、それから息を吸い込んで、吐き出した。
なんだか、ヴィルの何かを焚きつけてしまったらしい、とはその目から読み取ったけれど。
「ぅ…んぅ……あぁっ」
いやいやとむずかるように首を振り、顔を背け、手が枕を掴んでいる栞里のその手を取って、ヴィルは自分の首にまわさせる。枕にまでと我ながらおかしくはなる。
淡白な方…というより無縁でいられるものだと、思っていた。それなのに栞里を思うとおさまらない。触れることを許されてからは箍が外れたようなものだ。何度も何度も外れそうになってははめ直してきたのに。
背けた顔。捻った首から肩にかけて、婚姻痕がある。それに目をやり、栞里の体をひっくり返した。そのまま恥じらうように枕に顔を埋めて声を枕に全て吸収させようとする栞里の首筋に吸い付く。
中央に大きく美しく広がるのは己との婚姻痕。その周囲を取り巻く繊細な紋様はルシエール、右肩から鎖骨にかけて彩るのはサライ、左肩から鎖骨にかけての細密なものはノイン。妖魔にも、婚姻痕が出るのかと自分で驚いていた。独り占めできていない。なのにその婚姻痕は美しく愛おしい。
首筋を舐めながら耳まで上がり、耳殻を甘噛みして低い声を流し込めば、栞里の体が反応するのさえ愛おしい。
痛いほどの己を、張りがあるのにふわふわすべすべと心地よい栞里の尻に押し当てた。あからさまなほどに栞里の体が揺れる。
その腰が揺れて、自分からもおずおずとすり寄ってくるのがこれ以上ないと思っていたのに、さらに張り詰めさせられた。
「くっ…栞里、お前」
「んぅ」
自覚もない栞里は名前を呼ばれて心地よさげに視線を向けてくる。恥じらっているのに、ぼんやりとした視線はねだるように、許すようにヴィルを見上げる。
「ヴィル、キスっ、したいっ」
「ああ」
息が上がっている栞里の口を奪い、ぬるりと入り込む。心地よさにヴィルも持っていかれそうになりながら、舌の裏を舐め、歯列に沿って舌を這わせ、少しだけ、この行為に慣れてきたのか最初よりも応えられるようになった栞里の舌を絡める。
苦しげに少し離れた栞里の口が、ヴィルの耳ならば聞き漏らすはずもない言葉を紡ぐ。甘えるように。
「ヴィル、ちょうだい。切ない…」
「っっつ」
たまらず、そのままの背後からの位置でヴィルは栞里の中に入る。熱くて柔らかくて、締め付けられる。声までも喰らい尽くすように唇を重ね、ゆるゆると腰を動かす。苦しい姿勢に辛そうにしながらも、心地よさに上書きされて枕を掴もうとする手を一まとめにして片方の手でしっかりと握り寝台に縫い付け、もう片方の手は柔らかい栞里の胸を揉み、そして自身を受け入れている下腹を撫でて強めに押す。
「ふあっ」
何度も何度も、どれほど触れても足りないと、ヴィルは栞里を離さない。わずかな隙間すら厭うように体を重ね、自身を埋めたまま、何度も愛し続けた。
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