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4 獣人公爵、大学に行く

慣れましょう

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 ヴィルから話を聞いた翌朝。
 既に起きていたサライが朝食の支度まで終えていてくれて、テーブルに並んだ純和食に栞里の顔が緩む。
「話は聞いたか?」
「…聞きました。おはようございます」
 挨拶の前に、とたじろぎながら頷くと、おはよう、と返しながらサライが柔らかく笑う。探りあうよりさっさと確認した方が楽だろう?と。ふと考えると、この人は何十年もこの姿でこの国にいるわけで、つまりずっとずっと年上で。
「こんなお子様と結婚とか、いいんですか?」
 よそってくれた味噌汁を運びながら問いかける栞里には、しっかりとヴィルがくっついていて、その手から味噌汁をのせた盆を取り上げている。
「寿命が長いと、年の差、なんて感覚も栞里たちとは違うんだよ」
 ふーん?と首を傾げながら、3人で食卓を囲む。あまりに自然に、普段2人で生活していた空間に混ざったサライを伺うように見る栞里に、サライは笑って促した。
「言いたいことはさっさと言いなさい?」
「…いや、2人が3人になるって、違うかなぁと思ったのに、自然に薩来さん、入ったなぁ、って」
「特技ですから」
「特技?」
「跳兎は、もともと暗部に属する種族だ。それに特化した訓練を幼い頃から受ける。何より、生まれついてそれにむいた特性を備えている。潜入もその一つだから、馴染むのは得意だろうな」
「?でも、そんなこと薩来さん、今してないし、必要ないでしょう?」
 ふと、2人にまじまじと見つめられて、栞里は首を傾げる。だんだんいたたまれなくなって、へらり、と笑った。
「あ、でも。朝ごはんは、売り込み、ですか?」
「そんなとこかな」
 なぜか笑って頭を撫でられる。やはり、子供に対しているような感覚だよな、と思いながら、栞里はその手を見上げた。








 ただ、その日から確かに生活は一変した。
 同居人、というにはもともと距離は近過ぎたが、はっきりとそうではないと互いに言葉にしたことで、ヴィルが栞里との距離に遠慮をするのをやめたこともあるが、それ以上に、サライが栞里を甘やかすようになった。
「あの、甘やかすの、2人ともやめてください。わたしがダメ人間になる」
「なっていいぞ。その方が好都合だ」
「は?」
 平然と返したヴィルの顔を見上げる栞里の顔が、あまりにもムッとしていて、ヴィルは吹き出した。そんな屈託なく笑うヴィルを眺めて、サライは目を細めている。自分が向こうにいる頃にはまだ存在していなかった獣人の王家の血をひく青年。ただ、生い立ちを想像するのは容易で、こんな顔を見せることもなかっただろうと想像に難くない。
「全部甘受して、全部やってやらなければ困るくらいになればいいのになぁ。お前はならんだろう?」
「ヴィル。そんな子がお好みなら、他をあたってくれる?」
 本気でむっとした様子の栞里はそのまま背を向けてしまおうとする。冗談や含みが伝わる状況ではなかったと気づいてヴィルは慌ててその腕を掴んで引き留めた。
「違う。甘やかしてもそうならない、栞里がいいんだ。…まあ、甘えて欲しいとは思うが」
「甘えてるし」
「もっとだ」
 不貞腐れたままの栞里を逃すつもりのないヴィルの様子を眺めながら、サライはやれやれとため息をついてヴィルの腕から栞里を引き剥がした。
「そういうのは、2人だけの時にしていただきましょうか、閣下」
「…お前、このところずっと一緒にいるだろうが」
 気安く言葉を交わすようになった2人の様子を見上げて、栞里はため息をつくしかない。


 ヴィルの国での婚姻は、どうやって結ぶのか、とその後尋ねれば、神殿で誓約を交わすだけだ、という。面倒なことを言われる前に、向こうに行ったならすぐにその辺の神殿で済ませてしまおうと2人に口を揃えて言われ、栞里はなんとなく、察した。
 自分は、この2人の婚姻相手として向こうの国では歓迎されないのであろうことと、本当は、2人の周りは2人に一夫多妻の婚姻を望むのだろう、と。当たり前だろう。2人の血筋を残したいのであれば。そして、2人揃って、それを望んでいない。
 そのための、殿という発想なのだろうな、と。
 それでいいのか、と思う。婚姻の形態はともかく、周囲に歓迎されないのであれば、それは2人にとっても良いことではないように思えて。
 ただ、ヴィルのそばにいたい、という思いは厳然として存在し続けていて。わがままを許されるのなら、という思いもある。どうにも周囲に受け入れられず、それがもっともだと思ったなら、離縁をすれば良いかと、そんなふうに何度も同じ思考を繰り返し、最後に苦笑いに落ち着く。
 まだ、結婚もしていないし、そもそも向こうにヴィルたちが帰る手段も見つかっていないのに、と。
 あの時の本は、あれっきりまだ見つからない。









 そして、一番変わったのが夜。
 この家には一つしか寝台がない。結果、3人で寝ることになっている。栞里はともかく、大柄なヴィルとサライも一緒で狭く感じないこのベッドに、以前は1人で寝ていたことが驚きだな、と栞里は最初こそ思っていたが。正直、そんな余裕はない。
 ヴィルと眠るのは慣れていたが、両側に男性がいる、という状況がどうにも慣れない。結果、ヴィルにさえ緊張してしまう。
 ただ、ヴィルはそんな反応を楽しんでもいるようで、また、あの夜以来、ただ寝る、のではない接触が増えた。決定的なことはしないのだけれど、慣れない栞里は完全に翻弄されているし、色々と、どうしていいかわからない。
 サライの方は、といえば、壁になるために婚姻を結ぶ、と言った通り、そう言った意味で栞里に接触することはないが、それでも同じ場所で横になっているところで、ちょっかいを出されるのだからどうにもいたたまれない。
 時折、そこまでです、と栞里をヴィルから回収して自分のそばで眠らせる時、最初のうちサライは獣、つまりウサギの姿になってくれていて。そのふわふわしたものを抱えて眠る後ろから、獣化したヴィルがくっつくという事態もあった。




 サライが獣化していなくてもそちらに逃げて栞里が眠れるようになった頃。それをサライは笑って指摘しながら眠り、ヴィルは不満げに栞里に手を伸ばしていたけれど。


 その頃、大学の卒業式が間近になった。





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