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あの日
しおりを挟む中学の時の、ゲイだとわかった時の同級生の反応もトラウマになるには十分だったけれど。ただ、それで橙子が揺るがない味方になった。
汚れた制服と、体にできた痣は家で何があったかを隠すには何事かを物語りすぎていて、観念して、家族には自分の性癖を明かした。一緒にいると言って聞かなかった橙子は、その時からうちの家族の信頼を一身に集めている。
腫れ物のように、最初のうち扱いかねていた家族も、次第に新しい距離感と付き合い方を覚えたようだった。拒絶されなかったのは、橙子という第三者の目がそこにあったからなんだろう。大人にとって、あの年頃の他所の女の子に言動を見守られるのは相当なプレッシャーだったろうと今はなおさらわかる。
そんな事件は迂闊にゲイだと明かすことへの恐怖は残っても、それ以外は何も変わらなかった。むしろ、人との距離をとって知られないように、息を潜めていた僕にとっては橙子という存在を通して外とつながるきっかけにもなった。
大学に入って、出入りし始めたゲイバー。初めての相手は、好きな相手、なんて、そんな夢は見ていなかった。好きになる相手の恋愛対象が男である可能性なんてあまりに低すぎる。そこから、自分に気持ちを向けようと努力するには、中学の時に性器を踏みにじられた惨めさがまだ巣食っていたのかもしれない。
遊び慣れた常連のリーマンが初めての相手だったのは、ついていたんだろう。その後も、僕のやり方を子供でもあやすように忠告してくれていた。
彼に抱かれたのが、男と最初に肌を合わせた時。背が高く筋肉質な僕は、逆の需要もあって、初めて誰かを抱くまでにそんなに時間はかからなかった。
それから、抱きも抱かれもした。それが、一度も肌を合わせたことがない相手であれば。
二度目を望まれても、相手にしなかった。執着も、関係を築くことも求めていなかった。その断り方が、悪かったのか。それとも、相手を見る目がなかったのか。
「アオくん、飲んでる?」
前に抱いたことのある可愛い顔の小柄な男。一時は、もう一度と執拗に迫られたけれど。その見た目から人から求められることに慣れているらしい彼には、僕の対応は納得がいかなかったらしい。
そのうち言われることもなくなって、油断していたのかもしれない。
一緒にいた男が、カウンターにいた僕を挟んで反対側に座って、その顔を見て、ああ、関係を持ったことがあるな、と。人の顔を覚えるのは得意で、だから向こうが忘れているだろうとタカを括って二度目を仕掛けてきても、引っかかることはなかった。
「もうこの辺じゃ、アオくんの相手してない男なんて、いないんじゃないの?」
「そんなにもてませんよ。それに、頻繁にそういうことしているわけではないので」
言葉を交わすくらいなら、と、相手をしていたどの段階で、それが仕込まれたのか。
あまり酒には酔わないのに、不意に回ってきた感覚が襲い、帰ろう、としたところまでは、覚えていた。
気がついたときには、自分の部屋だった。
なんで、あの2人が僕の部屋を知っていたのか。2人のどちらかが尾行したのか、それとも、全然関係ないルートからなのか。その時も、その後もその術は知ろうとしなかった。
体が熱くて、目を開けると、腕をしっかりと拘束され、あの、可愛い顔の男が腹に乗っていた。
「な、にを…」
不自然に渇いている喉。
苦しいほどに腹にたまる熱。
「君、酔いが回っていたからタクシーまで送るって一緒に店を出てね。待ってる間に寝ちゃったから送ってきたんだよ」
声に振り返ると、もう1人の男。そして、据え付けられた、スマホ。
「っ」
「察しがいいね。動画撮ってるよ。これ、ネタだから生配信はしてないから安心しなよ。大人しく言うこと聞けば、ずっと、俺たちが持ってるだけのエロ動画だ」
「んっ、はっ…ん」
人の腹の上で、勝手によがる男。
おぞましいと思うのに、体は勝手に反応している。見る限り、気がつく前にすでに、イかされていた。
「お酒にさ、薬仕込むとよく効くんだよね。ついでに、寝ている間に、ここにもちゃんと、塗っといたよ」
ずぶ、と無遠慮に指を突っ込まれ、体が反り返る。その反動のように突き上げられた腹の上の男が、気持ち良さげに啼いた。
薬、と言う響きに恐怖が走るのに、体の熱は治らない。声も出せないでいる間に、乱暴に引き抜かれる指と入れ替わりに、猛ったものを突っ込まれた。
「んぐっ」
苦しい。苦しいのに、熱を散らしたがって揺れる自分の体が厭わしい。
どのくらい、そうして前と後ろを侵されていたのか。
不意に、玄関の鍵が開けられる音がした。チャイムの音にはきっと、気がつかなかったのだ。
勝手に開けられるのは1人だけ。
来るな、と言いたいのに。でも、言えばあいつは絶対に来る。それに、もう、声が出ない。
それを楽しむように、喘ぎ声をあげた僕に乗っかった男に殺意さえ芽生えた。
その声に足音が一瞬止まり、それで、最中だからと気を回して帰ってくれればいいと、そう願ったのに。
なんでそんなに勘がいいんだろう。
「…何…?」
目の前の光景に、橙子が目を見開いていた。
手には、宅配便の箱。実家から何か届いたのを預かっていたのか。
「何、女?」
「お前、ゲイなんだろ?女まで、引っかけてんの?」
突き上げられて、ゴリゴリと奥を突かれる。
気づくな。僕の男漁りの一環だと思って。そう思ったのに、こいつらが仕掛けたスマホに橙子はすぐに気がついた。
二つ仕掛けられたスマホ。それに手を伸ばして、橙子は抱え込んだ。
「な、このっ」
穴から男が抜け出していく。橙子を掴んだ腕が、乱暴に橙子の抱えた腕を解いてスマホを取り戻そうとしている。丸くなって抱え込んで、いつの間にそうしたのか。あとから緋榁は様子が変だと、電話があったのだと教えてくれた。つながったままの通話を聴きながら、あの刑事が駆けつけるまで橙子は男2人にスマホを返そうとはしなかった。
僕をレイプした2人は、強情な橙子に業を煮やした。僕に仕込んだ薬はまだ抜けていなくて、腕の拘束は自然ときつくなっていて、体は無理を強いられ続けて薬だけの理由ではなく思うように動かない。
「本当にゲイだって言うなら、俺たちに3Pされてもご褒美だろ。女相手にした方が、屈辱か」
「な、やめろっ」
橙子を、傷つけさせないで。
体を丸め、自分の体の下に奴らのスマホを抱え込んでやり過ごそうとしている橙子を、橙子の目の前で見せつけるように僕の腹の上で腰を振っていた男が、不意に押さえつけて僕のずっと萎えない性器をやっと解放した。ただ、そんな見た目でも男の力は強くて。
「え、な」
手を伸ばせば、抵抗できるだろうに。その手はしっかりと、僕の痴態を撮影し続けたスマホを隠し続けている。
橙子のジーンズと下着を強引に下ろして、なんの準備もしていない彼女の膣に、避妊具もつけず、さっきまで他の男に突っ込んでいた僕の性器をもう1人の男が僕を抱えて動かし、突っ込んだ。
痛みに体の下で橙子が体を強張らせるのがわかるのに、初めての異性の体は柔らかくて、しかもきつく蠕動するように絞られる。
「ん、く」
「か、はっ」
「と、こ…ごめ、ごめん」
譫言のように呟く僕に、橙子は逆に体を寄せてきた。僕の体の下に、自分の体を隠すように。2人の体で、あいつらのスマホを隠そうとしていたんだろう。
「何か、盛られた?」
ただ突っ込まれただけの橙子にはきっと痛みしかなくて、頭は冷静なんだろう。やけにクリアに聞かれて、僕は自分が犯している彼女の姿を見せたくなくて縛られた腕で抱え込んでしっかりと包んだ。ただ、抜かないと、とは思った。じゃないと、生で中に出してしまう。
「蒼、蒼、気にしないで。大丈夫。これは、治療行為だよ」
言いながら、橙子が僕の腕に額を寄せる。逃げたいのに、僕の下半身は大柄な男に抑えられて、もう1人の方はまだ諦めずに橙子からスマホを奪い返そうとしている。橙子に、触らせたくない。スマホなんてどうでもいい。
「なあ、女、腰、揺れてんじゃん。ラッキーだったんじゃないの?アオくんに抱かれてさ」
下衆な声に腹が煮え繰り返るのに、最初は濡れてもいなかった橙子の中が熱く湿って持っていかれそうになる。
「そうだよ」
不意に、橙子の声があいつらに言葉を返した。
「あんたたちがお膳立てしてくれたのをいいことに、わたしがレイプしてんの。女相手に勃つわけない人にこんな機会、ないもの」
僕の罪悪感を消そうとしてるの?
橙子のナカに出したことは、覚えている。あんなに、あの男たちに搾り取られたのに、よく出たな、と。
緋榁が駆けつけて、あいつらは拘束された。橙子が抱え続けたスマホが全ての証拠になった。
証拠を残してその場から逃げることもできなかったあいつら。僕のことを守るのと、僕をレイプした奴らを逃さないこと。両方を、橙子はやろうとしたんだと、やっと分かったときには、病院にいた。
処方を無視して飲まされ粘膜に塗り込まれた薬を抜くのに、しばらく高熱を出して意識がなかった僕は、救命の医師だと病室を訪れた藍沢から、聞かれた。
「警察が踏み込んだ時、君と性交していた女性は、状況に便乗して自分が君をレイプしたと言っている。間違いないか?」
「何をばかなっ」
藍沢が、一度だけ、抱かれたことがある相手だったのは気がついたがどうでもよかった。その時は橙子に会いたかった。
けれど、事件関係者ということで、会わせてもらえなかった。
会えるようになってからは、橙子からの連絡に、どうしていいか分からなくて忙しいと避け続けて。
まさか、5年も会えなくなるなんて思わなかったんだ。
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