6 / 15
5
しおりを挟むあの日のように、迷ってたどり着いた人に必要であれば食事と屋根を提供する、程度のつもりで始めたことだった。
ただ、私的な空間に他人を入れることをアダンが許さず、確かにそこは区分けできればその方が良いと思えたから、アダンが苦でないのであればと言う条件で、そのための場所を建ててもらった。この人は、どれだけなんでもできるんだろう。
幼い頃からの情で一緒にいてくれても、不便な暮らしでしかも、多くのことを頼るようになれば自然とアダンも離れていくかと思っていたのに、そんな様子は全くない。義理堅いわね、と。兄様がもし見つけて訪ねてくることがあったとして、その時にいなかったとしても大丈夫よ、と言っても…いや、そんなことを言った時にはまた、責められた。否定では済まないから、余計なことを言うのは、いつからかやめた。いてくれるのは単純に嬉しい。話し相手がいて、話さずともそこに人がいる、それだけで。
多くの使用人がいて、血の繋がった家族もいた伯爵家より、この小さな家の方があたたかい。
森には野生の動物も多いけれど、不思議と怖いことはなかった。危険なはずの肉食の獣も、互いに姿を確認すると程々の距離で離れていく。うっかり面前に出てしまっても、やり過ごしてくれていた。獣にも避けられる容貌、とは思いたくないのだけれど。
伯爵家で食事の賄いもほとんどやっていたおかげか、提供する食事の評判は良いようだった。迷い込んだ人のため、であれば、多めに作ったものを出す程度で良かったのだけれど、そのために作る必要が出る程度には、人が来るようになった。この森を通る商人たちから噂が広まったのだとか。火を焚いて野営をするよりも、金を払ってでも屋根のある場所を求めるのは当然のことなのかもしれない。
そんな客の中には、物好きな人もいて。
まだアダンが食堂と客室のための棟を建てている頃に、食事をする旅の人の相手を一人でしていた頃。物好きなのか、まあ、好みが変わっているのか。兄とアダン以外にはわたしに向けられたことのないような賛辞を並べ立てて話しかける人がいた。
地獄耳…いや、聴覚も人並外れているらしいアダンが気づけば裏口から入ってきており、貼り付けたような笑顔で、そのあとは接客をしていた。その時のお客様が青ざめていたのは、気のせいではないと思う。ただそれでも、その後も何度も足を運んでくれているので、よほど食事が気に入ったのか、野宿がお嫌いなのか。かなり富裕な商人の令息といった風情の、きらきらしい金髪碧眼の彼を、いつからかアダンは迷惑げに舌打ちして憚らない。
その後、あっという間に食堂と客室は出来上がり、尊敬を通り越して呆れた。眠る間を惜しんで作業をしていたのを知っているから。
「アダン、倒れないでね?」
「そんなことはしませんよ。目が離せませんから」
いつまでも子供扱いなのねと呟けば、ため息まじりに見下ろされた。その意図するところが掴めず見上げて首を傾げると、広い胸板に抱きしめられて、髪に鼻先を埋めてさらに深いため息をついている。
困ったことに、家を出されてから1つの寝台を分け合うなど接触が増えていたおかげで、気付いてしまう。
「アダン、痩せたわ。…ごめ」
「シア」
穏やかなのに逆らえない声で遮られ、顔を覗き込まれた。
「…それでは、お願いを聞いてもらえますか?」
「わたしでできることなら?」
「少し、休みますので、一緒にいてください」
そこまで、目が離せないって言うの、と眉を下げながら、ただ聞き入れなければ夜まで休みそうもなかったから頷くと、リビングのソファに座らされ、隣に腰を下ろしたアダンの頭が膝に乗る。アダンが横になるには少し小さなソファから足が出てしまうけれど気にする様子もなく、腰に腕を回されてしまった。
さすがに恥ずかしい、と思うのだけれど、やけに心地良さそうで思わず言葉を飲み込んでしまった。
「夕飯は、アダンの好きなものにするわ」
「楽しみにします。夕食の支度までには起きますから」
そんな風に、兄が出て行った後の伯爵家でも、もう一人の兄のようにもそばにいたアダンと一緒の森の生活にもすっかり慣れた頃に。
嵐のような日がやってきた。
困りごとは一度に済んだ方がいいと思うこともあったけれど。別々の方が対応は楽だったと思うような嵐が吹き荒れた。
兄と、そしてあの日の王子が同じ日に、わたしを見つけて森の家にやって来た。
0
お気に入りに追加
888
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。
鈴木べにこ
恋愛
幼い頃から一緒に育ってきた婚約者の王子ギルフォードから婚約破棄を言い渡された聖女マリーベル。
突然の出来事に困惑するマリーベルをよそに、王子は自身の代わりに側近である宰相の息子ロイドとマリーベルを王命で強制的に婚約させたと言い出したのであった。
ロイドに愛する婚約者がいるの事を知っていたマリーベルはギルフォードに王命を取り下げるように訴えるが聞いてもらえず・・・。
カクヨム、小説家になろうでも連載中。
※最初の数話はイジメ表現のようなキツイ描写が出てくるので注意。
初投稿です。
勢いで書いてるので誤字脱字や変な表現が多いし、余裕で気付かないの時があるのでお気軽に教えてくださるとありがたいです٩( 'ω' )و
気分転換もかねて、他の作品と同時連載をしています。
【書庫の幽霊王妃は、貴方を愛することができない。】
という作品も同時に書いているので、この作品が気に入りましたら是非読んでみてください。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる