無責任でいいから

明日葉

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 セシリアがアダンだけを連れてノード伯爵家を出て三日後。

 城から正式な王の使者が伯爵家を訪れていた。

 そもそもは、服を汚して帰ってきたセシリアに気づいた使用人が、伯爵にすぐさま伝えたことか始まっていたのかもしれない。使用人は、屋敷のお嬢様が怪我をしていたのに伝えなかったと咎められることも、与えた服を汚していたことを伝えなかったと咎められることも、どちらに転んでも問題ないように、事実だけを伯爵に報告した。
 気難しい顔で事情を問い詰めようとしたところに、後を追ってきた彼の人の従者が、事情を伝えた。



 ご令嬢が街中で第一王子の命をお救いくださった。怪我をされていたようだが、問題ないとそのまま去ってしまわれたが、まずは家人に事情の説明とお詫び、そして感謝を伝えるよう言われた、と。
 どこの誰、とも言わなかったセシリアの正体を知りたい王子の機転だったが、その際に、「謙虚にもご令嬢は、責任を取ると仰せの主人の言葉を丁重に辞して去られたため、十分な礼ができておらず」云々、と口上を述べて帰った。
 それを受け、王家の言葉に逆らうとはと、咎めを恐れた伯爵は娘を手当てもせず身一つで追い出した。




 他方、王子のリールの方はと言えば。
 彼もまた、自分の容貌を人目に晒せないものと自覚して生きてきており、それを証明するように、父である王も母である王妃も、公式の場に出ないことを咎め立てはしなかった。年の近い第二王子はきらきらしい金髪碧眼で、にこにこと社交の場に顔を出している。その母の側妃は、第一王子であればと多くの公務をリールに回し、社交の場に出る機会を減らし、人目に出ないことで評価するものが少ないのを良いことに、彼の自己認識を思い込ませていっていた。公務の影響で視力が落ち、書類仕事の折には眼鏡をかけ、騎士の役目を果たすために鍛えることを続けた体は、王子に求められるよりはるかに、逞しく鍛え抜かれている。結果、世継ぎとしては過分なほどに有能な王子となっていたのに、自己評価が極めて低く、表にも出ないため第二王子が世継ぎかと噂されるような羽目になっていた。
 それを正す気もなく、必要も感じなかったリールだが、今回のことは、父に伝え、しかも伯爵家、と言う貴族の令嬢の体に傷をつけてしまった事実を伝え、王家として礼をし、責任を取りたいと伝えた。
「わたし如きが責任をと言ってもノード伯爵令嬢にはご迷惑になりましょうが、何もせぬままでは王家として示しがつかぬかと」
「わたし如き…」
 公務があるからと表に出ようとせず、裏でよく働く息子を評価こそしようもの、王はその言葉に違和感を覚えながら、ノード伯爵、と思い出そうとする。伯爵家の令嬢が忍びで町歩きをするにしても質素な服を着ていたとリールはいうが、確かに、セシリア、と言う名はノード家にいたなと記憶はしている。一切表に出てこない、ある意味リールと似たような令嬢だ。彼女は表に出せない理由があると噂されているが。リールの話を聞く限り、その噂も怪しいものだ。
「責任、か」
 王は笑みを浮かべる。婚約者をと話をしても、必要ないと固辞し続けた息子がこれなら、と。
「娶るか?」
 怪我を負わせてしまったのであれば、妥当な話。だが、リールはとんでもないと言う顔で首を振る。
「それでは彼女に罰を与えるようなものです」
 ならばお前はどうしたいのだ、と、普段は優秀な息子がはっきりしないことに眉尻を下げながら、王はひとつうなずいた。呼び出し、目の前で様子を見れば、何が良いか判断もできようし、双方がいれば良い決着もつけられるというもの。

 


 



 そんなこんなで、厄介払いを終えた伯爵家に、責任ではなく、感謝も伝えたいからと王家から使者が訪れたのが事件の3日後。もちろん、その頃には聡いアダンに促されてセシリアは国外にまで出てしまっている。
 伯爵は長女セシリアを連れて登城せよ、という王命に冷や汗をかきながら、妻と次女、フラウを連れて登城した。
「本来であれば我が家の方から出向くべき事情であるところ、呼びつけて申し訳ない。ノード伯爵」

 謝罪を添えた思いやりのある王の言葉に背筋を伸ばしながら、伯爵はここまで来たらと開き直っている。そもそも、その場で王家の言葉を無碍にするなどという不敬をなした娘に過分な申し出なのだ。それに、セシリアを見ているのであれば尚更、あのような娘よりもフラウの方が良いと思える。
 それがセシリアか、と言う言葉に顔を上げる許可も与えられないまま顔を上げたフラウが、口を開こうとするのはさすがに止め、伯爵が口を開く。

「恐れながら、陛下。我が家への気遣いをいただけるのであれば、末娘が殿下に恋心を抱いております。どうか受け入れていただければ」
 と、伯爵は溺愛する娘を差し出そうとする。
 リールから聞いていた控えめな令嬢の印象からは程遠い、礼儀もなっていない娘の所作に顔をしかめていた王は、続く伯爵の言葉に眉を怒らせた。
「ほう」
 低い声のはらむ危険に気づかないまま、伯爵夫人が続ける。
「麗しい殿下には我が家のフラウの方がふさわしいかと。なにぶん、母を早くに失い、義母であるわたしに思うところがある様子であった上の娘は貴族としての教育もできておらず、王家の方に御目通りが叶うような娘ではありません」
 言いたいことを両親が言ってくれたのか、フラウは自ら王家に語りかけると言う不敬はなさなかったものの、その目の前で両親に耳打ちすると言う失敗を犯した。しかもその声が、よく響くこの謁見の間では誰にでも聞こえてしまう。
「あの人、最後にやっとまともなことを家族にしてくれたわね。王家に恩を売るなんて。偶然だろうけど」



 言葉は、途中で途切れた。
 いや、遮られた。王の側に控えていたリールが、思わず身を乗り出して口を開いていたから。


「最後に、だと?」


 よく知りもせず、王子だから、と言うだけで望んだフラウは、その美しい王子に目を奪われる。第二王子が麗しいのだから、第一王子も悪くはないだろう、と思っていたが。表に出ない理由がわからないでいたのだが。




「王家の方の言葉に従わないなど、貴族には許されぬことですわ。姉は、即刻、縁を切られて家を出ております」



 不穏な空気を察し、伯爵が止めようとしたときには遅かった。全てをフラウが口にしてしまい、自己評価が低いばかりに温厚なリールの眉が釣り上がる。
 美貌の人の怒った顔は迫力がものすごい。
 王も、苛立ちと呆れから、言うべき言葉も飲み込んでいたが、息子の剣幕に驚いた。
 己がみたことのない娘に、心底興味が湧いた瞬間でもある。


 伯爵家は不興を買った。ただし、セシリアを追うことも禁じられた。
 連れ戻して道具にしかねない家族にリールが懸念を示したためだ。



 伯爵夫人と娘フラウは、伯爵夫人が伯爵家に入り込んだと同じ手段を取ろうとしたが。城の中の守りは堅固だった。その間もなく、登城した時の丁重な扱いとうって変わった仕打ちで、3人は城をさがることになる。




「あの家には、長男がいたはずだが」
 次男がまだ子供であることは知っているが、長男の姿を見ない。そう王が口を開けば、第二王子が愉快そうに答えた。兄が何かに執着するのを初めて見た。その伯爵令嬢…いや、元伯爵令嬢を見てみたいと思う。まあ、不穏なことをしでかそうとしていたあの非常識な娘には注意を払っておこうともうひとつ心に留め置いた。あれは、足を引っ張る女になる。あの母のように。美しい顔の毒婦は、自らの母の面差しによく似ている。
「ここ何年か、留学をしているはずです。学園で女生徒たちが嘆いておりましたから」
「それほどの男か」
「見目麗しく、文武両道。ただ、どのご令嬢も一顧だにされておりませんでしたが」





 優秀な人材である様子の令息に、王は文を出す。
 伯爵家の不始末を嫡男が片付けよ、と。その言葉の裏で、どうやら無一文で放り出されたらしい妹を保護しろと状況を伝える文。




 それと別に、リールは暇を作っては探し回り始めた。もう近くにいるはずもないが。
 噂を集め、己のために不遇となってしまった令嬢を見つけ出そうと、必死になった。




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