上 下
3 / 75

ニナとパン

しおりを挟む
「ちょっと前に、森の西側に大きな屋敷が建っただろう」

「あぁ、大きな湖があるところかい」
      
「実はちょっと訳ありらしい」

「訳あり?どこぞのお貴族様のお屋敷じゃないのかい?」

「それがそうでもないらしいんだ。まあ噂なんだけどな」

「なんだい勿体ぶって」

「いやぁ…。はっきりとは分かんねえんだが、どうもこの国の第二王子が、ご静養する為に作られた屋敷らしい」

「第二王子って…あの冷酷非道って噂の?なんでまた」

「そりゃ知らねえけどよ、とにかく森の方には近寄らない方がいいな」

「本当だねぇ…何かあって不敬罪にでも問われでもしたら大変だ…あっいらっしゃいニナ!こらっディル!
またニナに抱っこさせて!…ニナも重たいだろうにすまないねえ」

森から抜けたとある場所に、小さな村がある。
そこには仲の良い夫婦が営む、人気のパン屋があった。
焼きたてのパンの香りがふんわりと漂い、食欲を掻き立てる。

艶々に仕上がった丸いパンを、慣れた手つきで商品棚に並べていくのは妻のハンナ。

「全然大丈夫だよ。それよりおばさん、良かったらこれディルの足首に塗ってあげて。この間転んで痛めたんでしょう?」

そう言ってディルをあやしながら、薬の入った瓶をカウンターに置く。

パン屋の1人息子のディルはまだ幼く、ニナがパン屋に現れると抱っこして、と可愛く甘えてくるのだ。

そんなディルが足を痛めたと聞いて、塗り薬を作ってきたのだ。


「ニナ、いつも助かるよ。お前が作る薬は本当に良く効くからなぁ」

夫のハイツもパン屋という職業柄、腰を痛めやすい。それを知ったニナが、腰痛に効く塗り薬を作りプレゼントしたのだ。それがとてもよく効くと喜んで貰い、ニナも嬉しかった。

「ううん、オレの方こそいつも美味しいパンをありがとう。この間のおまけのパン、すっごく美味しかったな~。栗のクリームが入ったやつ」

「あれは今季の新作なんだ。店でも人気でな。
そうだ今日はイチジクのパイを入れておいてやる。これもウマいぞ!」


ニナがいつも買うのは、穀物とドライフルーツがたっぷり入ったカンパーニュだ。それにイチジクのパイと、さっき焼き上がったばかりのクルミパンを袋に入れてくれる。

「うわぁ~絶対美味しいやつじゃん!ありがとう。おじさん」

ニナはもらった袋を大事そうに両手に抱えた。

「ニナ、アンタもさっき聞いただろう?当分森には近づいちゃあいけないよ!第二王子はそれは恐ろしい方らしいから…。本当、第一王子は爽やかで穏やかな方なのにねえ」

「ふーん、そうなんだ?…うん、気をつけるよ!
それじゃあまた来るね!」

「あぁ!またな!」

「ディルもまたね!」

「ばいばい」

舌たらずの声で挨拶をしてくれる可愛らしいディル。
そのまあるい頬に、チュッとキスをして店をでる。


「そういやぁニナってどこの子なんだ?」

「さあねえ。あんまり自分の事を話さない子だから」

店に訪れた当初は驚いた。キラキラと新雪を思わせる真っ白な髪に真っ白な肌。宝石のように赤く輝く瞳。

愛らしいビスクドールのような美少年がこの店のパンを買いにきたと言うのだ。

はじめは貴族の息子かと思って緊張したが、少し話してみると何の気取りもない天真爛漫な少年だった。
今では馴染みの常連だ。
それでも。。



「謎だなあ、あいつは」







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞奨励賞、読んでくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

処理中です...