上 下
25 / 72
キミとふたり、ときはの恋。【第四話】

いざよう月に、ただ想うこと【4−5】

しおりを挟む



「髪、伸びたね」
「んっ」
 襟元を元に戻すついでに緩く編んだ三つ編みに指を滑らせ、そのまま首筋をするりと撫でてきた奏人の指の感触に、ふるっと身が震えた。
 同時に、自分でもびっくりするくらいの甘い声も出た。
「ん? 今の、感じたの?」
「あ、違っ。今のは、ち、が……っ」
 奏人のからかうような声色に、慌てて「違う」と言いかけたけど。ほんとに『違う』わけじゃないから、言葉が途中でしぼんでいく。
「ごめん。意地悪、言った。わざわざ指摘されるのは恥ずかしいって前にも言われたのに、涼香が可愛いから、つい。俺がそうさせたのに、ごめん」
 優しい謝罪の言葉とともに頬に軽いキスをくれる奏人の輪郭は、もうすっかり夕闇に飲まれてしまった木立の中で、黒い影のよう。
 きっともう、帰る時間だ。
 そう、物寂しく思った直後、遠くからゆったりとした美しいピアノの旋律が聞こえてきた。裏門から直結している城址公園で、毎日夕方の五時と六時に流れるメロディーだ。
 学校と隣り合わせということで、私たち生徒にその時刻を知らせてくれている。
 今流れているのは、六時を知らせる、ショパンの『別れの曲』。ちなみに五時は、バイオリンの旋律が心に染みる、ドビュッシーの『美しい夕暮れ』だ。
「……帰ろうか」
「うん」
 照明が届かない木立の中から、中庭へと手を繋いで出ていく。暗がりでは見えなかった奏人が私を見る表情が、照明の中で徐々に浮かび上がる。
「あ……ふふっ」
 明るい通路に足を踏み入れ、そこで見上げた奏人の顔は、『きっとこんな表情《かお》してるはず』と私が思っていた通りの、甘い甘い笑みで。
 普段は無表情なことが多い奏人のその笑みが堪らなく嬉しかった私は、繋いでいた手を引いて身を寄せ、心のままに伝えていた。
「ねぇ? 大好きっ」
「涼香?」
 私にとっては、ごく自然な流れでの告白だったけれど、奏人には唐突なものでしかなかったんだろう。目を見開いて、戸惑いの表情が向けられてきた。
「あぁ……うん」
 でも、それはほんの一瞬で。
「俺も大好きだよ」
 すぐに、同じ気持ちを返してくれた。一層、甘みを増した、蕩けるような笑みで。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

学校に行きたくない私達の物語

能登原あめ
青春
※ 甘酸っぱい青春を目指しました。ピュアです。 「学校に行きたくない」  大きな理由じゃないけれど、休みたい日もある。  休みがちな女子高生達が悩んで、恋して、探りながら一歩前に進むお話です。  (それぞれ独立した話になります) 1 雨とピアノ 全6話(同級生) 2 日曜の駆ける約束 全4話(後輩) 3 それが儚いものだと知ったら 全6話(先輩) * コメント欄はネタバレ配慮していないため、お気をつけください。 * 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

初期値モブの私が外堀を埋められて主人公になる話

iyu
青春
良くも悪くも平凡に日常を楽しみ過ぎて社会のモブとして普通に楽しく暮らしている女子高生のひかる。 ある日突然小説の登場人物みたいな女の子と不思議な事件に出会ってから人生が動き出すけど、とはいえやっぱり人生普通に生きている方が長い。そんなちょっと不思議な青春コメディ。

「わたしの異世界転生先はここ?」と記憶喪失になったクラスの美少女がいってるんだが、いったいどうした!?

中靍 水雲
青春
「わたしを召喚したのはあなた?」って…雛祭さん!!どういうことだよ!? 「雛祭ちかな(ひなまつりちかな)」は、おれのクラスのまじめ女子。 対して、おれ「鯉幟大知(こいのぼりだいち)」はクラスのモブ。ラノベ好きなオタクだ。 おれと雛祭さんは、同じクラスでもからむことのない、別世界の住人だった。 あの日までは———。 それは、校舎裏で、掃除をしていた時だった。 雛祭さんが、突然現れ何かをいおうとした瞬間、足を滑らせ、転んでしまったのだ。 幸い無傷だったようだが、ようすがおかしい。 「雛祭さん、大丈夫?」 「———わたしの転生先、ここですか?」 雛祭さんのそばに、おれが昨日読んでいた異世界転生ラノベが落ちている。 これはいったいどういうことだ? 病院の検査の結果、雛祭さんは「一過性全健忘」ということらしい。 だがこれは、直前まで読んでいた本の影響がもろに出ているのか? 医者によると症状は、最低でも二十四時間以内に治るとのことなので、一安心。 と、思ったら。 数日経ってもちっとも治らないじゃない上に、自分を「異世界から転生きた人間」だと信じて疑わない。 どんどんおれに絡んでくるようになってきてるし。 いつになったら異世界転生記憶喪失は治るんだよ!? 表紙 ノーコピーライトガールさま

キミとふたり、ときはの恋。【Summer Breeze】

冴月希衣@商業BL販売中
青春
『キミとふたり、ときはの恋。【立葵に、想いをのせて】』の続編。 【独占欲強め眼鏡男子と、純真天然女子の初恋物語】 女子校から共学の名門私立・祥徳学園に編入した白藤涼香は、お互いにひとめ惚れした土岐奏人とカレカノになる。 付き合って一年。高等科に進学した二人に、新たな出会いと試練が……。 恋の甘さ、もどかしさ、嫉妬、葛藤、切なさ。さまざまなスパイスを添えた初恋ストーリーをお届けできたら、と思っています。 ☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆.。.*・☆.。.*・☆.。.*☆ 『花霞にたゆたう君に』の続編です。 ◆本文、画像の無断転載禁止◆ No reproduction or republication without written permission. 表紙:香咲まりさん作画

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

ゆびきりげんまん!

幸花
青春
夏樹の突然な思いつきで『彼女をつくりたい部』をつくることになった俺達。中学校生活を楽しいものにするため、彼女づくりにアレコレと挑戦するものの、なかなか彼女ができない。そんな俺達の部にクラスメイトの一人の女子が入ってきて?!

【完結】ホウケンオプティミズム

高城蓉理
青春
【第13回ドリーム小説大賞奨励賞ありがとうございました】 天沢桃佳は不純な動機で知的財産権管理技能士を目指す法学部の2年生。桃佳は日々一人で黙々と勉強をしていたのだが、ある日学内で【ホウケン、部員募集】のビラを手にする。 【ホウケン】を法曹研究会と拡大解釈した桃佳は、ホウケン顧問の大森先生に入部を直談判。しかし大森先生が桃佳を連れて行った部室は、まさかのホウケン違いの【放送研究会】だった!! 全国大会で上位入賞を果たしたら、大森先生と知財法のマンツーマン授業というエサに釣られ、桃佳はことの成り行きで放研へ入部することに。 果たして桃佳は12月の本選に進むことは叶うのか?桃佳の努力の日々が始まる! 【主な登場人物】 天沢 桃佳(19) 知的財産権の大森先生に淡い恋心を寄せている、S大学法学部の2年生。 不純な理由ではあるが、本気で将来は知的財産管理技能士を目指している。 法曹研究会と間違えて、放送研究会の門を叩いてしまった。全国放送コンテストに朗読部門でエントリーすることになる。 大森先生 S大法学部専任講師で放研OBで顧問 専門は知的財産法全般、著作権法、意匠法 桃佳を唆した張本人。 高輪先輩(20) S大学理工学部の3年生 映像制作の腕はプロ並み。 蒲田 有紗(18) S大理工学部の1年生 将来の夢はアナウンサーでダンス部と掛け持ちしている。 田町先輩(20)  S大学法学部の3年生 桃佳にノートを借りるフル単と縁のない男。実は高校時代にアナウンスコンテストを総ナメにしていた。 ※イラスト いーりす様@studio_iris ※改題し小説家になろうにも投稿しています

処理中です...