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キミとふたり、ときはの恋。【第四話】

いざよう月に、ただ想うこと【3−2】

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 試験範囲を写し終え、萌々ちゃんと別れてから、私はまた、もと来た階段を上っている。向かう先は、図書室。

 ――ブーブブッ
『もう着いてるよ。いつもの席にいる』
『はーい。今、向かってまーす』

 来週に控えた中間試験のテスト勉強のため、奏人とそこで待ち合わせしてる。
 試験前の一週間は全ての部活動が禁止になるから、図書室でお勉強した後、一緒に帰ることもできる。
 数学は少し苦手だけど、奏人は教え上手だし。ふだん多忙な奏人と唯一たくさん一緒に過ごせる期間だから、とっても私得。
 いろんな物思いはあるにはあるけど、その全部に都合よく蓋をした私はウキウキ階段を上って、あっという間に高等科棟の三階まで着いた。図書室は、もう目の前だ。
 中等科の頃は校舎が別棟だったから、ここに来るには一度1階に下りてピロティを通るか、少し遠回りをして3階の渡り廊下を通るっていう、やや面倒くさいコースだったんだよね。
 それでも、図書室で奏人と過ごす時間はとても楽しくて嬉しい、特別なものだった。

 ――ううん、それは今もだね。ふふっ。
 思わず緩んだ口元のまま、横開きのドアをそっとスライドさせて、図書室に足を踏み入れていく。
「あっ」
 入ってすぐ、その姿は見つけることができた。
 違う。目に入ってくるんだ。奏人の輪郭だけが。
 皆と同じ学生服の後ろ姿なのに、どこが他の人と違うのかと聞かれたら『全部!』って答えるしかないくらい、彼だけが際立って見える。いつも、どんな時も。
 濃茶色の髪のその人が窓際のカウンターに軽く肘をつき、本のページを捲っている。ただそれだけの仕草なのに。見てるだけで、きゅうっと胸が締めつけられるの。
 ゆっくりゆっくり、窓際のカウンターへと近づく。見てるだけで、きゅうっとなっちゃう後ろ姿を見つめながら。一歩一歩、本当にゆっくりと。
 ふふっ。私、変なの。
 こんな時、いつもなら、早く話しかけたくて小走りで近づいていくのに。今日は、こんなにゆっくり歩いちゃってる。
 なぜだろう。姿勢の良い後ろ姿を少しでも目に焼きつけたい、そんな思いが湧き出てきてる。
 変なの。
 カレカノなんだから、隣に座っちゃえば横顔でも何でも眺め放題なのに。こんなこと思うなんて、私、おかしい。
 あれかしら。秋って、恋する乙女を情緒不安定にさせちゃうものなのかな。
 あら、やだ。どうしましょう。
 ぴたりと足が止まった。
 じゃあ、私のこれって、いわゆる挙動不審ってやつじゃない? え? 待って? なら、私ってすごく危ない……。
「あ、待ってたよ」
 ――ぴくんっ
 胸に片手を当てて立ち止まった私に、前方から奏人の声。
 身体を捻り、私に微笑みながら、カウンターの上に置かれていたその右手は、パタンと本を閉じる。読んでいたページに栞を挟むことなく。
「あ……」
 わかった。
 目に焼きつけたいほど、奏人の後ろ姿を『特別だ』と思った理由が。
「お、お待たせっ」
 特別の理由。――それは、『私を待ってくれている姿』だったから、だ。
 私のために隣の椅子を引いてくれる優しい笑みに、今日一番の胸の高鳴りを覚えた。

「ごめんね。お待たせしちゃって」
 カウンターの横並びには他の生徒さんたちがいるから、迷惑にならないよう少し声を落として、奏人が引いてくれた椅子にサッと腰掛けた。
「そんなに待ってないよ。花宮と試験範囲を見てきたんだよね?」
「うん。あ、奏人も見る?」
「いや、大丈夫。武田が試験範囲表の写真を送ってくれたから、俺はもう知ってるんだ」
「あ、そうなの?」
 私より先に図書室に来ていた奏人は試験範囲を知らないだろうと思って、書き写してきた手帳をバッグから取り出しかけたんだけど、意外な返答にその手が途中で止まった。
「なんだ、もう知ってたのね。それに、スマホで写真撮れば良かったの? そんなこと、全然思いつかなかった。私たち、普通に手帳に書き写してきたわぁ」
 言われてみれば、それが一番手っ取り早い。というか武田くん、仕事が正確で早いわ。
「そんな裏ワザがあったなんて、ちょっと悔しいっ」
 おまけに、奏人に試験範囲教える役も武田くんに取られて、悔しい……!
「裏ワザって……ふふっ。相変わらず、涼香は楽しいね」
 全然楽しくないわ。武田くんに負けて悔しいだけだもん。ちょっぴりだけだけど!
 って思ったけど、それは口には出せなかった。
 やっぱり図書室だからか、いつもよりも低い声で笑った奏人が、隣の席からゆっくりと身体を寄せてきたから。
「俺は涼香を唸らせるような『裏ワザ』は持ってないけど、『わかりやすく』なら教えられるよ。――じゃあ、始めようか」
 肩と肩が触れ、耳に落とされた囁き。優しい声色のそれに、ただ、コクンっと頷いた。


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